第23話 青海玲奈にとってのカレ

【青海玲奈】


 小さい頃から、友達を作るのが苦手だった。


 というよりも……友達の必要性を感じなかった。

 私は私であり、他者との関係性が私の価値を高めるわけでも落とすわけでもない。


 一人でいることに、苦痛もなかった。


 ただ……正直に言うと、口下手で言葉足らずなところは少し気にしていたりする。


 私と話した相手のリアクションは、大体二通り。

 苦笑か、傷付いた表情を浮かべるか。


 どちらも、私が笑みの一つも無しに棘のある言葉しか口にしないから。


 そんなことを繰り返しているうちに、私の周囲には人が寄り付かなくなっていった。

 すると今度は私が孤独を望んでいるんだと思われて、ますます人が遠ざかる。


 別段その状況自体は構わないのだけれど、もう少し上手くやれないものかと自分に対する苛立ちはあった。

 私だって、好きで人を傷付けたいわけじゃない。


 まぁそういう意味では、人が寄り付かないという状況は都合が良くはある。

 私は、静かで、ある種平穏ではある日々を送っていた。


 それが崩れたのは、中学一年生の春。


「青海さん、だったよね? 隣、いい?」


 美術部に入部した初日に、彼……孝平くんは、柔和な笑みと共にそう話しかけてきた。


 他の人は、上級生でさえも私に近づいてこようとはしなかったっていうのに。


「好きにすればいいでしょう」


 私の言葉は、たぶんとても冷たく聞こえただろうと思う。


「うん、ありがとう」


 なのに孝平くんは、少しも笑顔を崩すことなくそう答えた。


 とはいえ、この時点では「ちょっと変わった人なのかな?」と思った程度だった。


 だけど。



   ◆   ◆   ◆



「うっわ! 青海さん、凄いね! めちゃくちゃ上手いじゃん!」


「小さい頃からやっているのだから、この程度は出来て当然よ」


「だけど、いっぱい賞も貰ってるって聞いてるよ?」


「その賞の評価基準で優れていると判断されただけで、それがすなわち絵が優れているということには繋がらないわ」


「なるほど、そうなんだね……うん、そんな風に客観的に考えられるなんて凄いな」


「別に……貴方がどう思おうと構わないけれど」



   ◆   ◆   ◆



「青海さん、画材ってどういうのがいいのかな?」


「……なぜ私に聞くのかしら?」


「だって青海さん、詳しいでしょ?」


「詳しいからこそ、安易にどれが良いどれが良くないとは言えないわ。人によって合う合わないはあるし、そもそも目的からして……」


「……ん? どうかした?」


「ごめんなさい。私、否定ばかりね」


「ははっ、なんだそんなこと。真面目に考えてくれてる証拠だろ? 嬉しいよ」


「……そう」



   ◆   ◆   ◆



「青海さん、お弁当一緒に食べようよ」


「……どうして?」


「ん? 俺が一緒に食べたいから」


「別にいいけれど……」


「ありがとう。わっ、凄い美味しそうなお弁当だね!」


「……ねぇ」


「うん?」


「どうしていつも私に話しかけてくるの? ……あぁ、いえ、ごめんなさい。今のは別に、迷惑だとか言いたいわけではなくて……」


「うん、大丈夫だよ」


「……え?」


「ちゃんと最後まで聞くから、焦らないで」


「……えぇ、ありがとう」



   ◆   ◆   ◆



 孝平くんは、私から離れていくことはなかった。


 私の言葉を、理解してくれようとしてくれた。


 ありのままの私を、受け入れてくれた。


 私は、一人を苦にしない。

 別に、友達も必要ない。


 その考えは、今でも変わらない。


 だけど、確かに。


 孝平くんと一緒にいる時間を、一人の時より楽しいと感じるようになっていった。

 いつしか、孝平くんといる時間は私にとって特別なものになっていった。


 孝平くんが、私にとって特別な存在になっていった。

 彼と一緒にいると胸が温かくなって、なんだか嬉しくって、心臓の鼓動が大きくなって……そして。


 それが恋と呼ばれるものであると自覚するのに、そう時間はかからなかった。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


「はぁん?」


 玲奈の方に伸ばされた手をガッチリと掴んだ俺へと、男の人の苛立った視線が刺さる。


「すみません!」


 出会い頭、とりあえず全力で頭を下げた。


「ご不快にさせてしまったのなら謝ります! だけど、どうか彼女に危害を加えるのはやめていただきたい! もし殴るなら、俺の方を!」


「お、おぅ……?」


 どうにか玲奈だけは守らないと……と思って、精一杯叫ぶ。


「おい、殴るって……?」


「女を殴ろうとしてたってこと……?」


「最低だな……」


 すると、周囲からそんな声が上がり始めて。


「チッ……!」


 居心地悪そうに舌打ちしたきり、男性は俺の手を振り解いて立ち去っていった。


「ふぅ……」


 安堵の息を吐きながら、身体から力を抜く。


 必死だったとはいえ、あの人を悪者に仕立て上げちゃったみたいで申し訳ないな……別に、本当に玲奈を殴ろうとしてたわけでもあるまいし……。


「……ありがとう、孝平くん」


 なんて思っていたところ、玲奈がギュッと両手で包むように俺の手を握ってきた。


「だけど、私のために危ないことはしないでちょうだい」


 懇願するように、上目遣いでそんなことを言ってくる。


「そう思うんなら、はぐれないでほしいんですけどー?」


 俺が何か言う前に、背後から優香の声。

 俺の背中からひょこっと顔を出して、唇を尖らせていた。


「……そうね。浅慮だったわ、ごめんなさい」


 玲奈は、シュンとした表情で頭を下げる。


「むぐ……そこで素直に頭を下げられたら、アタシが嫌味な奴みたいじゃん……」


 それを見て、優香はどこか居心地が悪そうな表情となった。


「優香も、凄い心配して探してたもんな。こんなとこで玲奈を一人にするなんて、腹ペコ猛獣の群れの中にウサギを放つみたいなもんだーって」


 そうフォローしつつ、優香の頭をポンポンと撫でる。


「そう……なの?」


「そりゃそうでしょ」


 意外そうな玲奈に対して、優香は当然とばかりに頷いた。


 こういう場面で人を真摯に心配出来るのが、優香の美徳の一つだと思う。


「……そう」


 玲奈は、唇をキュッと引き結び。


「なら、お礼は言っておいてあげるわ!」


 顔を赤くしながら目を逸らして、なぜか胸を張って傲岸不遜な感じでそう言った。

 なぜか、っていうか照れ隠しなんだろうけど。


「なんでさっきの謝罪はちゃんと言えて、こっちは素直に言えないんだろこの人……」


 半笑いを浮かべる優香に、内心でちょっと同意してしまった。


「あぁ、それから玲奈。さっきのお願いの件だけど」


 それはそうと、流れかけていた話を戻す。


 私のために危ないことはしないで、と言った彼女に対して。


「悪いけど、それは聞けない」


 俺の答えは、決まっていた。


「俺は、さっきみたいな場面ならこれからも何度だって同じように飛び込むよ」


 心からの言葉を伝える。


「玲奈のことが、大切だから」


「孝平くん……」


 玲奈は、感極まったような表情で口元に手を当てた。


「ちょっとちょっとー」


 そのまま見つめ合っていたところ、優香の不満そうな声が割り込んでくる。


「アタシはー?」


「もちろん、優香のことだって大切に思ってるよ。優香がさっきみたいな状況に陥ってたとしても、俺は迷わず同じように飛び込む」


「んふふ、ありがとねっ!」


 俺の言葉に、嬉しそうにニコリと笑う。


「……って、ことだからね?」


 次いで、その笑みをどこか好戦的なものに変えて玲奈へと向ける。


「……わかっているわよ」


 玲奈も、不承不承といった感じで頷いた。


「ま、とにかく無事で良かったよ。改めて、遊ぼう」


 二人の間に火花が散り始めたので、パンと手を叩いて話を変える。


「玲奈、今度ははぐれないようにな。もちろん、優香も」


 って、言ってる傍から人が多いな……。


「ほら、二人共もっと近くに」


『きゃっ……!?』


 肩に手を回して引き寄せると、二人の驚きの声が重なった。


「っと、悪い。不躾だったな」


 慌てて離そうとした手を、ガッと二人に掴まれる。


「いやいや、いいんだよ! ほら、はぐれないためにはこのくらいの方がいいしね!」


「そ、そうね、はぐれないためには仕方ないわね」


 優香が笑顔で、玲奈が赤い顔を逸らしながら、それぞれ自分の肩へと俺の手を置いた。


「おいなんだあれ、雑誌裏の広告のアレを撮影してんのか……?」


「にしては、札束要素がないぞ……?」


「まさか、ガチだっていうのか……?」


「この世に、本当にあの光景を実現出来る男が存在しただと……!?」


 ただでさえ目立つ二人を抱き寄せてるこの体勢、めちゃくちゃ注目されるな……。


 とはいえ二人がなんか満足げだったので、しばらくそのまま過ごすことに。



   ◆   ◆   ◆



 その後は、特にトラブルらしいトラブルもなく──なお、優香と玲奈のバトルは『トラブル』には含まないこととする──なんだかんだ三人で一日楽しんだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る