『人材派遣会社フレイムアップ』−2

「ってえか。何でおまえがおれのテストのスケジュールなんか知ってるんだよ」

「こないだ事務所の机に日程表を広げてたじゃない」


 おれ、迂闊。


「まあいいや。おまえまで駆り出されてるってことは、こりゃ本当に人手が足りてないってわけだ」

「どーゆー意味?それ」

「真凛ちゃん、そこの唐変木の言うことは気にしなくていいわよ。ただ拗ねてるだけだから」


 いつのまにか後背に敵軍帰還。


「唐変木、って。だいたい所長、真凛まりんも呼んでるってことは、最初からおれ達の参加が前提条件のオーダーだったんでしょう?」


 おれはソファーに背をうずめた。

 


 このショートカット娘の名は七瀬ななせ真凛まりん。前述の暴力娘とは、むろんこ奴のことであり、実は、このアルバイトでおれのアシスタントなぞを勤めていたりする。おれ達のアルバイトが何なのか、という説明はこれから嫌でもわかることだから後にまわすとして、実はこの娘とおれはこの仕事を通して知り合った。その特はおれは調査員として独立したばかりで、真凛はその案件の関係者だった。案件自体は紆余曲折あったものの無事解決し、めでたし目出度しというところだったのだが……どういうわけかこの娘はおれ達の仕事に興味を持ったらしく、次の日にこの事務所に押しかけて雇ってくれと頼み込んだ。そんな経緯がある。


 

 おれの言葉を受けた所長はあっさりと言ってのけた。


「ばれた?ま、そうなのよ、例によってちょっと君にはボディーガードの必要がありそうなことやってもらうし」


 おいおい。


「あの~、緊急って言ってましたけど。犬猫探しとか浮気調査のたぐいじゃあないんですか?」

「うちにそんなまっとうな仕事まわってくると思う?」


 水差しからグラスに二つ、水を注ぎながらやはりあっさりと言ってのける。


「……いえ」


 下請けにまわされるのは一番きつい仕事、というのはギョーカイのジョーシキである。


「ほかのメンバーは?」


 いくら忙しくても、この時間なら事務所には一人くらいはいそうなものだが。


「みんな、豚のジョナサン君を追跡するんで機材一式抱えて出かけてるよ。浅葱さんが帰ってくるまでボクが電話番してたんだ」

「もうじきすれば帰ってくるはずよ」

「これだから零細企業ってやつは」


 おれの嘆息をなぐさめるかのごとく、所長は優しく言った。


「うちは少数精鋭主義なのよ。優秀なメンバーに自由に仕事をしてもらう。それが設立以来一貫した我が社の方針ってワケ」


 にっこり笑って所長はグラスを押しやる。夏の日差しに炙られていたおれはそれを一気にあおった。


「ンなことばっかり言ってるからあんな悪評が立つんじゃないっすか?」

「悪評って?」

「『成功率”だけは”百パーセント』。『解決される以前に問題が破壊される』。『業界の異端』。『人材派遣ならぬ人災派遣』。『トランプでいえばババ』。それから――」

「なんだ誉め言葉じゃない」


 そういうことが言えるあたりが悪評が立つ所以かと。


「オモテ向きは成功率百パーセントなわけだし。そのジンクスに従えば、亘理君も引き受けた仕事だけは必ず達成できるってことよ」

「それ言外に、『仕事は解決するけど生きては帰れない』って言ってませんか?」

「だいじょーぶ。安心しなさい。真凛ちゃんがいればグリーンベレーの一個大隊が潜伏しているジャングルだって裸で通れるわよ」


 ンなこと請け負われてもうれしくも何ともない。おれは湿度たっぷりの横目で、飲み干したグラスの中の氷をストローでつついている娘を見やり、口の中でつぶやいた。


「まったく頼もしい殿方ですこと。惚れてしまいそうですわ」

人中じんちゅうに当て身ぶちこむよ」


 ……聞こえていたらしい。


「エンリョしときます」


 腕力勝負ではおれが百回生まれ変わっても勝てません。


「いい加減そろそろ本題に入らせてくれないかしら?亘理君」

「あ、ええ。はいはい」

「もう少しキリっとしてれば映える顔なのにねぇ。ぼーっとしてると表情まで間抜けに見えるわよ」

「ぼーっとしてなければ、ちょっと鈍感な人くらいには見えるのにね」


 どうせ自分の顔の程度なんてわかりませんよ。


「はいはい、仕事の話でしょ。とりあえず、概要を教えてくれないと一向に進みませんよ」

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