第41話 自分たちらしい時間

 プリクラを撮った後は、クレーンゲームやらリズムゲーやらで一頻り遊んで。


「そろそろお昼ね」


「だな」


 玲奈の言う通り、気付けばなかなかいい時間になっていた。


「孝平、お昼食べるお店も決めてるの?」


「うん、あくまで候補だから二人が気に入ればだけど」


 一応、今日のプランは一通り定めてきている。


「この近くだよ、ちょっと歩こう」


「りょうかーい」


「わかったわ」


 ゲーセンを出て、歩き出す。


 もちろん、二人が俺の腕を取る両手に花状態だ。

 二回目とあってか、今度は玲奈も自然な感じで抱きついてきた。


「……この道」


 程なくして、玲奈は何かに気付いたように小さく声を上げる。


「あぁ」


 俺は、ただそれだけ答えた。


 それで十分だと思ったから。


「……?」


 一人、優香だけは理解出来ずに疑問符を浮かべている。


 それはそうだろう。

 この道は……一年前、俺と玲奈が一緒に歩いた場所ってだけなんだから。


「ほら、そこのカフェでどうだろう?」


 と、俺は道沿いのオープンカフェを指差す。


「玲奈、入りたそうにしてただろ?」


 一年前の、あの日に。


「……気付いてたの?」


 玲奈は、珍しく驚きを全面に表わしている。


「なんとなく、な。一年前の俺は、それに気付いても提案する勇気が出なかったけど」


 当時はとにかくどうすれば玲奈に楽しんでもらえるのかを考えるのに必死で、デートコースにアドリブを加える余裕なんてなかった。


「私のこと、しっかり見ていてくれたのね……」


「むしろ、玲奈しか見てなかったくらいさ」


「孝平くん……」


「玲奈……」


「はいはーい! 雰囲気作るの禁止ー!」


 見つめ合う俺と玲奈の間に、優香が割り込んできた。


「それよりほら、ちゃっちゃと入ろうよ」


「ははっ、そうだな」


「わかったから、押さないでちょうだい」


 優香に背中を押される形で、カフェに入店する。


「いらっしゃいませぇ! 二股バカップル三名様でよろしかったでしょうかー?」


 なんだその案内は……って。


「あれ……? 辛辛館さん……じゃなくて、ショップの……?」


 見覚えのある顔に、思わずそう口に出してしまった。


「はいー。わたくし、やはり様々なお客様の闇……もとい笑顔が間近に感じられる飲食店の方が向いているように思い、こうして再び転職致しましたー。今後はこちらのお店にて、よろしくお願いいたしますー」


「そ、そうですか……」


 知らんけども。


「ちなみにカップル様ですとテラス席が人気ですが、そちらへご案内致しましょうかー?」


「あ、はい、じゃあそれでお願いします」


 とにもかくにも店員さんの案内に従って、テラス席に腰を下ろした。


「それとカップル様には、カップル限定『ラブラブパフェ』という商品が大変人気となっておりまーす。考えた方も頼む方も脳が沸いているとしか思えないネーミングですねー」


 一言多くない?


「なお当店、このパフェを頼んだカップルは別れることなく永久に結ばれたままでいられるという情報を流布しておりまーす」


 噂されてるんじゃなくて、店が自ら流布してるのか……。

 そういう戦略自体はアリだと思うけど、それ言っちゃ駄目な情報じゃない……?


「……青海さんさ。この情報、一年前の時点で知ってたの?」


「えぇ、そうね。前日、たまたまテレビでそういう特集をやっているのを見ていたから」


「ふーん、そうなんだー?」


「……何かしら?」


 ニヤニヤと笑う優香に対して、玲奈は不審げな目を向ける。


「青海さんて、結構乙女なとこあるよねー。そっかそっか」


「べ、別に孝平くんと食べたかったわけじゃないんだからね!」


「露骨なツンデレモードを発生させてるとこ悪いけど、その文脈だと永久に結ばれたままでいたい人が他にいることになるけど大丈夫……?」


「ははっ……二人共、じゃあそのパフェを頼む感じでいいかな?」


 店員さんそっちのけで言い合う二人に苦笑しながら、会話に割り込む。


「あー……っと。ちなみにそれって、三人で頼んでも大丈夫なんですか?」


 それから、ふと気になって店員さんに確認した。


「はいー。正直に申し上げますと、三人で頼まれることが想定されているかと言えば嘘になりますがー。『一人客には出さない』という規定しかございませんので、わたくしバカ正直にマニュアルに従って三名様に対してもお出しする所存でございますー」


「そ、そうですか……」


 やっぱり一言多い店員さんに、半笑いが漏れる。


「じゃあアタシは、それとミックスサンド!」


「私はそのパフェだけで構わないわ」


「俺は、あとナポリタンをお願いします」


「かしこまりましたー!」


 俺たちの注文を受け、店員さんは笑顔で返事して踵を返した。



 ◆   ◆   ◆



 しばらく他愛のない雑談を交わしているうちに、それぞれの品が運ばれてくる。


「こちら、ラブラブパフェでございまーす」


 中でもやっぱり目立つのは、やけに巨大なパフェだろう。

 ……いやこれ、三人で分けても結構あるんじゃないか?


「ちなみに当店、希望されるカップル様には『あーん』の場面を撮影して店内に飾らせていただいておりまーす。もしよろしければ、いかがですかー?」


 そう言う店員さんは、既にポラロイドカメラを手にしていた。


「いいねっ! 撮ってもらおうよ!」


「ふっ、恥という概念を知らない貴女らしい即答っぷりね」


「ふーん? じゃあ青海さんはやらないんだ?」


「やらないとは言っていないでしょう」


「なら、なんでとりあえず一回否定するの……?」


 なんて言いながら二人は、スプーンを手にしてそれぞれパフェのクリームを掬う。


『あーん』


 そして、同時にこちらへと差し出してきた。


『……は?』


 次いで、また声を揃えて睨み合う。


「いやいや、青海さん? ここはまず、恥という概念を知らないわたくしめが先にやりましてよ? 青海さんは、その後で恥ずかしそうにやればよろしいのでは?」


「元々この店は、一年前の私の思いを汲んで孝平くんが選んでくれたところ。つまり、私に優先権があると考えるのは当然でしょう」


「当然じゃないんですけどー!?」


 うん、まぁ、こうなるような気はしてた。


 ゆえに。


「いや、二人共同時に来てくれないかな?」


 俺は、こう言おうと決めていた。


『えっ……?』


 これは予想していなかったのか、二人は疑問の目を向けてくる。


 なお、傍らでは店員さんが「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな目をしているような気がするけど、それについては気にしないこととする。


「同時って……孝平、それ大丈夫?」


「あぁ、二人が息を合わせてくれれば問題ないさ」


「というか、絵面的にだいぶアレなことになる気がするのだけれど……」


「かもな。でも、それも俺たちらしい……だろ?」


 俺の返しに、二人は微妙そうな顔を見合わせる。


「……ま、それもそっか」


「絵面がアレだなんて、今更ね」


「それもどうかと思うけどね……」


 フラットな表情に戻った玲奈に対して、優香はちょっと苦笑気味だ。


『あーん』


 それから、また二人一緒にスプーンを差し出してくる。


「あむっ」


 俺は、二本のスプーンを同時に口に入れた。


 パシャッ。

 店員さんの手にしたポラロイドカメラが、フラッシュを光らせる。


 程なくして、写真が現像された。


「はいっ、こちらよく撮れておりますねー」


 と、店員さんがその写真を見せてくれる。


 二方向から差し出されるスプーンに食いつく俺の姿は、改めて傍から見ると……。


「恐らく当店始まって以来初めてとなる構図に、これを見た皆様失笑……もとい、笑顔になること請け合いだと思われまープクス」


 いや、最後普通に失笑してましたよね……?

 確かに、だいぶアレな構図だけどさ。


 だけどまぁ、優香は満面の笑みだし、玲奈も僅かにだけど微笑んでる。


 うん、いい写真だと思う。

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