十四・工作(二)

 二対二の状況、緑の茂る森の中、そして一歩前に出てしまった僕が悪かった。完全に、見た感じはどこぞのモンスターバトル風になってしまった。これが車の下や、ごみ箱の周辺だったら、完全に妖怪の仕業だっただろう。いや、何でも無い。


 ポイぺ王はまだ混乱状態にあるらしいので、とりあえず数歩下がってポイぺ王の両肩に触れる。


「ポイぺ王、まずは深呼吸しましょう」

「う、うむ。分かった」


 すーはー、すーはー。目の前にごろつきがいると言うのに、静かすぎる森。ポイぺ王の呼吸と、木々の揺れる音しか聞こえない。


 ごろつき歴僅か十分のアズキとアランは、呆然と僕とポイぺ王の様子を見つめていた。そのままじゃ怪しすぎる。とりあえずアクションを起こせ! 二人に向けてシッシッと手を振ると、気付いたアランが声を荒げる。


「随分と余裕だなぁ! だが、その余裕が何時まで続くかなぁ!!」


アランは目出し帽越しに僕にアイコンタクトを取った。僕が頷いたのを確認すると、一歩大きく踏み込み、その後すぐに僕達の下へと駆け寄って来た。


 そこへ、ポイぺ王を守る為に僕が一歩前へ出て、剣でアランのクナイを受け止める。良い。良い感じだ。


「ポイぺ王。貴方のことは僕が守ります。ですから、どうかお力添えを!」

「う、うぅ……」


 その間も、僕とアランは小競り合いを繰り返す。一方、アズキは僕達の様子をじっと見つめている。やはり、ごろつきに扮しても関係性は変わらないのだろうか? しかし、ごろつきならごろつきらしく、問答無用で数でかかった方が……。


「アラン! そうじゃないでしょう、脇が空いてるじゃない!!」

「えっ!? す、すんません!!」


 急に声を出したかと思えば、アランにダメ出しをするアズキ。アランは慌てて僕の脇を狙うが、僕も此処で負けるわけにはいかない。それをすかさず剣で受け止めて押し返すと、アランはよたよたと後ずさった。どうやら、アズキの指摘が尾を引いているらしい。


「も、モモロン君……。もしかして君、一人でも勝てるんじゃ……?」


後ろから、ポイぺ王による厳しい意見。僕は慌ててしゃがみ込むと、腹を抱えて蹲る。


「……クッ、先程あのごろつきにやられて腹が……」

「そんな瞬間無かった気がするけど……!?」

「まさか、アイツが風使いだなんて!」

「か、風使い!?」


 僕はアランへと指を差す。差されたアランは、ため息をついて頭を掻く。アズキの言葉がまだ効いているようだ。


「そうね、そう言えばそうだったわ! ねぇ、アラン?」


師匠魂と言う奴か。妙なスイッチの入ったアズキは、アランをギロッと睨んだ。それに気づいたアランは、「えっ……」流石に顔を引きつらせる。そりゃあそうさ、アランに魔法なぞ使えないだろうに。


「話が違いますってアネゴ……」

「いや、良いのよ。帰って、貴方の奥さんに、貴方が此処で楽しく周辺調査を終えて帰って来たと言うだけですもの。きっと泣いて喜ぶわ、”この宿六!”ってね」

「ヤドロク! ヤドロク!!」


アランの後ろに、自力で僕達に追いついてきた黄緑色の髪の”妖怪悪ノーリ”が現れると、アランの周りで何度も宿六の言葉を叫ぶ。オイ。これのどこがごろつきに歯向かう王と兵士の図だと言うのだ。頭のオカシイ人間が集った宴会の図にしか見えないじゃないか。


「も、モモロン君、もしかしてこれ……」

「ポイぺ王。申し訳ございません」


素直に経緯を話して謝る他無い。僕が頭を下げようとすると、ポイぺ王自ら僕の肩に手を触れた。


「この隙を狙えるんじゃないか?」

「え? ……あ、ああ。そうですね! ナイスアイディア!!」


 そう来るか。小狡い気もするが、ポイぺ王がその気ならば僕は従うのみ。女子二人に挟まれて狼狽えるアランの下へ僕が駆け出すと、「お?」と姫が間抜けな声を出し、真っ先に逃げ出した。


「先手必勝!」


 もしも、僕の存在に気付かず攻撃を直に受けたら大変だ。一応言葉を発し、二人が気付くよう仕向けつつ剣を振り上げると、その刃を返したのはアズキのクナイだった。


「あら、随分小癪なことするじゃない」

「ごろつきが相手なら、これくらい構わんだろう」


アズキは妖しい笑みを浮かべ、力技で僕の剣を押し返す。その直後、地を蹴り上げて素早く飛び上がり、再度僕の首を狙う。その動き、考えはアランのようなミーハーとは違うようだ。彼女の無駄のない攻撃を数回剣で防ぎ、一旦飛び上がってポイぺ王の下へと後退する。


「も、モモロン君、大丈夫かね!」

「ええ。それより、これからどう致しましょう」

「あ、ああ。あの子足速いから、足元を狙うのはどうかな……」


 駄目かな? と言いたげに僕を見るポイぺ王だが、全く。中々良い考えだ。百聞は一見に如かずとは言うが、案外姫の言う通りかもしれないな。


「やってみます!」


アズキは僕が言い終えた直後に迫った。向こうも加減はしないらしいな。ならば。


 小気味よく金属のぶつかる音が続く。幾らポイぺ王の案が名案と言っても、これを僕が成功させねば意味は無いのだ。なるべく足元を見ず、彼女の意識を逸らしつつ……。


「よそ見して平気?」


 フンッとアズキが声を上げると、僕の剣をそのクナイで弾き飛ばした。飛ばされた剣は回転を繰り返し、世間話をしていた姫とアランの間の地面に突き刺さる。


 今だ! 屈んで足を回すと、アズキは見事足元を抄われて倒れた――。


 と思ったのだが、こいつがそう上手くいかない。片手を地中に付け、すぐさま体勢を整えると、二転三転バック転をして僕から一旦距離を取った。こりゃあ、ブレイクダンスも相当上手いのだろうな。


「アズキ強いの~」

「そうなんですよ。まぁ、俺のカミさんには及びませんけどねぇ」

「ほう? 尻に敷かれとるのか?」

「そうとも言うかな~あの尻なら敷かれても幸せですけどねぇ。姫様は誰か良い人いないんですか?」

「私が尻に敷きたい人間かぁ。うーむ。でも、やっぱり尻に敷くならシーツが良いのう」

「分かる~。あ、シーツならインテリアショップのアゲアゲ亭がオススメですよ」

「おお、何だか天ぷらが食いたくなってくるのう。私はサツマイモが大好きなんじゃ」

「超分かる~でも俺はやっぱりエビかな」

「分かる~」


 などと馬鹿のような会話をしている二人の間に、僕が剣を取りに向かう。二人は、「分かる~」を多用しすぎな会話を止め、目の前で繰り広げられる僕とアズキの対決を眺めていた。だが、僕達がまた場所を変えて戦い始めると、二人の世間話も再開する。もはや、僕達は何のために戦っているのだろう。


 彼女が力押しで来るので、此方も力づくで剣を振り、何とかアズキが後退した隙にポイぺ王の下へと戻る。


「モモロン君、一回フェイクしたら、次は無理なんじゃないかな」

「ええ、僕も彼女を侮っていました。策はありませんか?」

「力でも駄目、騙すでも駄目。それじゃあ……君、魔法って使える?」

「えっと、若干は」

「何かやってみようよ。とりあえず、水を出してみるとか!」


 ポイぺ王が、嬉々として僕を見る。良い顔になってきたな。よし、女性相手に魔法は考えていなかったが、習いたての練習として試してみるか。


「で、確か水の魔法は……」


 言ってみたは良いものの、何せ図書室で独学で覚えたばかりの魔法。こう焦った状態だとなかなか思い出せない。思わず腕を組んで悩んでいると、アズキが目の前にいた。焦った僕は咄嗟にしゃがみ、何とか首ちょんぱだけは免れたが、疲れ知らずのアズキは一つ一つの攻撃を秒単位で繰り出してくる。


「モモロン君! 頑張れー!!」


 ポイぺ王が、僕へと声援を送っていた。誰かと共に頑張ると言うのも、案外悪く無いな。目をキラキラと輝かせ、必死に応援してくれる彼を見たら、そんな風に思ってしまった。ポイぺ王の声援に押された僕は、アズキの攻撃を何とか交わしつつ、僕はこのモヤモヤを晴らすべく解決にいそしむ。確か水は、水は……。


「そう言えばの、この前ワカメでトゥルっと滑ってのう」

「大変っすねぇ、トゥルっと滑ったんですか?」

「うむ。トゥルっとじゃ」


 そうか、トゥルっと言えば……。


「トゥルエノ!!」


 僕が声を上げた瞬間、僕の手元からアズキの足元に向け、雷鳴が走り抜けた。これには流石のアズキも可愛らしい悲鳴を上げて雷鳴を何度も避ける。いやしかし、これではまるで……。


「すごいじゃないかモモロン君! 行け、そのまま十万」

「ポイぺ王! それだけはご勘弁を!!」


 僕は急いで魔法を取りやめた後、アズキの懐に飛び込むと柄頭でアズキの腹を突き、アズキを咳き込ませてその目出し帽を剥がした。凄いな。火事場の馬鹿力と言う奴は。或いは、十万……何でもない。


「モモロン、やはり強いわね。恐れ入ったわ」

「すまない。手荒な真似をして」

「良いの。それよりとてもシビれる勝負だったわ」


 雷だけにね。と言うのは、黙っておこう。


 アランや姫も手を叩いて僕達の下へ寄る。そっちはそっちでバトルのようなトークを繰りなしていたがね。


「スゲーや。御見それしました。流石っすね、ポイぺ王」


 そこは空気を読み、ポイぺ王を褒めるアラン。目出し帽を取り、ポイぺ王に向けて深々と礼をした。ポイぺ王は、「いやいや!」とブンブン首を振る。


「ち、違うよ! それもこれも、彼の頑張りのお陰だよ!!」


ポイぺ王はそう言って僕を見る。僕も首を静かに振ると、ポイぺ王は笑顔で言った。


「モモロン。そして彼女も、実に良い戦いだったよ!」

「それもこれも、適切な指示、そして人を思う気持ちがあればこそ出来るものなのですよ。ポイぺ王」

「人を思う気持ち、か……」


僕の言葉を聞くと、ポイぺ王は顎に手を当て真剣に考え込んでいた。やがてその険しい顔つきを笑顔に変えて、再度僕を見る。


「うん分かったよ。君達が、僕の為にわざわざこんなことをしてくれたこともね」

「おや。こいつは一枚上手じゃったな」


 姫が言うと、僕達は顔を見合わせて笑いあった。

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