第31話 最高の誕生日 - 02 -


「ミゲルッ! ありがとう! 改めて、いらっしゃい!」


 ヴィンセントとの仲直りの副産物に、もちろんミゲルとの交友の復活も入っている。


 手紙を読み終えたオリアナは、飛び跳ねるようにして客間に入った。勝手知ったる我が家で遠慮など無い。使用人達もオリアナのハイテンションは見慣れたものだ。


「さっきも言ったけど、元気そうでよかった」


 客間に入ったオリアナを立って出迎えたミゲルは、友人の家を訪れるに相応しい服装をしていた。スカートの裾を持って礼を示すと、ミゲルも手を胸元に当て、腰を折る。


「元気元気! ヤナとアズラクがいてくれるから毎日楽しいし。どうぞ座って」


 ミゲルはにやりと笑うと長椅子に腰掛けた。今日は飴は咥えていない。


「アズラクもいたんだ」

「そりゃもちろん。ヤナがいるんだもん。アズラクは今、厩舎かな?」

「そう。こちらの馬の飼育法を教わっているの。国ではいつも馬で駈けていたから、馬と一緒にいられて、アズラクも楽しそうよ」


 ミゲルの接待役を引き受けてくれていたヤナの隣に、オリアナも腰掛ける。使用人により、すぐにオリアナの分の紅茶も運ばれてきた。


「ミゲルはどうしてこっちに?」

「父さんに用事を言いつけられた。わざわざもう一度領地に戻るのも馬鹿らしいし、こっちに戻ってくることにしたんだ。にしても、オリアナん家、でかくて新しくてびっくりした。うちもでかいけど、もう何百年も使ってるから、むちゃくちゃ古いんだよね」


 高貴な人々ほど、古い文化に重きを置く。魔船路ませんろの開通が随分と遅れたのは、脈々と血筋を受け継ぐ貴族の反発があったせいだというのは有名な話だ。


 エルシャ家は所謂成金だ。しかし父は、商人であることに引け目を感じていない。そのため、貴族に卑しいと言われようとも、王都に最新の建築法で豪邸を建てた。


「えへへ。パパが頑張ってくれてるから。もしよければパパにも会ってあげてよ。きっと喜ぶ」

「俺でよければいつでも。未来の旦那様として紹介する?」

「……っは! ミゲルが金髪のカツラを被って、ヴィンセント・タンザインですって名乗って、外堀を埋めちゃうっていうのはどう……?」

「オリアナ。穴しかないわ、その作戦」


 美味しい紅茶と菓子に舌鼓を打ちながら、三人がしばらく他愛のない会話を楽しんでいると、ミゲルがオリアナをじっと見つめた。


「どうかした?」


「実はね、オーリィ。俺がここに来たのは、ヴィンセントの手紙を届けるためだけじゃないんだよね」


「お父様から言付かった用事があったのでしょう?」


「それは王都に戻ってきた理由。オリアナの家には、また違う理由で来たんだ」


 じっと見つめるミゲルの視線は、オリアナから外れない。オリアナも見返した。ミゲルはヴィンセントと並んでいても引けを取らない美貌の持ち主で、王立劇団の主役に選ばれてもおかしくないほど整った顔立ちだ。


 あまりの熱視線に、オリアナは居心地が悪くなった。


「えっと……それじゃあ、他の用事って?」


「オリアナ。俺の恥ずかしい告白、聞いてくれる?」


 オリアナはソファの上でびくんと跳ねた。隣に座るヤナの瞳が、キランと光る。


「え、う、うん」


 ミゲルは真顔でオリアナを見つめ続けている。


(えっ何その表情……えっ、告白って、いや、いやいやいや、そんな空気になったこと無いし、え? ヤナも隣にいるし、うちの客間だし、いや、まさか……ねえ?!)


 オリアナは冷や汗をかいた。もし万が一ミゲルに告白なんてされてしまったら、オリアナは大事な友人を一人失ってしまうのだ。


「俺――」


(どうしよう、告白されるぐらいなら、席を立ちたい。不誠実だってわかってるけど、ミゲルとはどうか、友人のままでいたい)


「実は――」


「ミゲル、あの――」


「パジャマ。持ってきたんだ」


 オリアナは弾かれたように顔を上げた。ミゲルはにっと口の端をつり上げている。彼の表情を見た瞬間全てを悟ったオリアナは、拳を握りしめた。


(絶対っ……私に勘違いさせるつもりで言った……! 絶対言った……!!)


 このいたずらっ子の頭をペシンと殴ってやりたかったが我慢した。オリアナちゃんは優しい女の子なのである。


「……ん? パジャマ?」


 遊ばれて憤慨していたオリアナは、首をかしげた。目の前のミゲルも、同じポーズをとっている。くそう、可愛い。


 可愛いミゲルを見て、いつだかの記憶がよみがえる。

 

『ま、わかったろ。女子会したくなったら、誰に招待状送ればいいのか』


「ミ……ミゲル!」


 ヴィンセントと喧嘩をしていた時、ミゲルはわざわざオリアナを追いかけてきてくれた。そして、味方をしてくれると言いに来てくれたのだ。


 あの時の感動が蘇り、感極まってぷるぷると震えるオリアナに、ミゲルが少し照れくさそうに笑う。


「招待もされてないのに来ちゃったけど」


「忘れないで、ミゲル。長期休暇中の私はただの商人の娘で、貴方は由緒正しいヒドランジア伯爵家の長男。女子会の招待状を送るには、ちょっと高値の花すぎる」


 身分の垣根がないラーゲン魔法学校内とは違い、長期休暇中は皆、己の身分にあった生活を送っている。伯爵家の嫡男に「個人的に遊びに来い」と送るには、オリアナの身分が竜木一本分ほど足りない。


「来てくれて嬉しい。何が好き? シャンパン? それともワイン? 父の秘蔵のブランデーでも、何でも出すよ!」


 オリアナが満面の笑みで言った。


 第一回、パジャマパーティーinエルシャ家の開催が決定した瞬間である。





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