第14話 眼鏡女子 北神ほのか


 教室に入る際、扉に手を掛けると勝手に扉が開く。

 驚いた俺は思わず、数歩退く。


「あっ、きみは……」


 開かれた扉の前には、一人の眼鏡少女が立っていた。

 紺色のプリーツスカートに白のブラウス。まるで制服組だな。


「俺を知っているのか?」

「あの……入学式で“お尻だけ星人”になったひとだよね?」

「……」

 ん~なんだろっけな? そんなこっとあったけ?

 キミ強いよね? だけど、俺は負けないよ?



「あいにくだが……そういうあだ名は持ち合わせてないぞ?」

「ふふふ、ごめんなさい……私も今年から一年生になります。北神きたがみ ほのかです」

 律儀に斜め四十五度でお辞儀する。まるでデパートの店員だな。


「そうか、認識した。俺は新宮。新宮 琢人。頼むから変なあだ名はよしてくれ」

「んふふ……」

 そう言って笑う眼鏡女子、北神 ほのかは口を隠しながらよく笑う。

 まあ眼鏡でJKの制服みたいな格好しちゃってさ、ナチュラルボブがいいよね。

 花鶴とは違い、まあまあタイプかな。

 ただ胸が発達しすぎているのがしゃくだ。


「君は……入学式の時に俺を助けてくれた子か?」

「助けるだなんて……んふふ」

 なにがおかしいんだ? またあれか? 箸を落としただけわらう年ごろから抜け出せてないのか、こいつは?


「私は手を貸しただけだよ? 新宮くんっておもしろいね」

「何がだ? 俺はただの天才だ」

「そうなんだ……んふふ」

 なんなんだ、この笑い上戸は芸人なら女神なんだろね。

「じゃあ、またね。新宮くん」

「ああ」

 そう言って、北神は可愛らしい白のハンカチを持って、廊下を急ぐ。

 まああれだ。エチケットだが……聖水だろ、草!



 教室に入るとこれまた異様な空気が流れていた。

 入学説明会の時と似たような状態。

 つまりは境界線が引かれている。そうここは戦場だ。

 非リア充軍、リア充軍、共に戦線を繰り広げいている。

 もちろん俺は前者だが、これはいわゆるお約束なパターンだ。


 そう説明会の時と同じ位置に皆座っているために、俺の席はほぼ決まったようなもの。

 俺は仕方なく境界線ギリッギリのイスに座る。

 リュックを机のフックにかけて、一時間目の教科書とノートを取り出す。

 平然を装っていたのに、めまいがしてきた。


 動悸がする……中学生時代の『嫌な』思い出がフラッシュバックする。


『なんで新宮が学校に来てんだよ?』

『お前なんか、ずっと家にこもってろよ』

『死ねよ、マジで』


 息苦しい……。胸が張り裂けそうだ。



「……おはよ」



 動悸が治まった。その声で。

 とても弱弱しいが、心地よく暖かい。

 まるで、アイドル声優の『YUIKA』ちゃんのような天使の甘い声。

 右隣りを見ると、以前俺を殴った張本人で、ヤンキーの古賀 ミハイルが座っていた。



「え?」

 聞き取れないので、思わず反応してしまった。


「だから……タクト、おはよう」

「あぁ、おはよう」

 ってか、サラッと下の名前で呼ばれたな……。

「フン!」

 なんで挨拶だけでそんなに怒ってんの? 反抗期かしら?


「……悪い。あまりにも小さな声で聞き取れなかったよ」

 そう言うと、ミハイルは顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

「なんだと! オレがまるで“もやし”みたいじゃん!」

 ふむ、そのワードは北九州よりの言い回しか?

 もやし? なにそれ、おいしそう……。

 キムチの素でご飯のおともになれそうじゃない? メモしておくわ。



「は? 聞こえなかったと言っただけだ。そんなに怒ることでもあるまい」

 俺がそう吐き捨てると、ミハイルは「ムキーッ!」まるで子ザルのように床を足で叩きつける。

「オレがタクトみたいなオタクに、挨拶してやったんだ! ありがたく思えよ!」

 いや、なにそれ意味がわからないわ。反抗期だから色々大変ね。


「まあオタクだとはほぼ自覚している……だが、古賀。そろそろ席に座れ、チャイムがなるぞ」

「はぁ!?」

 チャイムってわからない? ヤンキー用語に変換するとなんていうの?


「おーい、みんな席に着けよ~ 楽しい楽しいホームルームの時間だぞぉ~」


 そう言って、教室に入ってきたのはご存じクソビッチの宗像 蘭先生。

 歩く度におっぱいがぼよんぼよん……気色悪いったらありゃしない。


「ん? 古賀? どうした? なにを突っ立っている?」

「う……」

 ミハイルはまた顔を真っ赤にさせると席に座って、今度は机がお友達として追加されたようだ。


「……覚えてろよ、タクト」

 なにを? 君は早く基礎的な会話を覚えなさい。



「それじゃ、出席とるぞ~ ちなみに朝と帰りでも出席とるからな~ お前ら見たいなクズは朝だけ点呼とって帰りやがるからな~」

 な! その手があったか!



「じゃあ、出席番号一番! 新宮 琢人!」

「……はい」

「ああ! 声が小さい! ちゃんと大きな声で返事しろよ、バカヤロー!」

 お前はどこの反社会的勢力だ。


「はぁい……」

「チッ! 根性のなってないやつだ……」


「てか、オタッキー。一番とかウケる~」

 花鶴か……ハイハイ、ワロタワロタ。


「じゃあ、次。二番、古賀 ミハイル!」

「っす……」

「次、三番……」

 ちょい待て、なんでミハイルだけ、小声でもつっこまねーんだよ、ババア!


「三番! 北神 ほのか! 北神? あれ……さっきいたけどな?」

 ああ、今あの子は聖水の儀式中だろ。

 ここは紳士である俺が、代わりに出席をとってやるか……。


 俺は手をあげてこういった。

「せんせ~い、北神さんはお花を摘みにいってま~す!」

「ああ!? どこにだ?」

 クッ! どこもかしもバカばかりだ!

 しかも周囲の連中も。


「花なんてこの辺に咲いているのか?」

「高校生で花摘みとかバカだろ?」

 いや! お前がバカだ!



「新宮! どういうことだ? なんで、北神がわざわざ授業中に花なんて探しにいくんだ!」

 お前、それでも教師か! しかも女だろが!

「え~、それはですね……女の子、特有の儀式ですよ(知らんけど)」

「ふむ……生理か?」

 女子たちが一斉に俺を睨む。

 んでだよ! 俺は何も悪いことしてないのに!


「さ、さあ……」

 するとミハイルが鼻で笑う。

「オタク用語だから、わかんないんじゃねーの?」

「いや、オタクは関係ないだろ……」


 廊下をバタバタと走る音が鳴り響くと、扉が開く。

「あ、あの……すいません! 遅れました……」

「おう! 北神、いたのか? ところで花なんてどこに咲いてた?」

「え……」

 顔面蒼白になっているじゃないか! これは公開処刑というものだ。

 北神よ、君は理解しているんだね。よかった常識的な女の子で。


「な、なんのことです?」

「新宮がな、お前が『お花を摘みにいっている』と言うのでな」

「……」

 涙目で俺を見つめている。いやぁ、地雷ふんじゃったかな?


「あの、お花……ではないです」

 おまっ! 言うのか! 俺のジェントルマンぶりに感動してよかったのに!

「じゃあなんだ? さっさと言え! 三十路前の一分一秒はとても貴重だ。スパ●ボの周回ルートもあるしな」

 いや、最後いらんだろ。俺は1回クリアすれば、満足するけど。


「えっと……おトイレです……」

「そうか。今度から五分前には終わらせておけよ! まあ生理現象ならば仕方あるまい。生理だけにな!」

「……」

 ハハハ、誰か冷房つけてます?


「あはははっは! 超ウケる、センセイってば」

 花鶴……お前も一応、女だろ?

「お、花鶴。よくこの私のギャグセンスについてこれるな」

「マジ、ウケる!」

 全然うけねー! 寒いよぉ、ここは寒すぎるよ……そして、周囲の女子たちが超怖いのよ。


「よし、爆笑も取れたし……北神、席に戻れ」

「はい……」そう言うと、彼女は俺の左隣りの席に座った。

 涙目で必死にこらえている。

 なにこの子、超かわいそう。



「北神、済まなかった……俺が余計なことをしてしまった」

「ううん、新宮くんは悪くないよ……」

 そんな涙いっぱいで言われてもね。


「だから言ったじゃん。オタク用語だからわかんねーんだよ」

 古賀 ミハイル……お前、どんな環境で育ったんだ……。

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