第3話 その理由は
家庭科部に入部してから、かれこれ二か月が経つ。
部室の外では、細い雨が降り続けている。気がつけば、もう六月だ。
「ということで、今日は抹茶クッキーをつくります!」
「ハイハイ、作るのはオレですけどね。先輩は黙って見ていてください」
家庭科部は週に一回のゆるい部活だ。最初のうちはクラスメイトに『結局、家庭科部にしたんだってぇ!? 可愛すぎるんですけど!!』とからかわれるのが嫌で仕方なかった。
だけど……。
「なぜ、歩く災厄と呼んでも差し支えないほど不器用なむぎ先輩が、家庭科部に入ろうとしたのか理解に苦しみますよ」
「むううー! ハルちゃんって、可愛い顔してるのに、言うことはホントに辛らつだよねっ」
「事実を口にしたまでです。オレは、いつかこの部屋が先輩の血液で真っ赤に染まるんじゃないかと冷や冷やしてますよ」
「もおお! 流石にそれはないからぁ!!」
最近は、むぎ先輩のことをいじりながら、お菓子を作るのも悪くない時間だと思いはじめている。ほとんどオレ一人で作ったクッキーを、二人で食べるのがお決まりのパターンだ。
先輩と向き合いながら、焼きたての抹茶クッキーをつまむ。甘くて幸せな味がする。紅茶をすすりながらやさしい気持ちに浸されていた、その時だった。
「さっきの、どうして不器用なわたしが家庭科部に入っているかって話だけどさ」
「はあ」
「手作りのクッキーをね、渡したい人がいるからなんだ」
どくり、と。
心臓が、嫌な風に飛び跳ねた。
「相手は、わたしのクラスメイトなんだけど。格好良くて、運動神経抜群で、ちょっと抜けてるわたしのことを、いつもさりげなく助けてくれるの。その人からも、『むぎに、手作りのお菓子なんて絶対に無理無理!』って決めつけられちゃったんだけど……わたし、どうしても見返してやりたくて」
先輩の瞳は、言葉を重ねるたびに、生き生きと輝いてゆき。
それと反比例するように、心が、固く冷えていく。
「といっても……今のところは、まだ一人でうまく作れた試しはないし、ハルちゃんに頼りっぱなしなんだけどねぇ」
「……ふーん。そうだったんですね」
思っていた以上に低い声が出て、自分でもびっくりした。
むぎ先輩も、目を丸くしている。
「ハルちゃん?」
「……ゴメンなさい。オレ、今日はもう帰ります」
大人げなく、片付けもせずに家庭科室を出ていく。
好きな人のために手作りクッキーを渡したい、か。
家庭科部で過ごす時間も悪くないかもだなんて、ふわふわと浮かれていた自分がバカみたいだ。
舌の上に残った抹茶クッキーの味わいは、やけに甘ったるく感じられた。
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