十四話 大切な

 



「旅?…それまたいきなりだな。」


 師匠はいきなり俺が言った事に、疑問の色を浮かべた。


「2、3年ほど……外に出て、強くなりたいんです。」

「『強く』なる、か……今のままでも、お前さんはだいぶ強いと思うが。」

「確かに、年齢で見るなら俺は十分ですが……正直な話、このままここで修行しても師匠を追い越すには、かなり時間がかかります。速くて10…いや、20年ほどには……」

「それでも十二分なもんだがな………それで、何か当てはあるのか?」

「…はい……でも、ここではやり方です。」

「……そうか。」


 師匠はそう言って、深く溜息を吐く。納得してもらえたのだろうか…


「まあ…俺は構わないと思っている。しかし、ミルがな……」

「……ミルがどうしたんですか。」

「……分からんのか。」

「………それは………」



 ………分からないと言えば嘘になる。でも俺は……




「お前さんが居なくなると、ミルは悲しむと思うぞ。」

「…………ミルには悪いですが、それでも俺は強くならないといけないんです。」

「そうか……分かった。でもミルにはお前が直接話をしておけよ。俺が伝えたらきっと怒るだろうし。」

「はい……それでは。」


 話が終わり、俺は自分の部屋へ戻ろうとした。






「ウルス。」





 しかし、師匠が俺を呼び止める。

 そして振り返って師匠の顔を見ると、そこには…疑問の色が映っていた。




「……何を、焦ってるんだ?」

「…………?」



 焦、り…………?



「俺は焦ってませんよ?」

「……そうか…………なら、いい。」



 師匠はそう言うが、何故か納得はしていないようで小さくまた溜息を吐いていた。

 俺はその姿が気になったものの、構わず部屋に戻った。




「…焦ってはいないはすだ。」



 強くなる。その目的に旅が必要なだけであって、間違っていることはない………






(……………)













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

















「……なあ、ミル。」

「ん、なあにウルスくん?」


 翌日、俺はミルに旅に出ることを伝えようと外に連れ出した。



「突然なんだが…俺、旅に出ようと思うんだ。」

「………………え……?」



 旅のことを伝えた瞬間、さっきまでニコニコしていたミルの顔が急に強張った。

 その変化っぷりに驚きながらも、俺は話を続ける。


「……今のままじゃ俺は師匠には追いつけない、だからもっと強くなるために一度、旅に出るつもりなんだ……まあ、旅と言ってもほんの2、3年だし…すぐに……」



 俺はまるで言い訳をするかのように早口で伝えていく。


 ……納得してくれるかは分からないが、これで俺のやりたいことは分かってもらえ……




「帰ってるか……ら……?」





 だが、予想していた反応は返って来ず…………代わりに、ミルの涙が俺の眼に映った。


「ミ、ミル……?」

「…いなくなっちゃうの?」

「た、旅に出るだけだ。数年で帰ってくるつもり…!?」



 俺がそう言い合える前に、ミルは俺の胸に顔をうずめていた。


(そ…そんなに寂しいのか……)



 訳が分からず、俺は心の中で呟く。

 …確かに、誰かがいなくなることは多少寂しいと思うが……何もここまで………




「なんで…急に……ウルスくん……行かないでよぅ……」



「……!」



 ミルの消え入りそうな声に、俺の心臓はキュウと締め付けられた。




 ……何故、ここまでミルは………いや………………











(………ミルにとって、今や俺は数少ない家族……兄妹みたいなものなんだろう。心も、『記憶』のある俺と違ってまだ幼い……だから………寂しさを、恐れてしまう。)




 誰かがいなくなる辛さ、それは俺が1番分かっていたはずなのに……





「っ……」





 そんなことも理解していなかった自分に嫌気が刺し、唇を噛む。









(……………………でも、それでも……)




 …………俺は……






「ミル……俺は、どうしても行かないといけない…強くならないといけないだ。1週間後には……ここを出る。」


 俺ははっきり、ミルにそう告げた。心は痛かったが……無理やり飲み込む。



「ついて、いっちゃだめ?」

「…駄目だ、ミルには耐えられない旅になると思うから。」



 …そう、きっと




「………そう、なの………ごめんね、わがまま言って。ウルスくんの目標を邪魔しちゃいけないよね。」



 ミルはそう言うと俺と距離を取る。

 その顔にはまだ悲しみの色が映っていたが、必死に取り繕うようにミルは笑おうとしていた。


 そんなミルを、俺は安心させようとする。



「大丈夫だ、必ず帰ってくる。」


「…ほんと?」

「ああ。」

「ほんとのほんと?」

「ほんとのほんとだ。」




 ……昔もしたな…このやり取り。



 俺がそう言うと、ミルの顔にあった悲しみの色はほとんど消えていた。


 そしてミルは疑問そうに俺に聞いた。




「ねえ、ウルスくん……どうしてウルスくんはそこまで強くなりたいの?」

「……それは……









 ……ミルや師匠を…大切な人たちを守りたいからだ。」











 ……その時の俺はまだ、『自分の矛盾』に気づけていなかった。










 それが……正しいと思っていたから。



















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「…そろそろか。」


 俺は旅に出るための必要な物を揃え終え、部屋を出た。まあ、次元魔法…『ボックス』に荷物を入れるだけなので大した準備も何もないが。



「…師匠、ミル。」



 師匠とミルは、玄関で俺を見送ってくれた。


「ウルス、強くなれよ……待ってるからな。」

「ウルスくん……私も強くなるから、絶対に帰って来てね……!!」

「…ああ。」


 師匠は笑い、ミルは少し寂しそうに……でも、2人とも明るく言葉を掛けてくれた。





「…じゃあ、2人とも……行ってきます。」




 俺はそう言い、家を出た。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー













「………ここでいいか。」


 旅に出て数日が経った。

 俺は人が全く来なさそうな山の中の森に来ていた。時間もすっかり遅くなり、辺りも今は真っ暗だ。




(……怖い…)




 俺は少し考えたが……やめた。そんなことを思っても何も始まらない。





 俺は、『強くなる』………そのために旅に出たんだ。そして、をすることが旅をしようとしたでもある。




 怖がってなんか……いられない。







(……大切な…師匠やミルを……守るためだ。)







 俺は自身の武器を出し、『短剣』に変化させた。







 そして………















「ぐっ…ふがぁっ………!!!」


 俺の腹に伝えようのない痛みが走り、溜まらず膝を付いてしまう。



「く……くくっ………!」



 しかし……俺は苦痛に顔を歪ませながらも、1人気味悪く笑った。

















(……これで、いいんだ。)






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