短編置き場

こばなし

新しい職業

 小さい頃から斜に構え過ぎだと大人たちに言われてきた。斜?斜めに構えてる奴なんてそうそうにいないだろうに。そもそも俺はずっとまっすぐ立っている。なんなんだよ、斜に構えるって。誰だ?こんな言葉考え付いたやつ。子どもを馬鹿にするのも大概にしてほしいよ。


 ただ、俺をそういうふうに煙たがるやつは大人だけじゃなかった。なぜかクラスのやつらも俺のことを嫌っていた、気がする。テストの成績が悪い奴に「おめでとう!30点も取れたんだね!」と言えば「馬鹿にしてるのか!」と激怒されるし、「最近の芸人って面白くないよね」って喋り散らしてるやつに「え、面白いと思うよ、お前よりは」って言ったら無視されるようになるし、もうほんと、散々なんだ。個人的には正しいことをユーモアいっぱいに伝えているだけなのに。


 皮肉なことに、俺の考える「人への愛情」というものは、溢れれば溢れるほど、人から俺を遠ざけてしまうらしい。


 そのような孤独な少年時代を過ごしている俺のことを、ひいきにしてくれる人がいる。その人は大学生で、俺のユーモアを分かってくれる人だった。その人はネットで動画配信をしていた。彼が公園で動画を撮影しているときに、たまたま近くにいたのが俺だ。そしてたまたま撮影を手伝わされた。

 俺はそのとき、

「こんな誰にも知られてないような人が、誰も知らない公園で撮影なんかしてるのを、これまた知らないやつらが笑いながら見ちゃうんですよね、きっと。なにが哀しくて、そんな無意味なことをするんでしょうね」

 とか言ったら、えらくその人は俺のことを気に入ったようで、

「良かったら一緒に動画配信をしないか?」

 と誘ってきたのだ。俺は自分を認められたようで、まんざらでもない気分だった。


 その後、俺はその人と毎日のように動画を配信した。再生回数などはどうでもよく、ただただ撮影が楽しかった。とはいえ、ただただ彼の話に、俺は俺らしい話し方で付き合う。その様子を動画に収めただけのものだった。

 それを毎日繰り返していくうちに、少しずつ再生回数が伸びていき、次第に俺とその人は、ネット上でちょっとした話題になっていった。コメント欄やネット上の記事では、「この皮肉な男の子、面白い!」とか、「それを引き出している男の人、さすが!」とか、そういった一見あたたかいコメントが寄せられたが、俺はどのように好意的なコメントが来ても、その逆、誹謗中傷要素の強いコメントが来ても、「この人たちってよっぽど暇なんだろうな」と思うのみであった。


 気づくと俺は、自分で言ってしまうのも恥ずかしいったらありゃしないのだが、有名になってしまった。学校でもネット上でも有名になった。一緒に動画撮影をしてくれていた人は、俺をサポートする側に完全に移行、俺のスケジュールを管理するなど、プロデューサー兼マネージャーといった立ち位置になっていた。テレビ撮影の依頼、インタビューといった仕事が、ずいぶんと回ってきた。


 斜に構え続ける俺に世間が付けた名前は、「皮肉屋」だった。なんつうか、皮と肉だけ売ってそうなお店だよな。…ああ、そうじゃないのは知ってるよ。いや、あんたがこういう冗談に乗っかれないってのはぱっと見で分かる。きっとつまらない人生を送ってるんだろうね。ちょ、そんな怒るなよ。怒るってことは、痛いところを突かれてるって自白してるようなもんだぞ。

 そんでさあ、その皮肉屋ってのは、はからずも俺の職業みたいになっちまったんだ。個性を生かした新しい働き方!なんて、世間は騒いでたなあ。人を「思うがままに生きている自由な人間」みたいに言ってくれるよ、人の気なんて知らないくせに。


 しかし、自分でも功績だと思うのは、世の中にブラックジョークや皮肉と言った、「黒いユーモア」が広まったことだ。良くないことのように思うという人も少なからずいたが、科学的には黒いユーモアを聞かされることで頭が良くなるという研究結果も出ている。つまりは俺が世間の人たちの頭を、少なからずも良くしたのだ。俺をあいかわらず批判してくる人たちもいるが、そう言った人たちは、その良くなった頭を俺に向かって下げて欲しいところだ。


 されど俺も人の子。皮肉を言い続けることに疑問を覚えてきた。アイデンティティについての悩み、みたいなものが、ついに頭の中に湧いて出てきた。「俺っていやな奴だなあ」とかいっちょ前に悩んでみたりもしたのだ。


 でも、それでも皮肉を言わずにいられないってのが「性分」ってもんだ。俺は、美化して言ってしまえば「使命感に燃えた」。俺が皮肉を言うことによって、世間はそれを楽しむ。違った角度からの意見とか、新しいものの味方とか、風刺とか、そういうのに飢えてる人ってのはいつだって一定数いるもんだ。そんで、そういった人ってのは、どっか現状を打破したいというような、悶々としたモノを抱えている。俺はそんな人のために、自分の性分が上手く役立てばいいかな、なんて思うんだ。


 それでな、皮肉ばかり言ってるのもアレだからさ、最近は教育方面の活動にも力を入れているんだよ。「お前みたいなやつに、誰が育てられたいなんて思うんだ?」ってか?そりゃあ、次代の皮肉屋を目指す若い人々よ。俺のもとには、風刺的な絵を描いたり、斬新な作品を書きたいって言う作家なんかが弟子入りしてくるのさ。俺んとこに来るやつには一言目に「師匠を見る目が無いんじゃねえか?」って言ってやるんだけど、それを聞いたやつらは「生の皮肉だ!」とか言って大喜びで弟子入りしてくるんだ。そもそも、弟子とか取ってないんだけどさ、勝手に弟子を名乗りだすんだよ。ほんと、困ったもんだぜ。さすがの俺でもそんなやつらを粗雑に扱うなんてことはできないんだよなあ。

 こう言うのは癪なんだが、楽しいよ。まったく、斜に構えた姿勢で世の中に貢献しちまうなんて、皮肉にも程があるって話だよなあ。

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