第44話 彼の出した結論と

 別れてください、と頭を下げた俺に対して。


「………………そう」


 数秒の沈黙を挟んだ後、玲奈は呼吸音のような小さな声でそう言った。


「わか……っては、いたわ」


 震える声で、続ける。


「私より、優香の方が魅力的で……」


「いや、それは違う」


 俺は、顔を上げながらその言葉を遮った。


「……んんっ?」


 玲奈の顔には、「どういうこと?」と書かれている。


「優香」


 その答えを示すためにも、今度は優香へと呼びかけた。


「俺と、別れてください!」


 そして、先程と同じ流れを繰り返す。


「……それは」


 優香の声も、やっぱり震えていた。


「この三ヶ月で、アタシのことも玲奈のことも好きにならなかった……って、こと?」


「それも違う」


 今度も、否定しながら顔を上げる。


「……んんっ?」


 優香も、玲奈と同じ表情となっていた。


「玲奈! 優香!」


 すぅ、と大きく息を吸う。


「好きだ!!」


 そして、これまでで一番の大声で叫んだ。


『………………へ?』


 二人、キョトンとした顔となる。


「玲奈の、自分を貫く強さと美しさが好きだ! その裏に隠れた優しさが好きだ! 玲奈を見てるだけでドキドキするし、守ってあげたくなる! 一緒に過ごした三年間でどんどん惹かれていって、この三ヶ月であの時より更に好きになった!」


「あ、あう……」


 俺が捲し立てると、玲奈は徐々に赤くなっていく顔を俯かせた。


「優香の、周りまで明るくさせてしまうような笑顔が好きだ! 誰かのために躊躇なく動ける気高さが好きだ! 一緒にいると落ち着くし、愛おしさが募っていく! この三ヶ月で、一年かけて積み上がった愛情が更に大きくなった!」


「に、にへへへ……」


 優香は頬を緩ませ、ニマニマと笑う。


「……って」


 それから、ふと真顔になった。


「それなら……どうして、二人共に対して『別れてください』なの?」


「そ、そうよ! どういうことなの!」


 優香の疑問に、顔を上げた玲奈が追随する。


「だからこそなんだ」


 俺は、真面目な表情で一つ頷いた。


「今から俺は、最低なことを叫ぶけど……」


 そう、前置いて。


「二人共、同じだけ好きだ!」


 宣言通り、最低なことを叫んだ。


「三ヶ月あっても……いやこの三ヶ月があったからこそ、二人に対する気持ちは全くの同等になってしまった……!」


 そもそもこの『勝負』の根底を覆す発言だけど、実際にそうなんだから仕方ない。


「だから……!」


 グッと拳を握る。


「こんな優柔不断で不誠実な俺が、二人に相応しいとはとても思えない!」


 それが、俺の答えだ。


 二人のことがこの上なく好きだからこそ……こんな俺には、二人のどちらとも付き合う資格はないと判断した。


『………………』


 二人は、真顔を見合わせる。


『……ふふっ』


 それから、同時に破顔した。


 苦笑気味で、どこか「しょーがないなぁ」とでも言いたげな表情だ。


「ま、孝平らしい答えだね」


「そうね、予想はしていなかった答えだけれど」


 それを、徐々に微笑に変えていく。


 どうやら二人共、納得してくれたみたいだ。


「じゃあ、俺たちはここでもう……」


 お別れしよう、と言いかけたんだけど。


『断る!』


 なんか、お断りされた。


 ……えっ、何を?


「あのねぇ、孝平」


「私たちがこんな結果、受け入れるわけがないでしょう」


「いや、でも……」


 これでも、結構考え抜いて出した結論なんだけど……。


「わかる、わかるよ? 孝平なりに色々と考えてくれた結果なんだよね?」


「孝平くんの誠実さがとても良く表れた答えだとは思うわ」


 どうやら、そこは伝わっているらしい。


「だけどアタシたち、孝平以外の相手なんてもう考えられないんだからね!」


「当然、孝平くんに別の相手が出来るというのも我慢ならないわ」


 言いながら、玲奈はチラリと隣の優香へと視線を向けた。


「あまり言いたくはないけれど……優香なら、まだしもね」


「そうだね……アタシだって、孝平が玲奈を選ぶならそれを受け入れるつもりでいた」


 優香も目線を返し、一つ頷く。


「だからこそ! ノーゲームなんて結果は許さないよ!」


「とはいえ、三ヶ月もあって決められなかったんだし……」


「それなら、話は簡単よ」


「……?」


 どういうことだ……?


「三ヶ月では足りなかったというなら」


「延長戦あるのみ! だね!」


 当然だろう、とばかりに二人はそう言って胸を張る。


「まぁ底の浅いどこかの女と違って、修行によって大きく上昇した私の魅力は三ヶ月という短さでは伝わりきらなかったんでしょう。あと少しあれば、私の勝ちは揺るがないわ」


「あれれー? 毎回クソ浅い策を立ててはミスってる女の寝言が聞こえるような気がするぞー? ま、どこぞの根暗なんてすぐに愛想を尽かされるでしょ」


「誰が根暗よ」


「根が暗いのは事実じゃない?」


「クールと言いなさい、脳内ピンク一色女」


「誰がピンク一色か!」


「いや、それについてはこれまでに散々証明されてきたでしょうに」


「ていうか玲奈はそれ言う時まるで自分は違いますって感じの顔するけど、少なくともアタシと同レベル以上であることはこれまでに散々証明されてきてるからね!?」


「私のは純愛だからセーフよ」


「詭弁が過ぎる!? てか、それを言うならアタシだって純愛に決まってんでしょ!」


 と、瞬く間にいつもの雰囲気に戻る二人。


「いずれにせよ、孝平くんが元々好きだったのはこの私。私の有利は揺るがないわ」


「はいざんねーん! その想いはアタシが一年かけて上書きしましたー!」


 正直……このパターンは、想定しなかった。


 俺のヘタレな結論を聞けば、流石に愛想を尽かすだろうって。


 だけど……どうやら、俺はまだ二人のことを。

 二人の気持ちを、甘く見ていたみたいだ。


「孝平!」


「孝平くん!」


 だとすれば……。


『絶対、こっちに惚れさせるからね!』


 俺は、その気持ちに。


「わかった、どんどんアタックしてくれ! 二人の『彼氏』として受け止めよう!」


 全力で、応えようじゃないか!



 ◆   ◆   ◆



 どうやら、この騒がしい日々はまだしばらくは続きそうで。


 それを……嬉しく思っている自分がいるのも、事実だっ──


「おっ、コウ先輩じゃーん」


 ……んんっ?


 今、いい感じにまとまりそうだったのに……なんか俺、呼ばれた?


「やっほー、こんなとこで何してんの?」


 声の方に目を向けると、金髪でやや派手めな装いの女の子が軽く手を振りながらこっちに歩み寄ってきているところだった。


『……誰?』


 三人の声が重なる。


 そう……三人、だ。


 優香と玲奈も知らないみたいだけど、俺の知り合いでもない。


「あっ、そうだコウ先輩。ちょうどよかった」


 ただ、『コウ先輩』っていうのはたぶん俺のこと……だよなぁ?


 ……って、あれ?

 なんか、近くで見ると見覚えがあるような……?


「こないだの、コウ先輩からの告白の件なんだけどさ」


『……は?』


 もう一度、俺たち三人の声が重なる。


「ちょーっと迷ったけど、受けることにしちゃいました! どう、嬉しいっしょ? 嬉しいっしょ? これでウチら、晴れてカレカノだねー!」


『………………は?』


 この子は……何を言ってるんだ?


「……孝平?」


「……孝平くん?」


 説明を求める。


 完全に瞳孔が開いた二人の目からは、ありありとそんなメッセージが伝わってきた。


 が、しかし……!


 説明を求めたいのは、俺の方なんだけど!?






―――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

これにて、ひとまず第1章終了でございます。

第2章については開始まで少々お時間いただきまして、しばらくの間は週1~2回程度SSを更新する形とさせてください。


また、書籍版について。

2021年1月1日(金)に、角川スニーカー文庫様より発売されることが決まりました。

WEBからの加筆修正に素敵なイラストもございますため、書籍版もどうぞよろしくお願い致します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る