3章:真実は小説よりも残酷で

7話:彼女と好物が同じ?



 それから1週間。僕は、がむしゃらに勉強してお稽古事をこなした。父さんから心配されるほど、がむしゃらに。

 だって、空白の時間が出来たら色々考えてしまうんだもん。

 自分から突き放してしまった僕の大切なロゼ。もう1週間も口を聞いていない。


「……ふう」


 どのくらい、ピアノを弾いただろうか。

 今日は、1日フリーだった。コンサートまで残り1週間ということもあり、朝ご飯の後すぐ音楽室に引きこもっていた。

 外を見ると、夕焼け空が見える。……ということは、お昼ご飯を食べてない。


「あ……」


 窓から視線を外しソファーテーブルに目をやると、そこにはラップに包まれたおにぎりが2個。お皿の上に置かれていた。

 ピアノ椅子から立ち上がりそれを手に取ると、当たり前だが冷たくなっている。いつ、誰が置いたのだろうか?全く気づかなかった。


「……美味しい」


 僕は、ラップを外すとそれを食べた。冷めても美味しい。

 何も入っていない胃の中に、スーッと落ちていく感覚がする。ちょっとだけ、気持ち悪い。

 と思っていると、おにぎりの隣には水筒が。よくわかってるなあ。


「ロゼ?」


 もしかしたら、彼女が来てくれていたのかも?

 いやいや、そんな美味しい話があるはずもない。だって、拒絶してしまったのは僕なんだから。ロゼの性格からして、絶対彼女からは近づいてこないだろう。

 僕はそのままソファに座り、おにぎりと水筒に入っていた冷たい紅茶で腹を満たした。その紅茶は、いつもロゼが淹れてくれる味だった。



 ***



「おや、シャロン坊ちゃん。どうされましたか?」

「あの、これ。ごちそうさまでした」


 食べ終わった僕は、そのままキッチンへ向かった。

 そう言って、おにぎりが乗っていたお皿と空っぽになった水筒を料理長に渡す。すると、


「なんと!わざわざお坊ちゃんが……。大変失礼しました、感謝いたします」

「いえ、これくらいはさせてください」

「いつもなら、ロゼがそういうことさせないのですが。喧嘩でもされましたか?」

「……」

「ここ1週間、食も細くなられていらっしゃるようで」


 軽快に笑いながら、料理長が痛いところをついてきた。やめて!今の僕にその話はタブーです!

 なんて言っても、わからないだろうな。だって、僕の気持ちは誰にも言ってないんだもん。


「いえ、別に。なにもないです」

「……お坊ちゃん。でしたら、ロゼのことを許してあげてください」

「だから、別に喧嘩なんて……」


 食器を受け取った料理長は、真剣な顔して僕の方を見てきた。1週間、口を聞かず会わずなことを知ってるらしい。視線が痛い。それから目を逸らすと、


「お坊ちゃん。ロゼですが、ここ最近毎日のように3回キッチンを訪れています。なぜだかわかりますか?」

「……ご飯を食べるため」

「いいえ、お坊ちゃん。彼女はヒューマノイドです。食事の真似事はできますが、食べなくても生きていけます」

「っ……」


 やっぱり。

 ロゼは、ご飯のいらない身体だったんだ。

 僕は、騙されてたんだ……。


「確かに、お坊ちゃんの食すものの温度を見たり、魚の骨がないか、肉が中まで焼けているかのチェックをしたりするのにロゼは食べ物を口にします。最近は、チーズの食感が好みのようで、チョコチョコ残り物をもらいにくることはありますが……それが目的ではないんですよ、お坊ちゃん」

「……え?ロゼって食べ物食べられるの?」

「ええ。味覚はないらしいですが、食感や温度はわかると言っていましたよ。食べたら胃の洗浄が必要みたいですがね」

「……そっか」


 違かった。嘘はつかれてない。

 いや、どうなんだろう。微妙すぎる。でも、ロゼもチーズ好きなんだ。なんだか、ちょっと嬉しいな。


「そしたら、なんでキッチンに来るの?」

「……それは、」


 それは。


「お坊ちゃんの食べた量や好き嫌いを把握するためですよ。彼女は、お坊ちゃんの離乳食が始まってから今まで、毎日欠かさず通っています。調理過程まで見てくるんですよ。私が毒でも入れるような顔をしているんですかね?」

「……ロゼが」

「ええ。お昼用として作った水筒の中身も、彼女が淹れました。だから、なにがあったかは存じませんが仲直りしてあげてくださいな」

「……別に喧嘩はしてなくて」

「……」


 答えに詰まっていると、料理長が目線を合わせてきた。その視線は、とても優しい。けど、僕には少しだけ泣いているように見えた。


「お坊ちゃん。ヒューマノイドは、人よりも寿命が短いのです。たかが1週間ですが、大切な時間だったのではありませんか?1週間を4回繰り返せば1ヵ月。それを6回で半年、さらには1年。時間は待ってくれませんよ」

「……でも、ロゼはずっと僕のところにいるもん」

「でしたら尚更。私からもお願いします。ロゼと一緒に過ごしてやってください」

「……」


 そう言って、料理長は僕の両肩を掴んできた。

 これじゃあまるで、ロゼが明日死ぬみたいじゃないか。


「本当に喧嘩はしていないんです。僕が勝手に担当変えただけで……。ロゼは悪くない」

「彼女、今は旦那様と書斎で書類整理していますよ」

「……行ってきます」


 とは言うものの、なんだかよくわかっていない。

 でも、ロゼもチーズ好きなんだよね。その話をしようかな。

 僕は、料理長に挨拶をしてキッチンを出た。

 よくわからないけど、今は早くロゼに会いたい。


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