第94話 君と僕と―― - 05 -


「ヤナとアズラクは、将来のこととか考えてる?」


 ヴィンセントに置いて行かれた気になっていたオリアナは、はたと気付いて二人に聞いてみた。


「ええ。私、アマネセル魔法使節団に入るつもりよ」


「ええ?!」


 涼しい顔で、何の迷いも無く言ってのけたヤナは驚いた。

 魔法使節団とは、国同士の魔法分野での交流の際に、国の代表として派遣される団体である。


「スカウトが来てるの。魔法学校卒業生のエテ・カリマの王族なんて、それだけで箔が付くでしょう?」


 女は愛嬌、境遇は実力。女は男に愛されるために美しくあるべきであり、身分は惜しみなく活用すべきというのが、彼女のモットーだ。


 オリアナはヤナのその考え方が好きだ。入学後、階級差を目の当たりにし「商人の娘だから」と悩んでいた時期にも、この信念には随分と気を楽にしてもらった。


「スカウトの方とは既に何度か顔を合わせてるから、卒業後すぐに入団することになるわ」


 オリアナはぽかーんとヤナを見た。


 色々と聞きたいことばかりで頭の中がぐるぐるしているが、一番聞きたいことを、まず聞いた。


「ってことは――卒業後も、アマネセル国にいるってこと!?」


 輝くオリアナの目を見たヤナは、花が綻んだように笑う。


「諸国を回っている時期もあるでしょうけど……ええ。そのつもりよ。喜んでくれる?」

「何よりも!」

「嬉しいわ。ほんの少しだけ、不安だったの」

「何に?! 不安にさせてごめん! 俺が好きなのはお前だけだよ! もう離さない!」

「ふふ、ごめんなさい。私の愛は皆のものなの」

「ヤナァ……」


 振られてしまった彼氏オリアナは、ぐすんと泣いたふりをする。


 だが本当に、何を不安に思うことがあるというのか。卒業後、国に帰り王女に戻るのだろうとばかり思っていたヤナが、アマネセルに残るという。


 王女に戻れば、たかが一介の商人の娘であるオリアナと、ヤナの繋がりは絶たれる。

 半ば仕方の無いことなのだろうと諦めていたオリアナは、ヤナの考えている将来が、嬉しくて仕方が無かった。


 王女から一気に労働階級に身分を落とすヤナの苦労は計り知れないが、それを近くで支えることが出来るかもしれない。


「……仕事を夫が許してくれれば、だけれどね」


 ヤナにはその問題もあったのだと、オリアナは真顔で頷いた。


 彼女は今、夫を選定中である。


 古くからのエテ・カリマ国のしきたりにより、アズラクに勝った者と結婚するという、試練の真っ最中なのだ。

 留学先をアマネセル国に決めたのは、エテ・カリマ国では既婚女性に仕事をさせる風潮が無いことも、関係していたのかもしれない。


「まあ、アズラクは負けないから、そんな心配もいらないのだけれど。そうよね?」

「もちろんです」

「アズラクを連れて、試練をしながら世界中を旅するの。それが今の私の夢よ」


 ふふ、と笑って、ヤナはアズラクの腕に飛びついた。まるで蝶が花に止まるように、かろやかな動きだった。


 アズラクは危なげなくヤナを腕にぶら下げると、オリアナに向けてにっと笑った。


「ということだ」

「なるほど。自動的に、アズラクの将来も決まるってことね」


 それをアズラクが本心ではどう思っているのかまではわからないが、表面上は、異論が無いように見えた。


「そうだ。私は、ヤナ様の護衛だからな」


 こともなげに言うから、オリアナはいつもは忘れていたことを、思い出さずにはいられなかった。


(そっか。彼は本当の学生じゃなくって……職務として、ここにいるんだ。すでにもう、仕事をしてる)


 なんとなく心配になって、オリアナはこっそりとヤナを見た。


 盗み見たヤナはアズラクの腕に巻き付いて、ただ悠然と笑っていた。




***




「予想以上に焦っちゃうな」


 一人、石畳の道を歩きながらオリアナは呟いた。


 まさかまだ三年生なのに、すでに自分のやりたいことを考えている学友がいるとは思っていなかった。この分だと、しっかり者のカイやハイデマリーにも明確なビジョンがあるかもしれない。


(私のしたいことって何……?)


 こんな風に、ただ流れに身を任せているだけで、自分のしたいことなど見つかるのだろうか。夢も目標も無い自分がただのクズに思えてきて、オリアナはショックを受けていた。

 何も考えられずふらふらしながら歩いていると、石畳の段差に躓く。


「あっ――!」


 こける、と思ったが、なんとかこけずに済んだ。ぐいっと誰かに腕を引っ張られたのだ。

 ブックバンドが緩んだのか、手に持っていた教科書がばらばらと床に落ちていく。


「すみません。ありがとうござ……ミゲル!」


 オリアナの転倒を防いでくれたのは、ミゲルだった。口に飴を咥えたミゲルが、大きな手でオリアナの腕を掴んでいる。


「よっ。こんなところで振り子の真似してると、こけるぞ」


「えっ、そこまで揺れてた?」


 笑って聞くと、「そりゃもう、こんくらい」とミゲルが自分の体を揺らし始める。


「大げさすぎ」

「じゃあこんくらい」

 少し幅を縮めてまたミゲルが揺れるので、オリアナは大きな口を開けて笑う。



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