第184話 番外編 / だから、好きでは無い - 02 -
それからコンスタンツェは、馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいにはしゃいで、恋を欲す馬鹿な女だと自分を見せびらかした。
自分なんかに、心一つ動かされるような男は、ただの馬鹿であると周知させるため。プライドの高い思春期の男子が、万に一つも、惚れた腫れたなんて絶対に、言い出させないため。
男子に興味津々な振りをして、その実、どんな男子にも心を動かされることは無かった。
だが、元々お調子者とはいえ、急激に異性を意識した振る舞いを見せ始めたコンスタンツェを、ハインツは心配したようだった。
一年生のとある日の魔法薬学の授業終わりに、コンスタンツェは呼ばれた。
「ベルツ。レポートの件で話があるから、ちょっと残んなさい」
クラスメイト達が憐憫の眼差しを向け、去って行く。植物が生い茂る温室の中に残されたのは、コンスタンツェとハインツだけだった。
白衣姿のハインツはちょいちょいとコンスタンツェを手招きして、優しい声を出す。
「おい。コニー。最近どうした」
いつも「ヘイン」と呼んでいた頃の声音と眼差しに、コンスタンツェの唇は震え出した。
自分が間違ったことをしているのはわかっている。
自分がずっと、この思いを隠し続けられればいいのだ。けれど、こんな風な特別扱いを上手く躱せるようなら、あんな馬鹿な真似はやっていない。
黙り込んだコンスタンツェをいつものように甘やかそうとしたのだろう。腕を引き、自分の膝に座らせようとしたハインツの手を跳ね退ける。
(そんな姿をもし――誰かに見られでもしたら)
『先生じゃいられなくなんの』
それは、絶対にしてはいけないことだった。コンスタンツェはこの学校の誰よりも、ハインツが魔法薬学の教師になれた事を喜んでいたのを知っている。彼のその姿を大事にする権利だけは、手放すつもりは無かった。
「先生。私、お友達を作りますの。格好よくてお金持ちで優しい恋人も作る予定ですのよ。先生が心配しなくても、ちゃんと、一人で上手くやれちゃいますわ」
コンスタンツェが示した明確な拒絶に、ハインツは目を見開く。
「だから、ちゃんと見ていてくださいね」
きっとそれが、別離の言葉だった。
コンスタンツェはそれから、今まで以上に特別な視線を向けないように徹底した。ハインツも、隠れた場所でもコンスタンツェを特別扱いしようとはしなかった。
会話はした。けれどどれも、教師と生徒の域を超えすぎないものだった。
会話の裏に忍ばせていた共有の話題なんてものも、これ以降出ることは無かった。
長期休暇は別々に帰り、別々の家で過ごした。
ハインツが、腕に抱えきれないほどのプレゼントを持って、家の扉をノックすることも無かった。
***
どんどん背が伸び、胸が大きく育っていったコンスタンツェは、それだけで異性の注目を引くようになっていた。
三年生になるころには、男子の目線は顔よりも先に胸に向けられるようになる。
男子の不躾な視線に呼応するように、コンスタンツェは魔法学校に在学中も自分を鍛え続けた。生半可な男では告白する気も起きないよう、訓練は欠かさなかった。
剣の腕を磨き、色恋沙汰にはしゃぎまくるコンスタンツェは、彼女の思惑通り男子に遠巻きに見られるようになっていった。
そんな中であっても、大事な友人は出来た。ルシアンやカイのように、コンスタンツェを友人として受け入れてくれる男子もいた。アズラクには時折、剣の稽古をつけてもらってもいた。
コンスタンツェはそれで十分だった。
敬語はいつまでも上手くならなかった。形ばかりを似せた適当な敬語でも、コンスタンツェにとっては鎧の一つだった。
(沢山の友達を作り、沢山色んな恋をして、笑顔を浮かべる私を見て欲しい)
ハインツの望んだ通りかはわからないが、コンスタンツェにとって、今の自分は輝かしい青春の中にいた。
これを青春と呼ばず、なんと呼ぶだろう。
一緒に赤点をとって泣き合ったり、中庭でボールを追いかけて走り回ったり、舞踏会のためのダンスを一緒に練習したり、お菓子を作ったりする友人がいる自分を、どうか見て欲しかった。
最終学年で開かれる舞踏会のペアに、ミゲル・フェルベイラを誘えたのは僥倖だった。
ハインツはコンスタンツェのパートナーが、ラーゲン魔法学校で一二を争ういい男であることを殊の外喜ぶだろう。
その顔を見たい。けれど本当は、目に入れたくも無い。
(貴方を安心させるための、好きな人が欲しい)
好きな人がいるコンスタンツェなら、ハインツの傍に近付いても許される気がした。ハインツなんて、教師なんて恋愛対象では無いのだと、ラーゲン魔法学校の全員に知って欲しかった。
誰にもバレるわけにはいかない。
ハインツが生徒をたぶらかす邪な教師だなんて、誰にも思われるわけにはいかない。
だから、
(好きでは無いわ)
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