第48話 今回も勝負

 この間から、『延長戦』に入っている俺たちだけど。


「むぎゅー、ついこないだ中間やったばっかじゃーん! なんでもう期末なのさー!」


「言うほどついこの間でもないでしょうに……」


 結局やっていることはあまり変わらず、現在は主に優香のために教室で勉強会の真っ最中だ。


「あっはー、開始五分でダウンとか優香先輩やる気ゼロでウケる」


 唯一違うのは、そこに美月が加わったこと。

 先日の初訪問以来、割と当たり前のように俺たちの教室に来るようになっていた。


「悪いな、美月。毎度こっちの教室に来てもらっちゃって。次の勉強会は美月の教室でやろうか?」


「や、パイセンたちが来たらウチのクラスお祭りになるしー……うん、それはそれで面白そうだし、今度来る?」


「ははっ……」


 美月には申し訳ないけど、やめといた方が良さそうだな……。


「あっ、そうだ!」


 とそこで、机に突っ伏してゾンビ化していた優香が生き返る。


「紫垣ちゃんさ、わかんないとこあったら教えてあげるよ! 先輩を頼りにしてよね!」


「や、遠慮しときまーす」


「即座の拒絶!?」


 ノータイムで手の平を突き出した美月に対して、優香がちょっとショックを受けたような表情となる。


「てか、優香先輩そこの公式間違ってるっすよー」


「えっ……?」


 そして、ノートを指差す美月に首を捻った。


 教科書とノートを見比べること、数秒。


「ホントだ……」


 どうやら、実際に間違ってたらしい。


「なんでわかるの……?」


「や、普通に一年で習うとこなんで」


 不思議そうに尋ねる優香へと、美月はしれっと答える。


「ドヤ顔で先輩面したあげくに後輩から間違いを指摘される……哀れな姿ね」


「否定出来る要素が一個もないよね……!」


 憐憫の視線を向ける玲奈に対して、優香はぐむむと呻く。


「ま、そこのポンコツはともかくとして」


「普段であればおま言う的なツッコミ入れるとこだけど、今だけは言葉に出来ない……!」


「わからないところがあれば、遠慮なく私に聞きなさい。なにせ私は、去年新入生代表の挨拶を務めた女ですもの」


「おっ、マジすか!? めちゃ凄いじゃん!」


「ふふっ、そうでしょうそうでしょう」


 胸を張る玲奈は、素直な称賛を受けてとても気持ち良さそうだ。


「ウチ、あれダルすぎてパスしちゃったんすよねー」


「……ん?」


 が、続く言葉に首を傾げる。


「日本語は正確に用いるようにしなさいね、紫垣さん。今の言い方だと、まるで新入生代表の挨拶を頼まれはしたけど断ったみたいじゃない」


「や、実際その通りなんでー」


『んんっ……!?』


 思わぬ言葉に、玲奈だけじゃなく俺と優香も大きく眉根を寄せた。


「ね、孝平……新入生代表の挨拶って、入試で一番成績が良かった子が務めるんだよね……?」


「そのはずだけど……」


 コソッと尋ねてきた優香に、コソッと答える。


「ちなみに……紫垣さん、この間の中間テストの総合点は学年で何位だったの?」


「一位っすー」


 ニッと自慢げに笑って、美月は人差し指を一本立てた。


「この子……まさか、優香の完全上位互換……!?」


「人間に互換性的な概念なんて存在しないよ!?」


 畏怖に近い感情を目に宿した玲奈の呟きに、優香が抗議する。


「てか紫垣ちゃん、絶対同類だと思ったのにー!」


 次いで、その不満を美月に向けた。


「や、ウチ結構親が厳しくてー。成績落ちるとあんまチャラい格好とかさせてもらえないんすよねー。なんで、しゃーなし的な感じすー」


「しゃーなしで一位取れる時点でアタシとは人種が違う……!」


 美月に他意はなさそうだけど、優香の方は割と落ち込んでるみたいだ。


「……ところで、孝平くん」


 とそこで、玲奈がどこかソワソワとした様子で呼びかけてくる。


「今回はアレ、やらないの?」


 玲奈が何を言っているのか、俺はすぐにピンときた。


 落ち込んでた優香も察したようで、顔を上げて俺をジッと見てくる。


「アレ? って、何すかー?」


 当然、美月は何のことはわかってない様子だ。


「あぁ、中間の時にちょっとした勝負をしてさ。玲奈が優香に勉強を教えて、優香が一科目赤点を取るごとに俺にハンデとして十点加点。その上で総合点で玲奈が勝てば、俺が一つなんでも言うことをきく。賞品は同じで、優香は全教科で赤点回避したらって条件でやってたんだ」


「ふーん?」


 生返事な美月は、あんまり興味なさそうな感じかな?

 まぁ実際、端から見ればどうでもいいだろうしな。


 それはともかく。


「いいよ、じゃあ期末でもやろうか。条件は同じでいいか?」


「えぇ、構わないわ……!」


「リベンジしてやるんだから!」


 尋ねると、二人はやる気満々って感じで頷いた。


「あれ以降ちょいちょい玲奈が圧をかけてくるもんだから、ちゃんと普段からそれなりに勉強してるもんね! 今度こそ大丈夫!」


「私も、前回でだいぶ『加減』が掴めたもの。今回は始めから全開でいくわよ、優香」


「いやちょっと待って、中間の時は全開じゃなかったの!?」


「前回は、少々ヌルすぎたわ……私の優しすぎる部分が出てしまった形ね」


「嘘でしょ、サドな部分しか出てなかったよ!?」


「というわけで覚悟しなさい、優香」


「んぅっ……! ぶっちゃけそこまでの覚悟は持ってなかったけど、孝平に何でもしてもらうためにはどんな辛いことにだって耐える所存だよ!」


「よし、よく言ったわね。ちゃんと録音もしたし、これで私も安心して事に望めるわ」


「録音って何!? 裁判!? 裁判まで行くようなことを想定してるの!?」


 なんて、二人が盛り上がる(?)中。


「ねーねー、コウ先輩」


 美月が俺の袖を引く。


「ウチもそれ、やりたーい」


「ん、そうだな……」


 確かに、一人だけ蚊帳の外ってのも可哀そうだよな。


「いいけど、条件はどうする?」


「総合で学年一位取れるかどうかいいんじゃない?」


「なかなか自信家だな……」


 言ってもウチは、この辺りじゃ一番の進学校である。

 玲奈だって、毎度余裕で学年一位を取ってるってわけでもないはずだ。


「んー、自信っていうかね」


 顎に指を当て、美月は言葉を探すように視線を左右に一度ずつ動かした。


「難しいことの方が、挑戦しがいあるじゃん?」


 そして、ニッと笑う。

 言葉の内容はもちろん、その笑みが妙に格好よく見えてちょっとドキリとしてしまった。


「んで、賞品はウチも同じのが貰えんの?」


「あぁ、美月さえ良ければな。じゃあ、一位取れたら俺がなんでも言うこときくってことで」


「ふぅん?」


 美月の笑みが、どこか不敵に変化したように見える。


「いいんだね?」


「何が……?」


 イマイチ話が見えずに首を捻っていると……美月が、俺の顎を指でクイッと持ち上げた。


 かと思えば、今度は顔を近づけてくる。


「ウチに……何されちゃっても、さ」


「っ……!?」


 至近距離で見つめながら囁かれて……なんか、妙にドキドキしちゃうんだが……!?



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 こ、孝平くんに顎クイですって……!?

 この子、色々見た目の印象と違うわね……!?


 にしても……胸に湧き上がってくるこの感情は、何……!?



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 紫垣ちゃん、何してんの!?


 あれ……!?

 でも、なんだろう……なんか、今の二人を見てると妙にドキドキしてるアタシがいるような……!?

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