第3話 入学式


 入口には、目の前に『巨大なメロン』を2つ抱えた長身の女が両腕を組んで、仁王立ちしていた。

 肩まで伸びた長い髪が風と共に揺れ、桜の花びらが彼女の背後で舞う。

 一見すると美人と言える部類なのだろうが、どうにも目が怖い。

 しかも不敵な笑みを浮かべている……。

 次のターンで即死技でも使うんですか?


 彼女の服装と言えば、入学式なこともあってか。ジャケットにタイトスカートと至ってフォーマルな装いではあるが、何か違和感がある。

 上着のボタンは閉めておらず、合間から見えるインナーは胸元がざっくりと開いたチューブトップで、豊満なバストが零れ落ちそうだ。

 この人はいわゆるキャバ嬢というものだろう。それとも……いやらしいお店の呼び込みか?


「よお! やっと来たな!」


 彼女の名前は宗像むなかた らん

 この一ツ橋高校の責任者兼教師でもある。


 俺とこの女が会ったのはまだ2回目だというのに、妙に馴れ馴れしい。

 コミュ力というものが数値化されるのならば、平均値を五十としよう。

 この女は限界値を突破して、53万だろう……。


 対する俺は『コミュ障』と自認している。

 十九ぐらいだな。だが、時と場合による……。

 俺は曲がったことが大嫌いなんだ。

 だからその時は穏やかで純粋な心を持つ俺は激しい怒りで『スーパーコミュ人』へと変身してしまう。



「初日から遅刻とはいい度胸だな、新宮!」


 おーい、新宮さん~ 呼んでるよ?

 辺りを見回すが、俺の周りには誰一人としておらず、目に見えるのは校舎の前で駐車している車や、舞い散った桜の花びらがアスファルトを埋めているだけだ。


 俺がとぼけていると、女が俺の頭をガッシリと掴み、握力をかける。

「い、いだい……」

「新宮……お前、本当にいい度胸しているよなぁ」

 その目は百獣の王が草食動物を狙っているそれと同じだ。


「いえ……俺にそんな鋼のメンタルは持ち合わせていませんよ」

「いやいや、その歪んだ性格は私のお墨付きだ」

「俺ほど真っ当に生きているティーンエイジャーもいませんよ?」

「ふん! 可愛げのないやつだな。もうお前以外、既に集まっているぞ。こうやって若くて美人のセンセイがお前を待ってやっていたんだ。光栄に思え」

 と言いつつ、女の握力は増すばかり。あんまりだ。


 この女……以前のご職業はSMの女王様なのでしょうな。

宗像むなかた先生、暴力はいけませんよ。昨今、生徒に対する体罰は問題視されていると聞きますが……」

 俺が歯向かうと、自称美人教師の宗像先生は力を更に強めた。

 頭蓋骨が軋む音がする……俺は今日、死ぬのか?


「嫌だな~ これは可愛い生徒に対するスキンシップってやつだろ♪」

 といってウインクした。

 きっしょ! ホルスタイン女めが!


「わ、わかりました……遅くなったことは謝ります……。と、とりあえず、そのお手を放してから入場させてください……」

「お! 学生らしい良い返事だな。大変よくできました♪」

 ……と、満面の笑みを放っているが、俺の頭蓋骨に対する握力が弱まることはない。


「せ、先生? 俺、入りますから手を放していただけないと……」

「な~にを言っているんだ? 担任の私も入るんだからこのままでいいだろうが?」

 不敵な笑みで俺を見下している。

 悪魔だ! 児童虐待だ! あ、青年か?


「つべこべ言わずにさっさと入れ!」


 宗像先生はまるで俺をゲーセンのUFOキャッチャーの景品のごとく、片手で軽々持ち上げて、ポイッと会場内に投げ込んだ。


「うわっ!」


 俺の身体は会場内に投げ込まれるとボールのようにコロコロと転がり、途中柱にぶつかると静止した。

 漫画のように頭と両脚で4つん這い(3つん這いというべきか?)になり、お尻だけが宙に浮いているような状態だ。


 これが世にいう『リアル尻だけ星人』とでもいうのだろう。


 気まずい……なんという高校デビューなのだろうか。それもこれも全部『アイツ』のせいだ。

 『アイツ』とは先ほどの宗像先生のことではない。

 この学校入学を薦めた、クソ編集部のロリババアのことだ。

 忌々しいロリババアのことはまたいずれ話そう。

 (ムカつくから!)


 俺が脳内フリーズしていると足音が近くなる。


「だ、大丈夫ですか?」


 そう手を差し出したのは、一人の少女だった。

 所謂、ナチュラルボブでめがね女子。ザ・素朴。俺のセンサーではコミュ力は三十五といったころか。

 着ている服は、白いブラウスに紺色のプリーツの入った膝丈スカート。

 まるでJKの制服だな。この高校は私服が認められているのに……なぜだ?

 だが、リア充ではあるまい。安全牌だ。


 さっきまでSMプレイを強要されていた俺には、女神のように見える。

 差し出された手を取り、俺が「ありがとう」というと少女は「どういたしまして」と女神の微笑みを見せてくれた。

 暴力教師、宗像よ……見習え! (切実な願いさ)


 初回からトラブル続きのスクールライフをおくるのに戸惑う俺は頭を掻きながら、女神少女の隣のイスに座った。

 イスに座ることでようやく会場内を一望できた。

 外から見ると小さな建物ではあったが、意外と中は広く感じる。

 壁一面に紅白幕がかけてあり、中央には『ご入学おめでとうございます! 教師一同』

 なんか見てるだけでこっちが恥ずかしくなる。たかが高校の入学式なのに。

 会場内は宗像先生の言った通り、新入生、保護者、教師、来賓の方々……みんな全員集合! といったところか。

 既に全員着席済みときたもんだ。


「おい! 新宮!」

 またお前か……宗像。


「今度はなんですか?」

「お前の席はそこではない! お前のは、ほれ……一番前の席だ!」

 なん……だと!

 コミュ力、十九の俺に一番前の席とはなんたる羞恥プレイか!


「マ、マジっすか……?」

「マジだ」


 宗像先生はまた俺の頭を片手で掴むと、一番前の席まで持っていかれた。(モノ扱い)

 確かにそのイスには俺の名前が書かれていた。

 宗像先生が「な?」と言いつつ、俺をゴミのようにイスにポイッと捨てた……。



 先生はため息をつきながら、壇上の隣り、おそらく司会と思われる机の前に立ち。

「あー あー、テステス……」

 ふむ、なんか懐かしい光景ですな。


「では、全員揃ったところで、今から、第31回、一ツ橋高校、通信制コース。春期入学式を始めます」


 そうコミュ力が底辺クラスの俺には通信制高校で十分だ。

 俺には全日制など程遠い。

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