第33話 しばしの別れ


 俺とミハイルは二人仲良く『朝帰り』した。

 自転車を壁に立てかけて、裏口から自宅に足を踏み入れれば、そびえたつ2つの影。


「なにしてたの~ お兄様? ミーシャちゃん?」

 不敵な笑みを浮かべるかなで。

「ホント~ 二人で夜中にナニをしていたのかしら?」

 BL本を片手になにをいっているんだ、琴音母さん。

「な、なんでもないぞ!」


「「え~ ないわ~」」


 かなでと母さんは、お互いの顔で『ねぇ』とうなづきあう。


「おばちゃん、かなでちゃん! オレがタクトを待っていただけだよ……仕事から」

「仕事ねぇ~」

「お外で待つ必要ありますか? ミーシャちゃん♪」

「そ、それは……」

 もう勘弁してやってくれよ、変態母娘どもが。



「ミーシャちゃん。せっかくだから、朝ご飯食べていきなさい」

 母さんは痛いBLエプロンをかけると、二階にあがった。

 追うように妹のかなでも階段へと足を運ばせる。

 しかし、なぜか俺たちへ笑顔で親指を立てている。

 意味不明ないいねボタン。


「さあ朝飯でも食うか、ミハイル」

「う、うん」

 なんか事後のような、ぎこちなさだな……。

 ただコーヒーを飲んだだけなんだが?


「ところでミハイル」

 靴を脱ぎ、階段前の『玄関』で訊ねる。

「なんだ? タクト」

 ミハイルも二階へとあがる。

「その……かなでと『パジャマパーティー』なるものはしたのか?」

「うん、ちょー楽しかったぞ☆」

 普通の妹のパジャマパーティなら、安心なのだが……。


「一体なにをしていたんだ?」

 リビングのテーブルに腰をかける。

「んとっ……なんか女の格好した男の子がいて……」

 ミハイルは口に人差し指をあて、視線は天井。

 なにかを思い出しているようだ。


「ちょっと待て……それって『かなでのゲーム』か?」

「そうだよ? なんか女みたいな男の子がヒロインのラブストーリーだった」

「……」

 なんてことをしてくれたんだ、妹よ!


「すまない……ミハイル。妹に代わって兄の俺が謝る」

 深々と頭を垂れる。テーブルにゴツンとあたるほどだ。

「な、なんで謝るんだよ? けっこうその……エッチなシーンがたくさんだったけど、かなでちゃんの趣味だもんな。オレはいいと思うぞ☆」

 か、神だ……JCがエロゲをやっている時点で、人生積んでいるのに……。

 なんて心広い御方なんじゃ……。


「クッ……ミハイル。礼を言うぞ」

「ど、どういうこと?」

「あれも一応女なのでな……」

 なんかちょっと泣けてきた。



「ミーシャちゃん!!!」

 張本人がキタコレ。

「かなで。お前『パジャマパーティ』したそうだな?」

「ええ、しましたけど」

「初めて家にあがる友人に、貴様はなんてことをしてくれたんだ?」

「なんのことです? かなではただ自分の趣味をミーシャちゃんと分かち合いたいだけですわ」

 分かち合っちゃダメなの!


「さあ、朝ご飯の登場よ!」

 今日の朝ご飯は母さんお手製のホットサンドだ。


「召し上がれ♪」


「「「いただきまーす」」」


 俺、ミハイル、かなでの三人はそろって手をあわせる。

 ホットサンドはレタス、厚切りベーコン、きゅうり、薄焼き卵と具だくさんだ。

 パンをギュッと潰すように、握って頬張る。

 かじった反対側からケチャップとマヨネーズが、皿の上にポタポタと零れ落ちた。


 ミハイルに目をやると、小さな口でリスがどんぐりをかじるように食べている。

 顎も細いため、食べづらそうだ。


「はむっ……うぐっ、うぐっ、んん…」

 なんで、この人の租借音はこんなにもいやらしく聞こえるんですかね?



 食事を終えると、母さんが「ミーシャちゃんを駅まで送りなさい」と命令。

 ま、命令されなくても、俺も送るつもりだったが。


 真島商店街を抜け、すぐに真島駅が見えてくる。


 とぼとぼと二人して歩く。

 心なしか、ミハイルは元気がなさそうだ。


「なあタクト」

「ん? どうした?」

「タクトのL●NE……教えて」

「すまん、俺はL●NEはやらないんだ」

「そ、そっか……」

 肩を落とすミハイル。

 既に俺たちは駅の改札口の前だ。


「じゃ、じゃあ電話番号かメルアドは?」

「それなら構わんぞ?」

「じゃあ、交換しよ!」

 すぐさまスマホを差し出すミハイル。

「そんなに焦らんでも、俺のアドレス帳が増えることはないぞ? 家族と職場以外は誰も登録してないしな」

 事実である。


「オレがはじめてなんだな!?」

 妙に食い気味だな。

「まあそうなるな」

「そ、そっか……」

 なぜ笑う?

 お前のアドレス帳も家族だけか?


 俺は人生で初めて友達とかいう生き物、存在と連絡先を交換した。


「じゃあ、帰ったらすぐ電話すっからな!」

「え……」

「あとでな☆」


 ミハイルは満面の笑みで、駅のホームへと去っていく。

 途中、何度も振り返っては、俺に手を振っている。

 しかし、俺も彼が電車に乗るまで見守っていた。

 胸に穴があいたような感覚だ。


 これは……さびしいのか……。

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