第24話 遊園地に行こう

「孝平くん、ここにこんなチケットがあるのだけれど」


 ある日、玲奈がそんな言葉と共に三枚のチケットを見せてきた。


「あっ! 織山ランドのチケットじゃん! 行く行く! 絶対行く!」


 それに対して、俺より先に優香が食いつく。


「オリンちゃんとヤマンくん、アタシすっごい好きなんだよねぇ!」


 ちなみに織山ランドっていうのはこの街に存在するちょっとショボ……もとい、小規模な遊園地。

 オリンちゃん、ヤマンくんはそのマスコットキャラクターだ。


「貴女のことは別に誘っていないのだけれど……」


「えっ……? 私の分、ないの……?」


「べ、別にそうは言っていないでしょう。ちゃんと貴女の分まであるわよ」


 絶望の表情となる優香に、玲奈がちょっと焦った感じでそう返す。


「やったぁ! ありがとう青海さん!」


 パッ、と再び優香の顔に笑みが咲いた。


「別にいいけれど……それで、孝平くんも行くわよね?」


「あぁ、うん。でもチケット、使わせてもらっていいのか?」


「構わないわ。親が仕事の付き合いで貰ってくるんだけど、ウチの家族は誰もこういうのに興味ないし。余らせるのも勿体ないから」


「そういうことなら、ありがたく行かせてもらうよ」


 言葉通り、玲奈自身は織山ランドに凄く行きたいって雰囲気でもなさそうだ。

 まぁ、遊園地ではしゃぐタイプでもないしな……。


 ってことは……また、色々と画策してるってことか。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 ふっ……上手く食いついてくれたわね。


 ……紅林さんの食いつきまでやたら良かったのは計算外だったけれど、まぁいいわ。


 実際に行ったことこそないけれど、織山ランドについては調べ尽くした。

 完璧な遊園地デートで、孝平くんを虜にしてあげるんだから!



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 そして、当日。


 俺たちは、朝から連れ立って織山ランドに入園していた。


「さて、それじゃ最初はどこから行こうか?」


 まずは、二人の意向を尋ねる。


「さ……」


「お化け屋敷!」


 何か口にしようとした玲奈に被さる形で、優香が元気よく手を挙げた。


「あのねあのね! ここのお化け屋敷、本当に『出る』って噂でね! 最後に入っちゃうと家まで『憑いて』きちゃうから、最初の方に入って園内で『撒く』のが推奨されてるんだよ! アタシも、毎回最初にお化け屋敷行くことにしてるんだ!」


「へぇ? 流石、詳しいな」


「……って、ごめん。青海さん、さっき何か言い掛けてた?」


 一通り言い終わってから、優香は玲奈の方を振り返る。


「ついつい先走っちゃったけど、青海さんがくれたチケットだし青海さんが行きたいとこ優先で行こっ。アタシは、どのアトラクションも好きだし」


「……いつもそうしているっていうのなら、最初くらい譲ってあげるわよ」


「ホント!? ありがとー!」


「別に……」


 素直に礼を言う優香に、玲奈はどこかやりにくそうだ。

 普段いがみ合ってるから、こういう時にどういう態度を取ればいいのかわからないのかもしれない。


「それじゃ、お化け屋敷にしゅっぱーつ!」


 やっぱり元気よく歩き始める優香に、俺たちも続いた。



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 ふっふっふー。


 確かにさっき語ったみたいな噂があるのも、アタシが毎回最初にお化け屋敷に行くのも事実だけど。

 今回は、何もそれだけで提案したわけじゃない。


 お化け屋敷といえば……!


「やーん孝平、こわーい!」


 こうして、自然に密着出来るもんね!


 ぶっちゃけもうどこで何が出てくるかとか全部知ってるんだけど……だからこそ、要所要所でしっかり孝平に抱きついちゃうんだから!


「まったく、浅ましい女だこと……」


 青海さんは軽蔑するような目で見てくるけど、構うもんか。

 ていうか、羨ましいなら青海さんもやればいいのにね? 変なプライドが邪魔してるのかな?


 まぁ確かにキャラじゃないっていうか、青海さんはお化け屋敷とか全然平気そうだもんね。

 「作り物だってわかっているのに何を怖がることがあるの?」とか言いそう。


 おっ、もうすぐゾンビが飛び出してくるところだ。よーし……。


「きゃ……」


「ぽきゃっ!?」


 ……ぽきゃっ?


 なんか、変な音に邪魔されて叫ぶタイミング逃しちゃったな……。

 よし、次の角で煙が噴射されるから今度こそ……。


「き……」


「ぱにゃっ!?」


 ぱにゃ?


 何なの、この愉快な擬音みたいなのは……。


 ……いやまぁ、わかってはいるんだけどさ。


「あのさ、玲奈……」


 孝平が、青海さんへと苦笑を向けた。


「そんなに怖いんだったら、今からでも戻るか?」


「は? 必要ないに決まってるでしょう」


 孝平の提案に、青海さんは涼しい顔で答える。


「こんなもの、作り物だってわかっているのに何を怖がることがあるの?」


 予想した通りの台詞と一緒に、ファサッと髪を振り払う青海さんだけど……いや、足ガックガクじゃん。

 バイブ機能でも入ってんの?


「あー……」


 孝平がは、何とも言えないような表情を浮かべている。

 たぶん、私も似たような表情になってるんじゃないかな……。


「実は俺、結構怖がりでさ。良かったら、手を握っててもらえないかな?」


「孝平くんがそこまで言うなら仕方ないわねっ!」


 はっや。

 『手』って言った時点でもう握ってたじゃん。


 この人、なんでこれで取り繕えてると思ってるんだろう……。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 怖い怖い怖い怖い!


 お化け屋敷とかいう概念を生み出した馬鹿はどこのどいつなの!?


 恐怖とは、危険に対処するための人間の本能!

 わざわざ怖がりに行って何がしたいの!?


「孝平くん、もうちょっと私に寄り添ってもいいのよ?」


「あぁ、そうさせてもらうよ」


 だけど、孝平くんが怖がりだっていうのは幸いだった。


 こうして孝平くんの温かさを感じていると、恐怖も和ら……。


『私を殺したのはお前かぁ!?』


「ぺぐっ!?」


 和らがない!


 そんな程度で和らぐわけないでしょう!

 普通に怖いわよ!


 い、いえ、落ち着きなさい青海玲奈。

 さっき自分でも言った通り、こんなものは全て作り物………………そういえば、紅林さんが『出る』とか言っていたような……ま、まさか今の声は本物……!?


 あぁもう、早く出口に着か……。


「ぴゃんっ!?」



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


「大したことなかったわね」


 お化け屋敷を出て、玲奈はそう言いながらファサッと髪を振り払う。

 いつも通り、澄ました顔のクールビューティーって感じだ。


 ……足が、ガックガクに震えてさえなければ。


 まぁ、ここは指摘しないのが優しさってやつだろう。


「えーと……次は、しばらく座ってられるアトラクションがいいな。ほら俺、まだ足が震えちゃっててさ。優香、近くにそういうのないかな?」


 とはいえ、このまま歩き回るのは厳しいと予想されたのでそう提案する。


「そだねー、じゃあねー」


 優香も察してくれているのか、玲奈に向けていた生温かい視線を外した。


「あれとか、いいんじゃない?」


 そして、指差したのは──

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