番外・察し

 御機嫌よう。どっかの眼鏡兵にウザがられているエロスです。彼も察しての通り、僕は人の機微に敏感なんだ。そのうち、透視とかも出来るようになるんじゃないかと思うくらいなんだけれど、今の所そんな様子もない。それに、気難しい国の王様とかの考えは読めないしね。特に、ウチの妹は。


 そんな僕だけど、やっぱり人の表情とかを見ていると、すごく相手の感情とか、考えが読めてしまう時がありまして。今日も、女性ばかりのお店に来ているのだけれども、新人の女の子のことが気になって仕方が無い。


(ああ、この色男また来たよ。今日こそは尻と胸防御しねーとな)


 ああ、違う。この分かりやすく顔に書いてある心の声は、新人の女の子では無く、その隣にいる三十代後半の女性のミィちゃん。彼女、結構腹黒で僕のこと嫌いなんだよねー。まぁ、今日も触るけど。


 彼女ではなく、僕が気になっているのは、新人ちゃんの方。女の子って言っても、二十歳らしいんだけど、顔がベビーフェイスで可愛らしく、妹のイリスを思わせる。この妹に似ているっていうのが、特に好印象。


 それともう一つ。彼女が気になる理由がある。


 普通、お仕事の時って仕事のこととか、客である僕のことを考えたりするものだよね。けれど、今彼女が考えているのは全く別のことだった。


(あ~あ……フルーツの盛り合わせ飽きたなぁ。焼き鳥食べたいよぉ焼き鳥)


彼女は焼き鳥のことを考えながら、口元を拭っていた。余程食べたいんだろうなぁ。


「エロス様、今日はどうなされたんですかぁ?」


 ミィちゃんが猫なで声で僕に尋ね、その間にギロリと隣の新人ちゃんを睨んだ。新人ちゃんはそれに気付くと、「す、すみません!」と僕とミィちゃんにぎこちない笑顔を見せる。よし、この隙に胸触っとこう。胸元に手を持っていくと、ミィちゃんに笑顔で手を弾かれた。


「お、お好きなお酒ありますか?」


なんて言葉と当時に、


(お酒に合うと言えば、焼き鳥ですよねぇ。食べたいよぉ、焼き鳥)


と言わんばかりの顔をする新人ちゃん。一回現実に戻ったのに、すぐ焼き鳥に戻れる彼女はある意味すごい。


「僕? 君に任せようかな」

「ほ、本当ですか? じゃ、じゃあ……」


 一分後、ボーイが運んで来たのは焼酎だった。美味しいよね、焼き鳥と焼酎。


 僕がそんなことを考えていると、案の定彼女も焼き鳥のことを考えだした。


(はぁ~。焼酎見てたら焼き鳥食べたくなってきたなぁ。食べたいよぉ、焼き鳥。焼き鳥一気に三本口に入れてもごもごしたい)


三つも入れちゃうの!? そんなに入れて食べきれるの? そんなに口大きそうに見えないけれど……そんなに食べたいんだ、焼き鳥。


(あ~。イリス国の焼き鳥なら、タニトって言うところが美味しいのよねぇ。特に、あそこの塩ダレの鳥串は絶品なのよねぇ。あれを食べると何時もほっぺたが落ちそうになるんだよなぁ)


ゴクッ。焼酎を、音が聞こえるまでに飲んで彼女を見ていた。何時になく真剣な僕に恐怖を覚えたのか、ミィちゃんが新人ちゃんの腕を叩いた。ハッと我に返った彼女は、またぎこちなく頬笑み、腕をつねった。


(駄目よ駄目だよサニー……じゃなくてマリア。マリアは今日何しに来たの? お仕事でしょ? お仕事ならお客様のこと考えないと! 焼き鳥のことなんか、焼き鳥のことなんか考えたら駄目なの!! 炭火で焼いた、ちょっとほろ苦いけど、それが塩ダレのしょっぱさと丁度マッチしていて、肉が柔らかくて歯で簡単に解けて、優しさとほろ苦さと幸せと激動に満ちた鳥肉の、鳥肉のあの集合体のことなんて考えたら駄目なの!!!)


 僕の脳内には、ミィちゃんでも新人ちゃんでもなく、炭火でじっくりと焼かれる焼き鳥のことしか浮かんでいなかった。ジューッと肉を焼く音、塩ダレの美味そうな匂い、生だった赤身から徐々に焼けていく様。舌に運べば口の中で肉が解け、口の中にはジュワッと肉汁が広がっていく。ううむ、美味。鼻で大きく息を吸い、僕は焼き肉の世界へと足を踏み入れた。


「お、お客様、是非フルーツの盛り合わせを……」

「サニーちゃん!!」

「は、ハイ! ……え、何で私の本名を?」

「焼き鳥!! 食べに行こう!!!」


始めは不信感を抱いていた彼女が、焼き鳥と言うワードを聞いた瞬間、目を輝かせた。彼女は僕の手を両手で掴んで立ち上がる。ミィちゃんはあんぐりと口を開けながらも、ちゃんと胸と尻を隠していた。


「は、はい!!」

(は、はい!!)


言葉と心から同時に快い答えが返ってくる。僕はサニーちゃんの肩を抱いて会計を済ませると、店を出てタニトと言う店へ向かった。


「……なんじゃアイツ等」


ミィちゃんは呆れて言った。

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