ただいま自分の感情線が遅延しております

ちびまるフォイ

1分も遅れてほしくない感情時刻表

『ただいま、感情線路内にシカが入ったため感情線が遅延しております』


自分の心の中からアナウンスが聞こえた。


「感情線の遅延って、いつ復旧するんだよ!」


『復旧のめどはたっておりません。黄色い線の内側に立ってお待ち下さい』


「ええ……?」


これまで自分の感情線を走る感情電車が遅れることなどなかった。

漠然とした不安を抱えたまま学校に登校した。


「よお、今日こそ〇〇さんに告白するんだろ?」


登校するなり友達に冷やかされた。


「こ、告白するわけないだろ……なんでそうなるんだよ」


「んだよつまんねーの。あれ? それどうしたんだ?」


「なにが?」

「足のキズだよ」


「えっ」


指をさされたほうを見てすねに青あざができているのに気づいた。


「気づかなかった……いつできたんだろ」


「痛くねぇの?」


「ははは。あのな、俺たちもう中学生だぜこんなキズ……」


友達にイキって見せたとたんに激烈な痛みが襲ってきた。


「いってぇぇぇーー!!」


あまりの痛みにもんどりうって倒れてしまった。

ケガをしたタイミングに痛むのならまだしも、クラスメートがいる衆人環視の場で崩れ落ちるなんて恥ずかしい。

みんなにはなんにもぶつかっていないのに痛みを訴えたことから「邪気眼がうずいたか」とか笑われて散々だった。


「感情線が遅延してるせいだ……くそ」


原因は感情線にあることはすぐにわかった。

通常の感情電車が普段より遅れているせいで痛みも遅れて来ている。


辱められた心を校内の飼育小屋のウサギで癒やしてもらおうとすると、

ウサギのもとに飼育員がうずくまって泣いていた。


「どうかしたの?」


「チャッピーが……チャッピーが死んじゃったの……」


「はぁ……」


「はぁ、ってなにその反応!? 悲しくないの!? なにも思わないの!?」


「か、悲しいよもちろん!」


「うそ! 全然感情がこもってないじゃない!」


「ちょっと感情が遅延してるだけなんだって!」

「意味わかんない!!」


女子の噂ネットワークはSNSのそれを遥かに凌駕するほど拡散力がすさまじく、

ウサギを悲しまない冷血人間としてブラックリストに乗ってしまった。


遅れた感情がやっと体まで浸透し、チャッピー追悼の涙が流せたのはみんなにサイコパス認定されたあとだった。


「どうせその涙もうそなんでしょう!?」


と、人間はどうやらその場でふさわしい感情を適正量出せないと嘘つきになると知った。つらい。

俺は河川敷に流れる川を見ながら静かに落ち込んでいた。


「なにもかも感情線のせいだ。みんなの前で大恥かいたのも、

 いいタイミングで感情出せずに変な噂たてられたのもぜんぶ……」


『誰かのせいにするのは乗車マナー違反です。どなた様も、マナーをまもって感情線にご乗車ください』


「うるさい! お前が遅延なんかしなければこんなことにならなかったんだよ!」


『どうして悪い方にしか考えないのでしょうか? それでは心のドア、閉まります』


「悪い方って……なにがいいたいんだよ」


『感情は遅延しているからこそできることもあるでしょう。

 あなたは今、その場での感情から解放されているんですよ。

 迷ってためらうことも、恐怖ですくむこともなくなっているんです』


「た、たしかに……!」


『普段の自分でいられないことを嘆くことよりも、

 今の状況を最大限に活かす方向で考えるほうが良いのではないでしょうか』


「そ、そうだよ! 俺はなに感情の遅延にビビってたんだ!」


すっくと立ち上がって覚悟を決めた。


昔から臆病でなにをするにも迷ったりビビったりしていた。

けれど感情が遅延している今だからこそ無鉄砲に挑戦できるいいチャンスじゃないか。


翌日、登校すると友達がまたやってきた。


「よお、今日こそ〇〇さんに告白するのか?」


「ああ」


「そうか、まあいつかは告白でき……えっ、告白するの!?」


「そのつもりだ。自分の中にためていても変わるものじゃないし」


「お前……変わったな……」


告白するというのを友達に話すことさえ恥ずかしく感じていたが、

今では感情が遅れてくるから気にならない。

なにもかも終わった後にみっともなく恥ずかしがればいいだけ。


「〇〇さん、今日の放課後に時間ってある?」


「え? あ、うん……あるけど」


「大事な話があるんだ。教室に残っていてほしい」


それだけ言ってさっそうと教室をあとにした。

背中越しに教室内からの女子のきゃーとはやしたてる声が聞こえる。

でも気にならない。なんの感情も湧いてこない。


放課後。

覚悟をきめて教室の前に立った。


「よし」


恐怖や緊張はない。

教室のドアに手をかけて〇〇さんに告白する。


「〇〇さん、俺はあなたのことが好ーー」



そのとき。心の中からアナウンスが聞こえた。



『感情線が復旧しました。遅延を取り戻すため、快速運転で運行いたします』



とてつもない悲しみの感情が吹き出して涙が止まらなくなった。

心が締め付けられるように苦しくなりとてもしゃべれない。


「ぶわぁぁあぁぁん!!! びぇぇぇぇぇん!!!」


会うなりいきなり号泣する異性を見た彼女の反応で結果は明らかだった。




『遅延を取り戻しました。これより感情線は通常運行に戻ります』



感情が通常通りのタイミングに戻ると、

快速運行で先に到着してしまったフラれた悲しみがふたたび襲ってきた。

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