アルル、ごはんを食べよう

帆多 丁

腸詰と野鼠

 んー、いいや。このまんまがいい。と、青年アルルは解釈した。


 帰りの旅、二日目は野宿となった。ふらっとひとり済ませて獲物に齧りついた相棒へ「それ、焼いてやろうか?」と尋ねた返事が「んー、いいあ。こおあんあぁいい」だった。

 解釈はいつも適当だけれど、外れた事はない。


 腹ばいになった相棒の小さく黒い背中が、たき火の光に照らされて藍や紫に滲んでいる。背中の向こうで頭が小刻みに動いている。

 ときどき、こりっ、こりっ、と音が混ざるのは何だろうとアルルは思ったが、しばらく眺めて合点がいった。

 野鼠の骨を噛み切る音だろう。


 相棒は黒猫の形をしている。


 人の言葉を話すし、魔力に対しての親和性もあるし、無自覚に魔法を使いさえするこの生き物が「猫」であるはずはないとアルルは思っているが、捕まえた野鼠の扱いはそこらの猫と変わらない。


「ヨゾラお前、俺といれば食い物は心配ないのにちょいちょい狩った物食うよな。やっぱりヒトの食い物よりそっちのほうが美味いのか? たとえば焼いた腸詰と今食ってる野ネズミと、どっちが好みとかあるか?」

「おっちおふいやよ、ひょっぱふはやえ」

 どっちも好きだぞ、しょっぱくなきゃね。


 黒猫は噛む位置を細かくズラしながら、奥の牙で獲物の毛皮を切っていく。


「イイほほ、そおまんふぁ──」

 キミこそ、そのまんま。

 そこまで言うと、相棒は獲物から牙を外して振り返った。

「──食べればいいじゃん」

「火の通ってない肉なんか、おっかなくて喰えるかよ」

「へ? なんで?」

「腹下すし、虫のたぐいでもいた日にゃひどい目に遭う」

「虫も食べられるよ?」

「その虫と違う」


 ナイフに差した腸詰め肉をアルルは炙る。

 ぷつぅ、と刺し口から脂が溶け出てくる。


「それにだ。肉は焼いた方が美味い」

「えー、どっちもそれぞれおいしいって。自分で狩ったのは特にさ。人からもらったものと、自分で狩ったものとじゃぜんぜんちがうよ。食べてて、これだー! って感じする。キミだって、狩りしたり魚とったりするだろ? そういうの、おいしくない?」

「どうかな。それで味が変わるわけじゃないし、料理する腕の方が大事だよ。そりゃ、うまいこと獲れれば気分はいいけどさ。肝臓は親父の酒の肴にしておこうとか、もも肉は塩と香草ユキカラシで浸けておこうとか、腸詰めは白と黒の二種類つくろうとか、毛皮はフーにあげようとか、骨はおばさんがスープにするだろうとか……ああ、そういうのも含めればやっぱり美味いのか」

「キミたまに考える事めんどくさいよね」

「世界の不思議に挑むのが魔法使いだぞ。ぐるぐる考えるのは基本中の基本なんだ」



 炙り加減を確認して、青年が腸詰めにかぶりつく。

 こりこり音を立てて、黒猫が野鼠にかじりつく。



「ケトきょーたちは、もう家に着いたのかな?」

 口の周りを前足で拭っては舐め、拭っては舐め、ヨゾラが別の猫の名前を出した。

「まだまだ湾の中だろ。船を降りてからも歩いて六日はかかるって聞いたことがあるよ」


 ケト卿。つい二日前に別れたばかりの王族ネコガトヒアウ

 ヨゾラにとっては初めて出会う喋る猫だ。一緒にいた時間は二か月にも満たないけれど、思い入れも深いのだろう。

 アルルにとっては、ケト卿を連れていた魔法使いの方が印象深い。

 五年前の、まだ学院に通っていたころの先輩。ずっと音沙汰がなかったのに、仕事があると急に呼びつけてきた髪の魔法使い。

 彼女と知り合ったばかりの頃、旧帝国領の地図を二人で見たことがある。


 ──この辺りが学院でしょ。私の故郷はずっと行ってここ。きみのララ……ええと、きみの村ってどのあたり?


 大講義室に差し込む光に照らされた彼女の髪が、麦畑のように輝いていたのを覚えている。思い切って褒めたつもりで「麦色の髪だ」と言ってしまい、いまいち伝わらずに気まずくなったのも懐かしい話だ。


「遠いね」

 ぽつんとヨゾラがつぶやいて、アルルは追憶から引き戻された。

「行けないことはない」

 多少の強がりも込めてそういうと、青年は腸詰めをかじって感想を述べた。

「ちょっとしょっぱいな」

 それを聞いた黒猫が、あたしいーらない、と言って、野鼠の後ろ半分を飲み込んだ。

「こっちはおいしいぞ」

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