八話 ミル

 



「………呆気ないな。」


 盗賊を炎で焼き払ったあと、俺は捕まっているという子供を探していた。おそらくそれがさっきの悲鳴の主のはず……




(………それにしても……)




 ……今、俺は初めて人を殺したが…………何も感じなかった。これはいい事………なのだろうか………?




「………ここ、か。」



 そんな思考も、誰かが捕まっているであろう部屋の前で消え去っていく。そして扉を開けると……そこには手と足を縛りつけられた女の子が、地面に転がされていた。


「…………寝てる。」



 見た目はかなり若い……俺と同じくらいだろう。髪色はさっき外に咲いていた花のように青く綺麗で……今は静かな寝息を立てていた。

 俺はとりあえず女の子の縄を解き、抵抗してできたのであろう傷を魔法で回復させた。


超回復ちょうかいふく


 魔法をかけると、女の体が光り………次第に傷が癒えていく。疲れてはいるのだろうが、

 


(……起こしても良いが……)



「………運ぶか。」


 起こせば必ず混乱すると思い、とりあえず俺は女の子の体を持ち上げて洞穴を出ることにした。



「……ぅぅ……み……んな………」

「……………」


 寝言なのだろうか、女の子はそんな呻き声を上げる。



(………何で、こんなことが…………)




「……………クソがっ……」



 そう悪態をついた頃には、洞窟の外へと出ていた。







 近くに咲いていた花は……………枯れていた。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





















 俺たちは急いで家に戻り、女の子をベッドで寝かして目覚めるのを待っていた。そしてしばらくすると、師匠がため息を吐きながら言う。


「…………まさか、子供が捕まってるなんてな。」

「……おそらく、奴隷にでもするつもりだったんでしょう。」

「こんなことして何になるんだがな。まったく、昔はこんなことなかったのにな………」



 睡眠薬が効いているのか、本来なら起きてしまうくらいの声量なのにすやすやと女の子は寝ていた。すると、それを見た師匠は不意に立ち上がって出かける準備をし始めた。


「……俺はこの子供の住んでいた場所を探してくる。」

「今からですか?」

「ああ、早めに行っておいた方がいいだろう。すまんが起きるまで面倒を見ておいてくれ。」

「分かりました。」


 俺が了承すると、師匠は早速家を出て行った。この子がどこに住んでいたかにもよるだろうが…………数時間で帰ってくるだろう。


「………すぅ………」

「……………」


 寝息立てる彼女の様子を見る。一応、薬とは言えただ寝ているだけで傷も治してあるので、一見何ともなさそうに見えるが……………その表情は今にも消え入りそうなほどに弱々しく、哀しげだった。

 体も恐怖からか、自然と丸まって……何かから自分を守るように縮こまってしまっていた。




(…………俺も、昔はこうなっていたのだろうか。)

















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
















「…………うぅ……」



 師匠が家を出てから3時間後、意識が覚醒してきたのか女の子はゆっくりと目蓋まぶたを開けていた。そしてその目が俺を捉えた瞬間…………ベッドの奥に後退り、怯え始めた。


「な………だ、誰………!?」


 その声は優しい声だったが………とても辿々たどたどしく、怯えに怯えてかなり小さなものとなっていた。そんな彼女に俺は敵意はないと示しながらゆっくりと話しかける。


「落ち着け、俺は何もしない………お前は盗賊に襲われていた……覚えてるか?」

「う……ん…………ぅぅ……」


 敵意は無いと理解してくれたようだが、今度はその身に起こったことを思い出してかその声に潤いが篭ってしまう。対して俺は安心させるように話を続ける。


「ここは俺ともう1人、大人の人が住んでいる森の中にある家だ。さっき俺たちはここに帰る途中、お前を拐った盗賊たちに出会って倒した。そして、その盗賊たちの洞穴を探っていたら…………お前がいたんだ。」

「た……おし、た?」

「ああ、だから安心してくれ。もうお前を傷つける奴らはいない。」

「………………」


 その言葉に少しは胸がすいたのか、女の子は小さく息を吐いた。相当奴らが怖かったのだろう。


「……俺はウルス、お前の名前を教えてくれないか?」

「…………ミ、ル。」

「ミルか………今もう1人の人が出かけてるんだ、その人が帰ってくるまではもうしばらく休んでいてくれ。」

「わ、かっ……た。」


 俺がそう言うと女の子……ミルは毛布を頭にまで被り、再び寝息を立て始めた。



「………………」



 俺は、師匠が帰ってくるまでずっと彼女を見守った。




「………ぅ、ぅっ…………」






 塞ぎたくなる耳を、逸らさないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る