四:調達(三)

 城下町では、民達が物珍しそうに僕の抱えるチョコマを見る。物珍しそうに見ているが、近寄らないのはコイツがとても気持ち悪いからだろう。あそこでこそこそと話す男達は多分、「また姫様がおかしな生き物を連れてきたぞ」なんてことを言っているのではないかと思う。


 民に嫌な噂が広がる前に、僕達は厨房へと急いで戻った。厨房へ戻ると、コック達が泣きながら近づいてくる。ちょっとちょっとちょっと! つつくな! チョコマ、コック長をつつくな!! コック長はつつかれていることよりも、食材が戻ってきたことを喜んでいた。笑顔で頭から血を流している。僕は急いでコック長からチョコマを離した。姫は血だらけのコック長を指さしてげらげらと笑う。おいお前、さっき僕が人殺しするんじゃないかと思って心配そうな目を向けていたじゃないか。アレが駄目でコレは良いってどう言うことだよ。


「そんな調子で大丈夫か? これからこの鳥をさばくのでしょう?」


僕の言葉に、コック達はハッとした様子で僕を一斉に見る。嫌な予感しかしない。


「あああ、忘れてた! こ、こんな活きの良い、って言うかバリバリ生きてる鳥なんてさばけませんよ!!」


お前が生き生きしたって言ったんだろうが! だから、始めから食材の状態で調達してもらえば良かったものを……。ただでさえ凶暴なコイツを、どうやって食材にするって言うんだ? 嫌だぞ。何だか全員でお前剣使えるだろ? さばけよって目をしてくるけど、僕絶対さばかないぞ。こんな気持ち悪い鳥。


「のう、他に食材は全く無いのか?」

「あることにはあるのですが……姫用にと用意したとびっきり安い食材なので」


姫には安い食材を食わせていることが、今判明してしまったな。どれくらい安いのだろうか? 


 相手がコイオス王だから、コイオス王と比べては~……。と、謙遜しているのかもしれない。成程、そうだそれだ。


「そうだったのか? でも、別に安くても良かろうに。あるもので作らないか」

「だ、駄目ですよ! 市場で賞味期限ギリギリのおつとめ品ですよ!? 変色したような食材ばかりなんですから!!」


お前等姫になんてもん食わせてるんだよ! 幾らなんでも一国を背負って立つ姫にそれは失礼だぞ。仮に食中毒になどなったりしたら体にも悪いし……アレ? やっぱり死んでほしいの?


「そうだなぁ。それは失礼かぁ」


そこで納得しちゃ駄目だ姫。同様に失礼な物を貴方が食わせられているのだから。これを姫に命令されて買って作っているのならば僕も何も言わないよ。それとか、自分達が食べるとかならね。僕も、どうせ食べるのならば安価な物を食べたいと思うから、その気持ちはとても共感できる。だが、それを他人に食わせるのは流石にいかんだろう。


「モモロン、何か質の良い物を市場で買って来い」

「いや姫、それじゃあ僕達の今までの苦労なんだったんですか」


僕の言葉に、姫は大爆笑した。笑えば済むその性格が羨ましいよ。


「ひ、姫様大変ですーっ!」


 馬鹿をやっていた僕達の背後から、執事の声が聞こえてきた。僕達が振り返ると、執事はオールバックで整えていた前髪を振り乱して荒い呼吸を繰り返していた。年なのに走ったりするから……。


「そんな落ち武者のような姿をしおって。どうしたのだ?」

「姫様大変なのです。コイオス王が、もう城下町を見て歩いているのです!」


 厨房内に、大きな雷が直撃したようであった。コック達が全員が驚愕し、同時に絶望する。コック長は地べたに跪いた。


「何てことだ……そんな鳥さばけないし、厨房にあるのは痛みかけのゴミ同然の食材ばかりなのに」


だから、そんな物を姫に食わせるなって。痛みかけのゴミ同然の食材って、もうゴミだからね。コック達がゴミだって思っている物を姫に食わせちゃってるからね。


「仕方あるまい。皆、腹をくくろうぞ!」

「姫様、どうするおつもりで!?」


執事の問いに、姫は目をギラつかせる。ヤバいな。これは絶対にヤバいことを考えているに違いない。


「ここにあるだけの食材を使ってコイオス王をもてなすのだ!!」


姫の発言に、僕を除いた厨房内の人間全員が、えええっ!? と声を上げる。その直後に全員激しく首を横に振った。


「そんなこと出来ませんよ! せめて城下町で食材を……」

「しかし、もうコイオス王は城下町におるのであろう? その目の前で食材を買うのか?」


姫のもっともな指摘に、全員ぐうの音も出ない。そもそもコイツ等は姫を馬鹿にしすぎだ。馬鹿にするのは結構だが、馬鹿にするのにも度合いと言うものがある。幾ら彼女が頭のおかしいバカガールだったとしても、バカより先のガールをバカにしてはいけないのだ。


 などと、良いことを言っているようで全く言っていない僕はさておき、姫は顔の青くなったコック長の手を握って勇気づけるように言った。


「大丈夫。そなたは今まで作った料理、全く安物だと気付かなかった。王族と言う地位もあって、絶対に高級食材だと思っていたよ! そなたには、安物を高級品と勘違いさせるその腕がある! もっと自分の腕に自信を持つのだ!!」


素晴らしき自虐と皮肉である。それを、悪気なく言える彼女は本当に凄い。そして、悪気のない彼女の言葉には、人を勇気づける力もあるらしい。姫に言われた言葉によって、コック達の重く、暗かった顔はたちまち明るくなっていった。コック長は握られていた手を強く握り返すと、「よしっ!」と声を荒げる。


「姫様、有難う御座います。そうだ、私には姫を二十年間騙してきたこの料理の腕がある! やってみます! ゴミから高級料理を生み出してやりますよ!!」

「よく言った!!」


最低だ。最低なコックだ。もう完全に食材をゴミ扱いしちゃったよ。姫の二十年間返してやれ。姫も姫だ。「よく言った!」……じゃ、無いよ! 目茶目茶バカにされているよ。何故か関係無いこっちが腹立ってくるくらいだよ。しかしまぁ、コック達がやっとやる気を出してくれたみたいだし、これ以上余計な問題は起こしたくない。この件は置いておこう。


 僕と姫は厨房を後にし、とりあえずチョコマを城の地下の牢へと置いてくることにした。


 … … …


 牢から戻ると、前髪を整え直した執事が階段の上で待っていた。あそこで待っている辺り、地下にいるあの素行の悪そうな男達には一瞬でも関わりたくないのだろう。まぁ、執事の考えが正解だな。


「姫様、もうそろそろ玄関へお急ぎくださいませ。時間も時間ゆえ」

「そうか。もうあのエロジジイが来るのか。それじゃあ出迎えねばな」

「姫。どうでも良いですけど、本人の前でエロジジイは止めて下さいね」


無いとは思ったが、一応の為に姫へ忠告した。すると、姫は大声で笑った後、「ああ分かったよ」と答えて玄関へと急いだ。


 … … …


 エロジジイ……では無く、コイオス王とその従者達を、僕達凡人は横二列に分かれて綺麗に整列して出迎える。ちらっと顔を見たが、本当にいやらしそうな顔をしていた。姫がエロジジイとぼやくのも分からなくは無いな。僕がエロジジイと言ってしまわないと気を付けないとな。コイオス王は気持ち良さそうに手を振ってレッドカーペットを歩いて行く。向かう先には姫がいる。


「良くぞ来てくれましたコイオス王」


女性の、それも若い姫であるが、その佇まいには王の風格を漂わせていた。女性であれば、両手は下の方で合わせておくものだが、姫は両手を伸ばし、自ら握手をしに行くと、その後両手を広げてハグをした。王と言うか、おっさんがやりそうなことだ。こうして女性らしさをあまり見せないのも、相手に馬鹿にされない為なのではと思う。考え過ぎだろうか? ハグをした後、コイオス王が手元を腰から更に下の、尻の方へとずらそうとしていたが、姫は即座に離れると一歩距離を取った。


「それでは早速、城内を見て行って下され。面白味には欠けると思いますがね」


来てもらった以上はそうなるよな。まだ料理も完成していないし、時間稼ぎと言ったところか。ここからは、長くなるぞ。姫、頑張れよ。僕が陰ながら声援を送っていると、姫は此方へと視線を向ける。


「モモロン、お前もついてこい」

「僕ですか?」

「うむ。他にそんな間抜けな名前の者はおらんじゃろう。私の隣を歩くのだ」


何言ってんだ、その間抜けな名前はお前が付けたんだよ。鈍感者ってな。言っとくが、僕は人の感情については結構敏感だぞ。敏感すぎて疲れるから、あまり考えないようにしているだけで。……そうだ、他人のことを考えるのが疲れて人前から消えたくなるってのも、消えたがりの理由だ。それだって言うのに嫌だな。わざわざ僕をこんな大勢の前で指名するなよ。こっちは目立ちたくないのに。かと言って、断るとこの数倍目立ち、その上何だコイツと思われてしまうからな……。


「かしこまりました」


目立たぬよう僕は短く言葉を返し、悪く思いながらも、姫の隣へと移動した。

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