第39話 金森日和から見た三人・4

【金森日和】


「ふぅ……ひぃ……うぅ、やっぱりみんなに手伝ってもらえばよかったなぁ」


 放課後、私は肥料の袋を運びながらひぃひぃ言っていた。


 園芸部のみんな、今日は揃って予定があるみたいだったから一人で花壇の手入れ引き受けちゃったけど……肥料の重量を忘れてたよぅ……。


 なんて、ちょっと泣きそうになっていたところ。


「よっ、と」


 横からそんな声が聞こえたかと思えば、手に重く伸し掛かっていた重さが消えた。


「えっ……?」


 驚いてそちらを見ると、白石くんが肥料を担いでくれてる姿が目に入る。


「手伝うよ」


「で、でも……」


 申し訳ないというか……どうして突然そんな……?


「ほら、男としては? 流石に、フラつく女子を見過ごすわけにはいかないでしょ」


「あう……」


 白石くん、サラッとこういうこと言うよね……それも、爽やかな笑顔で……。


 危なかった……何回か一緒に過ごして耐性を獲得してなかったら、今ので恋に落ちててもおかしくなかった……。


 いや、耐性っていうか恐怖?

 あの二人が恋敵になるとか怖すぎて、想像しただけで寒気がするよ……。


「それに、いつも変なことに巻き込んじゃってるしね。そのお詫びも兼ねて」


 なんて言って、苦笑する白石くん。


 一応、いつも変なことに巻き込んでるっていう自覚はあったんだね……。


「裏庭の花壇まで運べばいいのかな?」


「あ、うん……ありがとう」


 私一人で運ぶのは正直限界を迎えてたんで、お言葉に甘えることにする。


「あの、私も半分持つよ……?」


 ただ、流石に完全に任せるのは申し訳ないからそう申し出る。


「ははっ、大丈夫大丈夫。こう見えて、それなりに鍛えてるんだ」


 そう言いながら、力こぶを作って見せる白石くん。

 細身に見えるけど確かにちゃんと筋肉はついてて、男の人の腕って感じだぁ……。


「じゃあ、あの……よろしくお願いします」


「うん、任せてよ」


 中途半端に私が手伝っても身長差で余計に大変そうだし、素直に頭を下げることにした。

 普段のお詫びだとしたら、ちょっとくらい頼ってもいいよね……?


「………………」


「………………」


 そのまま二人で、黙って歩くこと数秒。


「あ、あの、でも、白石くんも大変だよねっ」


 適当に思いついた話題を切り出す。


 私は話すの苦手な方だけど、それ以上に沈黙に耐えられないタイプだから……。


「ん? このくらいなら軽いから問題ないよ」


「あっ、いや、そうじゃなくて……」


 だけど言葉足らずだったみたいで、慌てて付け足す。


「青海さんと紅林さんとのこと……毎日、大変だなって」


「あぁ、なるほど」


 今度はちゃんと伝わってくれたみたい。


「大変……まぁ、大変は大変かなぁ」


 と、苦笑気味に笑う。


「だけど、二人の気持ちは凄く嬉しく思ってるから」


「……凄いなぁ、白石くんは」


 思わず、そう溢してしまった。


「白石くんだけじゃなくて……青海さんも、紅林さんも」


 それは、普段から思っていること。


「あんなに、ストレートに気持ちを伝えて……白石くんも、真っ直ぐそれに応えて」


 それも、人前で……という言葉は、流石に飲み込んだ。


 うん、正直それが一番凄いと思ってるとこなんだけどね……。


 でも、私だったら誰にも見られてないところでだって無理だと思うから。

 どっちにしろ、やっぱり凄いと思う。


「真っ直ぐに……か」


 だけど、白石くんは何か思うところがあるような表情だった。


「確かに、二人は凄い。でも、俺はそれに引っ張られてるだけだよ」


「引っ張られてあれが出来るだけで凄いと思うけど……」


 私の返しに、白石くんはちょっと困ったように笑ってから表情を改める。


「少し、相談……いや、俺の弱音を聞いてもらってもいいかな?」


「えっ……? う、うん、私でいいなら……」


 私なんかが白石くんのお役に立てるとは思えないけど……聞くだけなら、まぁ。


「正直、未だに迷ってるんだ」


 二人のどっちを選ぶかを、ってことかな?


 そりゃまぁ、どっちも魅力的だし……。


「俺に選ぶ資格なんてあるのか、ってさ」


「え……?」


 そう思っていたら予想以上に根本的なところで、ちょっとビックリしちゃった。


「二人に対して、不誠実なことをしてる自覚はある」


「でも、二人の方から言い出した勝負だよね……?」


「うん。だからこそ、俺もあの場では全力で応えるって言った。そして、言った以上は三ヶ月間やり通す覚悟も出来てるんだけどね」


 白石くんは、どこか弱々しく笑う。


 そんな顔をしていると、いつもとは随分と違った印象に見えた。


「ただ……本当にこんなやり方でいいのか、って。自問してる自分も未だにいて」


 そっか……紅林さんと青海さんの前だと、二人が気にしないようにそういう部分は見せないようにしてるんだろうな。


 これは、私みたいなあんまり親しくない相手だからこそ話せる内容なのかも。


「……例えば、金森さんなら」


 白石くんは、ふと何かを思いついたような表情でこっちを見る。


「どうする? 俺みたいに、こんな珍妙な状況になったら……さ」


 少し茶化した言い方だけど、真剣に悩んでることなんだよね……。


 だとすれば……。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 俺の問いに対する、金森さんの答えは。


「わかんないよ、そんなの。だって、私だったらそんな状況には絶対にならないもん」


「で、ですよねぇ……!」


 としか、言えないものだった。


「でも……だから、単に思ったことっていうか、感想みたいなのを言うけど」


 金森さんは、どこか迷うように視線を彷徨わせる。


「それはそれで楽しいのかもな……って、ちょっとだけ思うかな」


「ははっ、まあ確かに傍から見てる分には愉快だろうしね」


 それは俺も認めるところだ。


「んー、ていうかね」


 金森さんは、顎に人差し指を当てながらまた目線を左右に振った。


「白石くんが、楽しそうにしてるから」


 それから、ジッとこちらを見上げてくる。


「……えっ?」


 予想外の言葉に、反応が少し遅れてしまった。


 楽しそうにしてる……? 俺が?


「確かに、色々と大変そうだけど……大変なんだろうけど……でも……」


 小さく微笑む金森さん。


「去年は、明るく振る舞ってるように見えてもなんだか陰があるように見えて……それが、今はなくなってる気がするの」


「っ……」


 ……思っていたより深いところまで見抜かれていたことに、少し驚いてしまった。


 確かに、去年の時点では玲奈にフラれたダメージを引きずってて……だけど優香のおかげもあって、一年かけてちょっとずつそれも癒えていって。


 今はもうそのことに関する傷は、もう完全に塞がっている。

 まぁ、フラれたってこと自体が誤解だったんだから元々幻肢痛みたいなものだったのかもしれないけど。


 そして。


「楽しい……か」


 今の状況を、そんな風に考えたことはなかったけど。


 言われてみれば……この勝負が始まってからのことを、振り返ってみれば。


「楽しい、な」


 確かに、そう思えたのだった。


 いつの間にか、これが俺の日常になっていて。

 傍から見れば馬鹿みたいに思うんだろうなってこと言い合って、騒いで、笑って。


 こんな日々が続くのも、悪くないんじゃないか。

 そんな風に考えている自分に、気付いた。


 二人との関係性にも慣れてきて、どこか居心地の良さすら感じ始めていることにも。


 だけど、この日々がずっと続くだなんてことはありえない。

 期限の三ヶ月も、もうすぐそこだ。


 だから。

 今、突然に、だけど。


 俺は、とある決意・・を固めるに至った。



 ◆   ◆   ◆



【金森日和】


「ありがとう、金森さん。おかげでスッキリしたよ。相談して良かった」


「そ、そう……?」


 私はホントに思ったことを言っただけで、相談にすらなってなかったと思うけど……でも確かに、微笑む白石くんはさっきよりスッキリしているように見えた。


「なら、良かったよ」


 だから、私も笑ってそう返す。


 と、その瞬間。


「っ……!?」


 えっ、なんだろう……物凄い悪寒が……。


 後ろから……殺気!?

 いやいや、そんなまさか……武道の達人とかじゃあるまいし、私にそんなの感じ取れるわけないじゃない……。


 でも、ちょーっと嫌な予感はしちゃうなぁ……。

 あぁ、振り返りたくない……振り返りたくないけど、このまま振り返らずにいるのも怖い……。


 えーい、覚悟を決めて!


「ひぇっ……!?」


 校舎の陰から、青海さんと紅林さんが物凄い形相でこっちを見てる……!?


 怖い怖い!

 あの二人が、直接来るんじゃなくてただ見てるだけっていうのが逆に怖い!


 えっ、なに、罪状を確定させようと泳がせてるとか!?

 ち、違うんですぅ! これは楽しく談笑してるとかじゃなくて、肥料運ぶのを手伝ってもらってるだけなんですぅ!


 ていうか、私が貴女たちのライバルになる日なんて永久に来ないんだからこんな小物相手にまで嫉妬しなくていいでしょ!?


「……? どうかした?」


「い、いや、なんでもないよ! それより早く運んじゃおう! ねっ!」


 私に続いて振り返ろうとしていた白石くんの意識を、どうにか前へと向ける。


 なんとなく、今の二人のことを見せちゃいけないような気がしたから……。


「あぁ、うん。そうだね」


 幸い、それ以上突っ込んで聞いてくることもなく白石くんは前を向いてくれた。


 二人には感謝してほしいくらいなんだけど……背後からの殺気が消えない!

 むしろ、増したような気すらするかも!?


 ていうか……結局今日も、変なことに巻き込まれてるじゃなぁい! もう!

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