九:家出
男女や姫と共に城へ戻ると、エロス様は帰り血を受けた男女に驚いていた。この二人はエロス様は知らないし、姫は問題外。消去法として、僕から事情を説明した。
「倒した兵は、どうしたんだい?」
「置いてきた」
姫の言葉に、エロス様が苦笑いする。そこは、兄である前に一国の王子か。
「イリス、血みどろの兵を公爵の蔵に放っておくのは危険なんじゃないかなぁ。兵を連れてこっそりと回収したらどうだい? あの王さまにバレるのって、僕的に結構怖いんだけどなぁ」
「しかし、多すぎるし、今から行ってももう遅いんじゃないのか?」
僕も、そこまでの考えには至らなかったな。せめて、抱えられるだけの人数は布で覆って連れてくれば良かっただろうか。
流石のシスコンも、姫の無頓着さに心を鬼にした。姫の肩を掴むと、「姫!」と声を荒げる。
「貴方の判断が、此処の民の命をもかけているのです! 何故、そんな素性の知れぬ国で乱闘をするのです! その上、身バレした敵を放っておくなど言語道断だ!!」
兄が怒ったのは初めてだったのかもしれない。姫は目をウルウルとさせる。
「い、いや……イリス、違うんだ、ちがうんだよ。兄は愛を持って……」
姫は聞く耳を持たず、城下町へとかけ出した。兄は手を伸ばしたものの、その先足が動かない。そうだ、彼は人目に出てはならない存在だものな。
「……モモロン、お願いだ。可愛い妹を兄の代わりに追いかけてやってくれ」
「姫ならチョコマも逃げてくと思いますけど」
分かる。今なら、兵や民が姫を呼びとめない理由が少しだけ分かる。エロス様は僕の腕を掴むと、涙目でフルフルと首を振る。
「お願いだから頼むよ、モモロン様ぁ」
「オイ、手を貸してやったらどうなんだ? お前もこの国の兵だろ? 逆に何でそんなに忠誠心無いんだよ」
男女が僕を不信の目で見る。チッ、仕方ないか。僕に残された返事は、無論、「ハイ」しかない。
… … …
とりあえず、僕と男女の三人で手分けをして探すことになった。その際、小さな通信機器なるものを渡された。凄いな。スパイって言うのはこんなものが貰えるのか。悔しいが、心躍っている自分がいる。
「それじゃあ二人……あの、お名前は?」
「そんな敬語よしなって、な、アネゴ?」
「はい。モモロン様、私はアズキと申します。コイツはアラン。よろしくね」
アズキは白く細い手を僕へ向けて伸ばした。握手を促しているらしい。すっかり仲良し扱いされてしまったな。命の恩人だ、仕方あるまい。その手を握り返す。
「よろしくお願いします」
アズキが手を離すと、次にアランと握手をする。それにしても、姉御、か。背の差的にアランの方が上司そうなのだが。世も末だな。
名前も分かったところで、僕達は三方向に分かれて姫を探し始めた。
… … …
姫の行きそうな場所か。姫とは出会ったばかりだし、共に行った所など、ウラノス国とこの辺の森と、ムネモシュネ国くらいか。クレイオス国もあったか。姫は城下町へたびたび出ていたのだろうか? 僕はイリス国周辺の担当なので、一応店の中を見てみる。姫がいる様子は無いな。
以前、チョコマを捕えた森に入ってみる。此処は迷路のように入り組んでいるから、隠れるにはピッタリだろう。それにしても、家出出来るなど全く良い身分だ。本当は僕がしたいくらいなのだぞ、家出。
入り組んではいるが、そこは人の近寄らない森だけあり、なかなか過ごしやすい。足も羽がついたように軽い。どうせ誰も見ていないのならば。木から木へと飛び移り、上から姫を探す。それなりに見て周っているが、見つからないな。此処も違うか。飛び降り、地上に立つ。
「他に何処へ行くべきか」
「そうだなぁ。一旦城下町へ行かないか? 腹が減った」
「そうですねぇ。姫の城より、活きの良い料理がありますからね」
沈黙の後、隣にいる姫の腕を掴む。
「さ、帰りますよ」
「嫌じゃ嫌じゃー! 私は帰らん!!」
「お兄さんに一言怒られたくらいで落ち込んでいたら、国など守れませんよ」
「……しかし」
姫は肩を落とす。余程兄に怒られたのがショックだったのか? それとも……。
「自分の判断に、後悔していますか?」
姫は僕を見た。そして、首を振る。おや。てっきり後悔して逃げ出したのだとばかり思っていた。
「兄様の言うことも正しい。しかし、相手は思考の読めないムネモシュネ国だ。親玉をさらうなどと過激な行動に出れば、逆に相手を逆撫でする気がするのだ。これはあくまでも私の予想でしか無いが……。奴は短気だと思う」
「敵国の従者をいきなり殴る人ですからね」
「ああ。だから、一旦ヤツの頭を冷やさせねばならない」
姫は青く澄んだ空を見上げた。流れる雲もゆっくりで、穏やかな時間だ。この時間が、どうかこの先も続いて欲しい。
しばし青い空を見ていたが、ふと、僕は此処へ来た目的を思い出す。
「姫、では何故逃げ出したのです」
「いやぁ、もう少し外でゆっくりしたいなぁと思って」
へへっと笑う姫。そんな無邪気な顔をされても……。今頃エロス様は泣いているだろうなぁ。肩を落とすと、その時通信機器から音が鳴った。
「おお! なんじゃそれは!!」
「あ、姫、勝手に触らな」
姫が機器のボタンを押すと、アズキの声が聞こえてきた。姫は、「おおっ!!」と驚き、子供のように目を輝かせる。姫の声を聞いてアズキも気付いたらしく、僕へと居場所を尋ねる。森にいることを伝えると、通信は切れた。
「もう終わりかぁ」
姫はつまらなそうな顔をする。ああ、出来れば僕だって使ってみたかったのに。
十五分後、スパイ二人が合流した。
「おお、仲間が増えたのう。これは楽しいピクニックになりそうじゃ」
「ピクニック?」
アズキとアランが同時に聞いた。姫は、「待っておれ!」と森の奥へ走っていき、戻って来ると沢山の食材を僕達の目の前に置いた。
「向こうの砂利のある場所に木々や火は置いてある。食べようぞ!!」
「でしたら、こっちへ食材へ持ってきた意味はないかもしれません……」
アズキが苦笑いする。アランが、「まぁまぁ」と諭すと、食材を持った。
「俺等も今までスピード勝負で忙しい日々だったんですから。たまには雲みたいにゆっくりとするのも楽しいってモンですよアネゴ」
「そうね」
アズキがアランの食材を半分持った。姫が森の奥へと移動すると、スパイ二人もゆっくりと歩きだした。さて、僕もついていくこととしようか。
… … …
姫の買って来た食材で、四人は料理を作り始めた。途中、香辛料が欲しいとアズキがアランに買わせに行く場面もあった。料理は女子力のあるアズキによって、予想外に本格的なものとなった。
「いただきます!!」
姫とスパイ二人は手を合わせて料理を食べる。うむ、今回は食材も新鮮なものだからか、シェフの料理より美味しい気がする。となると、コイオス王が退席しようとしたのも分かるような気がする。
料理を食べ終え、アズキは木に寄りかかり、アランはその場で、二人とも気持ち良さそうに眠っていた。アズキは寝るのに抵抗があったようだが、僕が姫を守ると言ったこともあり、気を許してくれたようだ。今までずっと働き詰めだったことだろう。今回くらいは羽を休めて貰わないとな。
「モモロン」
もう空も暗い。姫は星を見つめながら、僕へと声をかけた。
「ご用ですか?」
「用が無いと声をかけちゃ駄目なのか?」
「出来れば」
姫は目を細めると、ジッと僕を見た。約一分程は無音の時間が流れた。
「……良いですよ、声かけても」
「だよなぁ。折角他人から声をかけてもらってるのに、それを拒否するなんて失礼極まり無いのだ」
普段は理不尽なことしかしないクセに、こう言う時に限って正論を言うんだよなぁ。
「のうモモロン」
「どうしました、姫」
「ムネモシュネ国のことなんだが」
「はい」
「そなたの方から、王に会えるよう手配してもらえないか?」
「……会いに、行かれるのですか?」
姫は僕の方を見て頷く。
あの、短気な王の元へ向かうと来たか。相手の国であれ程の乱闘をしてしまったのだ。何かしら声をかけねば、王の怒りが何時爆発するとも分からんな。
「かしこまりました」
返事をして、夜空を見る。すると、夜空に一筋の光が流れた。流れ星か。僕は茫然と見つめるばかりだったが、姫は願い事を出来ただろうか。隣を見る。
「ぐぅ」
姫は鼻ちょうちんを膨らましながら、立った状態で眠っていた。
……今からでも間に合うだろうか。姫の代わりに、国の安泰を星に願う僕であった。
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