5話:ヒューマノイドの食料



 アーロンは、ドビュッシーの『月の光』を僕の目の前で演奏した。

 正直、驚いた。絶対、『子犬のワルツ』とか『トルコ行進曲』とか……明るそうな雰囲気の曲を選んだと思ったから。

 重苦しい始まり、しっとりとした旋律があのアーロンから奏でられている。僕は、夢でも見ているのだろうか。いや、ソファに座ってるから起きてはいる。


「……」


 いつも見ているアーロンの表情とは違う。

 それは、同性の僕でさえカッコ良いと思ってしまった。これを、ロゼに見せるのは忍びない。

 そんなことを考えていると、曲が唐突に終わった。


「……どんなもんだ」

「すごいよ、聴き入っちゃった」

「お世辞ではなさそうだな!」

「なんだと!」


 ここには、2人しかいない。そのため、こうやって軽口が叩けるというわけだ。

 僕は、ソファから立ち上がり拍手を送った。人の良いところは認めないと、アルバート家にふさわしい人になれない。


「でも、シャロンみたいに舞台慣れしてないから不安だよ」

「確かに、レッスン室とホールじゃ全然違うもんね」

「ピアノの反響、すごいんだろ?それに、人がたくさん聴きに来る。考えるだけで真っ青になってしまうよ」

「お客さんがたくさん入った方が音の響きは良いけどね」

「へえ。絶対本番は、そんなところまで気が回んねえ」

「あはは。慣れだから」

「毎年出てるシャロンが羨ましいよ」

「僕だってプレッシャーはあるよ。今回出られたからって、次も出られるわけじゃない」

「まあな。ミハエル先生、どうやって選んでるんだろうな」

「さあ。実力順じゃないの?」


 僕も、わからない。ミハエル先生は、結構気まぐれだから。

 もしかしたら、生徒みんなに番号でも打ってダーツで決めてるかもしれない。確か、先生やってたし。

 そんなことを考えていると、アーロンの声が止まった。僕は、ピアノ椅子に座って鍵盤に視線を落としている彼に声をかける。


「……どうしたの?」

「……俺さ、本当は子犬のワルツやる予定だったんだ。ミハエル先生、すごく褒めてくれたから」

「へー。アーロンは明るい曲が得意だもんね」

「でもな」


 やっぱり。僕は、笑いながら続きを聞くためピアノの譜面台に肘をつく。


「でもな。アイリスが「太陽より月が好き」って言ってたから。こっちにしたんだよ」

「それは、アイリスさんらしいね。そういえば、最近会えてないけど元気なの?」


 アイリスさんは、アーロンの家に仕えているヒューマロイド。

 ロゼとも仲が良いらしくて、アーロン父と一緒に来ると必ず2人してどこか行ってしまう。後で聞いたら、僕たちの好き嫌い談義をしていたと楽しそうに言っていた。……そんな話、楽しいのかなあ。


「活動停止したよ。先月」

「……え」


 活動停止。それは、ヒューマノイドとしての活動を終え、永久の眠りにつくことを指している。

 急いでアーロンに目を向けると、なんとも言えない顔をしていた。聞いたのは、失言だったかもしれない。


「え、だって前来た時楽しそうにロゼと……」

「突然だったんだ。胸の宝石が砕け散って、それきり。あっけなかった」

「……アイリスさんが」

「それから色々調べたんだけどさ、アイリスは前々から活動停止することを知ってたみたい。ヒューマノイドは、活動停止の1ヵ月前に宝石の真ん中にヒビが入るらしい」

「…………」

「なあ、シャロン」


 そう言って、アーロンが顔をあげた。僕は、それを見て驚く。

 アーロンが泣いていた。いつも笑ってるのに、いつも調子良く女性を口説いては笑っているのに。


「ロゼは大丈夫だよな。俺、アイリス居なくなって。レディ・ロゼまで居なくなったらどうすればいい?」

「……大丈夫、ロゼは大丈夫。だって、いつも通りだし、コンサートも来てくれるって言ってたし」

「ならいいけど。俺、この曲もっと練習して……アイリスには聴かせてあげられなかったから、せめてレディ・ロゼには、聴いて欲しくて」


 アーロンにとって、姉のような存在のアイリスさん。年齢が近いためか、彼の一番の理解者だと聞いた事がある。

 ロゼも居なくなっちゃうの?そんなの、考えられない。


「昨日、埋葬したよ。俺がずっと離れたくなくて、父様が待っててくださったんだ。ちゃんとお別れした」

「……だから、最近遊びに来なかったんだ」

「うん……。でも、アイリスだってずっとこんなんじゃ安心して眠れないだろ?まずは、コンサート頑張ろうって思ってさ」

「ごめんね。何も知らなかった」

「いや、知らせなかったから。ヒューマノイドの死は、新聞に載らない」


 人間の死は、次の日の新聞に載る。しかし、なぜかヒューマノイドの死は載らない。僕には、その違いがわからなかった。


「なんで載らないんだろう」

「ヒューマノイドは、活動停止すると体内から蔓が伸びる。花が咲く品番もあるらしい。これからは、人間としてじゃなくて自然の中で生きて行くからだよ」

「……でもさ」

「アイリスも、止まってからしばらく家に置いといたら壊れた宝石から蔓が伸びてきたよ。本当は協会の人が特定の場所に埋葬するんだけど、父様が特別にって俺の屋敷の庭に埋めてくれた」

「……」

「ほら、ヒューマノイドの食料ってだろう?それが、埋葬時に外に流れ出たら危ないんだって」

「え……オイ、ル?」

「そうだよ、常識じゃないか」

「え、だって……ロゼはチーズ食べるって。鹿肉も……」


 僕は、混乱した。

 だって、ロゼは「お給金」が減ったら食事が減るって言ってた。

 僕に対して、嘘をついた事がない。そんな嘘、つくはずがない。


「お前、バカだなあ。ヒューマノイドは、どんな人間に見えても中身は機械だぜ?オイル以外のものを入れたら故障しちゃうって」

「……そんな。そんなこと……」

「……知らなかったのか。ごめん」

「いや……」


 アーロンは悪くない。

 僕は、何を言ったら良いのかわからなくなった。


「こっちこそ、ごめん。アイリスさん、残念だったね……」


 それから、記憶がない。

 気づいたら窓の外が暗くなってて、気づいたらもうアーロンは帰っていた。

 結局、おやつは食べたんだっけ?


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