第50話 カレへのお弁当

 とある昼休み。


「はい孝平、今日のお弁当!」


「あぁ、いつもありがとな」


 笑顔の優香から、弁当箱の包みを受け取る。


「あや?」


 とそこで、菓子パンを二つ手にした美月がやってきた。


「今日は優香先輩のおべんと? 昨日は、玲奈先輩が作ってたよね?」


「あぁ、うん。そうだよ」


 この状況に疑問に感じるのも、尤もかもしれない。


「私たち、一日交代で孝平くんのお弁当を作ってるのよ」


「元はアタシがずっと作ってたんだけどねー。玲奈の自分も作ってくるアピールの圧が強いから……」


「……そんなアピールなんてしていないわ」


「や、凄い自分のお弁当を孝平に食べさせようとしてたじゃん……」


 初回はそれに気付いてやれなかったけど、今にして思えば確かに凄くアピールしてたよな……。

 二回目で気付いて、優香とも協議した上で平等性を保つためこういう形に落ち着いた。


「ふーん、そなんだ?」


 小さく首を捻った後、美月は袋を開けて菓子パンに齧りつく。

 もっきゅもっきゅと、咀嚼することしばらく。


「んじゃ、明日はウチの番でいい?」


 口の中のものを飲み込んでから、そう尋ねてきた。


「えーと……」


 俺は、とりあえず優香と玲奈の方を窺う。


「……まぁ、いいんじゃない?」


「紫垣ちゃんもカノジョだもんねー」


 玲奈が感情を読ませない表情で、優香が諦め気味な調子でそれぞれ頷いた。

 二人共、この辺りの公平性を保つことに関しては協力的でありがたい。


「それじゃ美月、明日は頼めるかな?」


「オッケー、楽しみにしててね!」


 と、美月はウインク一つ。


 さて、どんなお弁当を作ってきてくれるのか……。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 敵の情報は正確に把握しておく必要があるわ。

 そういう意味では、良い機会でもあるでしょう。


 私たちが作ったお弁当を見た上でこの余裕の表情ということは、相当腕に自信があるということよね……?



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 うーん……孝平にお弁当を作ってあげられる機会が更に減るのは正直ちょっと嫌だけど……まぁ、仕方ないよね。


 ていうか、紫垣ちゃんってお料理出来たんだ……?

 意外……って、それは流石に失礼か。


 人を見かけで判断しちゃいけないよね。

 ついこないだ、勉強出来るって意外な一面を見たばっかなんだし……。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 翌日、昼休み。


「はいっ、コウ先輩!」


 宣言通り、俺たちの教室にやってきた美月がお弁当を差し出してくれた。


 が、しかし……。


「んんっ……? それ、駅前のお弁当屋さんの袋だよね……? 容器も……」


「リサイクル利用しているんじゃないの……?」


 俺と同じく、優香と玲奈も戸惑い気味だ。


 そして。


「や、普通に買ってきたやつっす。ちょっと豪華に、デラックスのり弁!」


 一人、美月だけは堂々と胸を張っている。


「ちな、六五〇円ね」


「あ、あぁ、うん」


 財布を取り出し、差し出されてきた手の上に小銭を置いていく。


「お金も取るのね……」


「まぁ、親しい間柄でもお金のやり取りはちゃんとしないと駄目だもんね……」


「孝平くんのためなら財布丸ごと差し出しそうな貴女が言うと説得力が違うわね」


「? それの何が問題なの?」


「貴女、数秒前に自分が言ったことすら記憶出来ないの……?」


 優香と玲奈の会話を聞くとは無しに聞きながら、弁当の容器を開ける。


「ガッツリお店ののり弁だね……」


「メニューの写真とビジュアルが完全一致するわね……」


「あはは、だからそう言ってんじゃないっすかー」


 胡乱げな目で弁当を見る二人に、美月はケラケラとおかしそうに笑っていた。


「や、紫垣ちゃんさ……普通、こういう時って手作り弁当じゃない……?」


「確かに昨日、自分で作るとは一言も言ってなかったけれど……」


「料理下手なウチが作るより、プロが作ったものをお届けする方が効率的だしコウ先輩も美味しいもん食べれるしでWin-Winじゃん?」


 二人の疑問を受けても、美月は小さく首を捻るのみだ。


「言ってることは正しいのかもだけど……」


「彼氏へのお弁当というイベントは、効率を求めるものではないわよね……」


「紫垣ちゃん、言っとくけど玲奈に言われるとか相当だよ?」


「ちょっと、どういう意味よ」


「えっ? そういう意味だけど?」


「は?」


「は?」


『はぁん?』


 美月への感想を言っていたはずが、瞬く間に睨み合いを始める二人。


「こ……」


「こらこら、二人共」


 苦笑気味に仲裁しようとしたところ、俺の言おうとしていたのと全く言葉が被せられた。


「そんなことで喧嘩しないの。可愛いお顔が台無しだゾ?」


 ピッピッと右手の人差し指を順に二人の唇に当てて、間近でそう囁く美月。


『っ……!?』


 これは二人も想定外だったようで、弾かれたように両者顔を離した。


「た、確かに大人気なかったかもしれないわね……!」


「そ、そうだね……!」


 唇を手で覆いながらコクコク頷く二人の顔は、少し赤い。


『………………』


 その後、二人はどこか気まずげな沈黙を保っていた。


「あー……っと。とりあえず、食べようぜ」


 パンと手を叩きながらそう言って、場の空気を変える。


「そ、そうね」


「だねー」


 玲奈と優香が、少しホッとしたような表情でそれぞれのお弁当箱を開けた。


「っと、言うのが遅れてごめん。美月、弁当ありがとな」


 俺も割り箸を手にしながら、美月に礼を伝える。


 美月が、俺のためを思って持ってきてくれたのは事実だもんな。


「いいってことよー」


 美月は、笑いながらパタパタと手を振る。


「のり弁、いいよな。俺、タルタルで魚のフライ食べるの好きでさー」


 俺も笑って言いながら、タルタルがたっぷり乗ったフライを齧った。


「んっ、美味い!」


 衣はサクサク、中は柔らかでとても美味しい。


「あっ、コウ先輩」


 とそこで、ふいに美月が身を乗り出してきた。


 急に顔が接近して、心臓が少し高鳴る。


「タルタル、唇についてるよ?」


 俺の唇に指を当て、スッと軽く撫でる美月。


 その手には、確かに白いソースが付いていて……美月は、なんでもないような仕草でそれをペロリと舐めた。


「っ……!?」


 不意打ち気味だった上に妙に色っぽい仕草で、頬が熱を持つのを自覚する。


「ん?」


 そんな俺の顔を見て、美月は小さく首を傾けた。


「ふふっ……照れちゃって、可愛いんだ?」


 ニッと不敵な感じで笑う美月はなんだか『イケメン』に見えて、さっき以上に心臓が高なってしまう。


「あっ、そういえば」


 美月は、何かを思いついたような表情に。


「さっき、二人の唇にも触ったから……これで、全員と間接キスだね?」


『あ、うん……』


 もう一度さっきの笑みを浮かべる美月に、俺たち三人は揃って呆けた声を返すことしか出来なかった。



 ◆   ◆   ◆


 その後。


「~♪ うーん、美味っ!」


『………………』


 すっかり普段の調子に戻って菓子パンを頬張る美月とは対照的に、俺たちはなんとなく照れくさいような気まずいような空気を感じながら食事を続けることになったのだった。

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