第10話

「エレナ様。本日はお越し頂き誠にありがとうございます」

「こちらこそ、御招待いただきありがとうございます」

 

 太陽の光が入る綺麗なサロンで迎えてくれたのは、頭の天辺から足の先まで着飾った同じ年頃の女性だった。多分、この人が私をこのお茶会に招待した張本人――セルン家の長女ジーナなのだろう。

 

 この人は本当に私と一歳しか違わないのだろうか。もしくは、私もあと一年したらこんな風になるのだろうか。思わず足元から舐めるように見てしまった。きゅっと締まった腰とは反対に豊かな胸。口元のつけホクロが色気をより一層際立たせる。


 私もホクロを書いたら少しは色気が出たりするだろうか。

 

 そういえば、劇の中の『悪役令嬢』も豊満な体型だったように思う。もしかして……ライナス様の好みはこういう体つきってこと……?!

 

 思わず自身の発展途上の胸を押さえた。すると、くすくすとジーナが笑い声を漏らした。

 

「本当に噂通り可愛らしい方なのね」

 

 大きめの口が弧を描く。——可愛らしい。というお世辞には曖昧に笑って返してしまった。

 

「さあ、こちらにいらして。私のお友達を紹介させて」

 

 ジーナの腕がすっと伸びて、私の肩を押した。有無を言わせない強さに、目を瞬かせる。ほんの少しだけ後ろを振り返ると、ケリーが弱々しく眉尻を落としていた。

 

 分かっているわ。この先は同じ空間にいても、侍女としてついてきたケリーは私の事を助けることはできない。自分でどうにかしないと……!


 ケリーが同じ空間にいるだけマシかな。本当に一人だったら何もできなかったかもしれない。

 

 ドレスの下では少し足が震えていた。幸い、周りには分からないような僅かな震えだけど、察しの良いケリーならそのくらい分かったかもしれない。

 

 ジーナは私を席に案内すると、二人の友達を紹介してくれた。ジーナの隣の席に座るのがナンシー。侯爵家の方らしい。家名が長い上にジーナが口早に紹介するものだから覚えられなかった。後でお母様にそれとなく聞いてみよう。お母様は人の名前を覚えるのが得意だから。

 

 私の隣の席に座るのが、マノンと名乗った。彼女はナンシーの従姉妹で、社交シーズンの今、ナンシーの家を頼って領地からこちらに来ているそうだ。出会いを求めてというやつね。

 

 自己紹介が終わると、早速とでも言うかのようにナンシーが声を上げる。

 

「あのエレナ様にお会いできるなんて光栄ですわ」

「えっと……」

 

 私はそこら辺にゴロゴロいる貴族の娘の一人にすぎない。あ、そっか。こういう時ってお世辞を言い合うものなのだとお母様が言っていた気がする。

 

「わ、私も皆様にお会いできて光栄です」

 

 笑顔を作ると、三人が遅れて口角を上げる。うん、我ながらぎこちなかったと思う。

 

「エレナ様ってあまり社交場にもおいでにならないでしょう? なかなかお話しする機会がなかったものですから、気になっておりましたのよ」

「そうだったんですか? ごめんなさい」

「謝らないで。ノーベン伯爵もご婚約者様もお忙しい方ですもの。エレナ様も外に出られなくて寂しいのではなくて?」

「ええ……そうですね」

 

 本当はそんなこともない。ライナス様とのダンスは楽しくて好きだけど、いつも色んな人に囲まれて目が回りそうになるし、夜会の間って彼は殆どの時間前を向いているから。


 勿論彼の横顔も大好きだ。すらりと高い鼻がよく見えるし、長い睫毛も綺麗だもん。でも、個人的に横顔よりも正面から見た顔の方が好きだなぁ……なんて。


 それに、社交なんて上辺だけの会話ばかりで楽しくないのだ。みんなこれを楽しいと感じているのだろうか。

 

 なんて、言えるわけもなく、曖昧に頷いて終わらせた。

 

 本当は夜会の時間を二人でお話しする時間にできたら良いのになんて思っている。でも、次期公爵の彼が社交をおろそかにできるわけもない。我儘を言って彼を困らせるのは嫌だった。

 

 それならば、夜会の間二人ずっとダンスだけできたらいいんだけど、二人で踊れるのは二曲が限界だもの。

 

「お二人の仲睦まじい姿を見て、みんな憧れておりますのよ。私達も素敵な方と……と」

「そうなんですね。ナンシー様はご婚約されていないのでしょうか?」

「ええ、最近は婚約していない者は多いのですよ」

「そうなんですね。私ったら何も知らなくて恥ずかしいです」


 そういえば、キャロルもメリアも婚約者はいない。小さい頃から婚約者がいるって、実は珍しいことなのかもしれない。社交場は若者にとってはお見合いの場所……なんて言われるくらいだしね。


「エレナ様はあんなに素敵な婚約者がいるんだもの。知らなくても困らないでしょうね」


 うふふ。と笑ったナンシーに倣って、ジーナも似たような笑みを浮かべた。あまり好きな笑顔ではないなと思いつつも、曖昧に笑う。そんな私はきっととても弱い。


 これでは、かの『悪役令嬢』とは正反対。こんな時、彼女ならどんな風に跳ね除けるのだろうか。


 相手は侯爵家だし、今後のことを考えると下手なことは言えないよね。


 我慢我慢。


 見えないところで私は小さく手を握りしめた。


「エレナ様。ライナス様のお話を聞かせてくださらない?」

「ライナス様の……?」

「ええ。普段どんなお話をしていらっしゃるの?」


 そんなことを聞いて何が楽しいの? なんて聞く雰囲気ではない。三人共真剣な目で私を見ている。初めてのお茶会でも個人的なことを聞いたりするのね。


 もっと「本日の天気はとても良いわね、オホホホ」みたいな当たり障りのない話とか、この席にはいない人の噂ばかりかと思っていた。これをお母様に言ったらさすがに偏見にもほどがあると怒られてしまうかも。


 ライナス様とどんな話……。私、いつもどんな話をしてたかなぁ?

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