超適当転移

ヘイ

こんな転移はどうですか?

「地球での潜入任務ご苦労、フィフリーリア」

 とある施設で男は目を覚ました。

 開いた目には顎髭を蓄えた、年配の男性が見えた。黒いローブを着ており、どこか怪しさを感じさせる。

 そこは清潔感のある真っ白な空間で、フィフリーリアの体にはバイタル機能を確かめるような装置が取り付けられていた。

 目を覚ましたフィフリーリアは体を起こす。目を覚ますのは体感にして約八十年。

「知的生命体として、彼らはこの八十年でどれほど発展したかね」

 それがフィフリーリアが地球へ向かった目的だ。それを仕事であることも理解していた。いや、今こうして戻ってきたことでそれを思い出したというべきか。

「特には……。宇宙開拓を行っていますが、この星への脅威とはなり得ないでしょう」

「そうか……。やはりか。次の者は向かわせよう。君には暫くの休暇を……」

 そう言い切ろうとして、彼は何かを思い出したのか尋ねる。

「君が地球にいたという記憶はいつも通り消す事になる」

 フィフリーリアが地球に残してきた爪痕は全てが虚構となる。辻褄を合わせる様にフィフリーリアの痕跡を書き換える。

 その為に消去されるものがある。

「待ってください」

 フィフリーリアはこの場を去ろうとする男を呼び止めた。

「私の生きた証を残してくれませんか?」

「何故だ?」

「それは……」

「消されて困るものでもあったかな?」

 地球人から記憶を消すのは彼らが、そこにいたと言う痕跡を完全に消す為。もし、彼らの存在が認識されて、地球人類が脅威となって攻めてきても負けることはないが、面倒である。

「いえ……」

「ならば、文句を言わないことだ」

「…………」

 フィフリーリアは上に文句を垂れる事はできない。それはきっと正しいことでないことはわかっていた。

 彼は直ぐに答えを導き出した。

「…………」

 導き出された答えに、彼は自分勝手にもそれが間違いでもないと考えた。

 この部屋を出ていく老人の背中を見送ると、彼も動き出す。

 きっと直ぐに地球へ向けて船が立つ。

 それは記憶を消す為の装置を載せた船だ。認識をされない巨大船。

 それは特殊な音波を放ち、記憶に干渉させて、一部を操作する。

 それをされる前に。

「娘を、孫を、助ける……」

 分からなかった。

 愛を抱いた人生を送って、そしてその息子を見守って、孫をも見た。それが愛おしくてたまらなかった。

 空に煌く星を廊下で眺めて、彼は起きたばかりの体に鞭を打ち、走り出す。

「絶対、俺が救って見せる……!」

 

 

 

 

 

 

 午後の授業、腹が膨れて寝息を立てている生徒が一人。

汐見しおみ!」

 名前を呼ばれて、その生徒は目を覚ます。

 汐見海斗かいと

 深い黒色の髪を伸ばした少年だ。身長は高校生男子にしては低く、百六十センチメートルに届くか、届かないか。

「うえっ、あ、はいっ!」

 名前を呼ばれて彼は立ち上がる。

「授業に集中しろ……」

 そう言われて、汐見はシャープペンシルを右手に握り、黒板の文字を見る。そこには日本語が書かれており、その内容からも国語の授業であることがわかる。

「…………」

 遅れていた分のノートを取るために、ペンを走らせる。

 コンコンと扉を叩く音が外から響いて、国語の教師の中年男性は一瞬、ムッとした顔をしてから、扉の外に向かった。

「どうしました?」

 国語教師が扉を開くとそこに居たのは小柄な女性教師だった。眼鏡をかけて、オドオドとしているような、小動物のような可憐さのある教師だ。

 威厳というものは感じられそうにない。

「え、えっと、汐見くんに会いたいそうで……」

「関係は聞きましたか?」

「それが、大変焦ってるようで」

「何故、聞かないんです!」

 その声は教室の方まで響いていて、汐見もさすがに気がついて先生たちの近くまで歩いていく。

「ーーあのー、俺、いきますよ?」

 その提案に国語教師は溜息を吐いてから、汐見の両肩を掴んだ。

「もし、凶悪な奴だったらどうする。俺は教師で、大人だ。お前たちがもし危険になった時は俺たちが守らなければならない」

川崎かわさき先生」

 汐見はその言葉を聞いて、少しばかりの感心を覚えた。

「海斗!」

 汐見は自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、振り返った。

 見覚えのない顔だった。

 薄い水色、むしろ白髪に近いような髪をした中性的で男か女かも分からないような人が焦ったような顔をしながら、三人のいる方向に走ってきた。

「急ぐぞ!」

 彼は汐見の手を取り走り出そうとするが、国語教員の川崎が白髪の人の手を取って引き留めた。

「待て!」

「離してくれ。急いでいるんだ!」

「汐見はうちの生徒だ。誘拐か? 警察に連絡を入れるぞ」

 脅して見せるが、それどころではないようだ。

「頼む! 見逃してくれ!」

「白昼堂々、勝手に学校に入ってきて、そして生徒を連れて行こうとするのは見逃せないな」

 白髪の人。

 彼はフィフリーリア。

 もしここで、汐見をこの場から連れ出すことができなければ汐見は死んでしまうかもしれない。いや、遅かれ早かれ汐見は死ぬ。

 それは決まりきっている。

 だが、それにはフィフリーリアが行動しなければという前提があるが。

「どうすればいい!」

 説明ができそうにない。

 女性教師も驚いたような顔をしていた。汐見との関係が確認できるまで待ってほしいと話したはずなのに。

「ああっ、時間がない……!」

「と、兎に角、貴女と汐見くんの関係を……」

「家族だ!」

 そう言っても、汐見には覚えがない。

 知らない顔の人が自らの家族を名乗っている。通報されるのが当然ともいえる。それをフィフリーリアも分かっている。

「ああ、くそっ……」

「ええと、汐見。知り合いか?」

 川崎がそう質問をすると、汐見は首を横に振る。

 その間もフィフリーリアは頭を回している。

「俺が海斗の祖父だって言っても、信じないに決まってる……」

 フィフリーリアのその呟きは海斗の耳にだけ届いた。

「俺の……、爺ちゃん?」

 目の前にいるのは、もしかすると自分よりも若いかもしれない、女性に見間違えられてもおかしくないような見た目の人だ。

「お前は今ーー」

 事実を言おうとした瞬間に、世界は沈みゆく。それは周りの環境を崩していく。先程まで立っていた川崎も、女性教師も倒れ込んでしまう。

「拙い……」

 来てしまった。

 この音波はフィフリーリアの子供である者達には聞くことがない。それはフィフリーリアの残した爪痕の中でも、濃いものを発見する為に。

「フィフリーリア」

「…………」

「まさか我々を裏切るとはな……」

「……こうなる前に、脱出したかった」

 既に専業主婦であった娘は助け出し、残るは孫の海斗だけだったのだが。

「何故、そうまでして助けようとする。フィフリーリア、そこの子に、貴様の娘にそこまでの価値はあるのか?」

「価値……。長く生きる種族では、それがなければならんのか」

 敵対の意思を示す。

「残念だが、貴様の船は既に破壊した。娘の死亡は確認済みだ。残るは貴様のような異分子と、そこの小僧を排除すれば完了だ」

「な……」

 信じたくなかった。

 人間として生きたフィフリーリアが愛した娘が、この者たちに殺された事を。

 しかし、装備など彼らには酷く劣り、戦えば死が待つのみ。

「どういうことだよ!」

 汐見は自分が置かれている状況を理解できない。何故か、命を狙われている。それがどうしてか。

「くそっ……!」

 フィフリーリアは懐に手を入れて、手に収まるほどの球体を取り出して、地面に投げつける。

 その瞬間、強烈な光と音を放った。

「ぐっ……」

 怯んだ瞬間を見逃さず、フィフリーリアは汐見を抱きかかえて自らの船があった場所に戻る。

「追え!」

 逃げ出したことだけは理解していた男は部下に指示を下す。

 あってはならない。こんなことが許されてなるものか。

「なあ……」

「もう少し、待ってくれ」

 今は答えることができない。

 船が破壊されているが望みはまだある。娘が死んでしまった事はどうにもならないが、せめて、海斗だけは。

「あった……。ポータルは無事だったか……」

 一つの装置を見つけて、フィフリーリアは呟く。

 それはカプセルのような物。人が詰めて、三人入るのがやっとの物だ。

「な、何だよ、これ」

 まるでSFを見ているような気分だ。

「早く、海斗。これに入れ……」

「なあ、説明してくれよ……。アンタは誰なんだ……?」

「すまん。転移が終わったら、しっかりと答える」

 船の瓦礫の中、二人はそのカプセルの中に入り、スイッチを入れる。

「転移システム、起動! 無事に着いてくれよ……!」

 フィフリーリアは祈るように汐見を抱きしめた。

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