君が望むストーリー⑩
シエルは病院を出て綴の家へと向かう。 正直地図も何も持っていなかったが、シエルの能力のためか何となく場所が分かった。 街行く人を見ながら一人思う。
―――みんな楽しそうに笑っている。
―――そりゃあそうだよね。
―――綴の大切な人が今大変な目に遭っているなんて、みんな知らないんだから。
―――僕の世界だって同じだ。
―――僕とクトリの存在を知らない人にとっては、今の生活が普通で幸せなのかもしれない。
―――だけど自分だけがこんなに悲しむなんて、何か許せなくて。
―――やるせなくて。
―――だから僕は、そんな未来を変えたいと思ってここへ来たんだ。
―――・・・そんな僕は卑怯だ。
―――誰も苦しい未来なんて変えられない。
―――まさに今の綴がそう。
―――誰かが綴の生きるストーリーを書いているなら、今すぐに書き直してほしいって頼むはずだ。
―――だけどそんなことはできない。
―――なのに僕は、綴に未来を変えるようお願いをして・・・。
―――・・・やっぱり僕は、酷い人間だ。
考えながら歩いているうちに、綴の家に辿り着いていた。
「・・・もう着いたんだ。 シューティングゲームでもしようかな。 でも今は、遊ぶ気分ではないや」
―――というより、このままこの世界にいても仕方がない。
―――もう僕は『未来を変えてほしい』だなんてお願いはしないから。
「じゃあ元の世界へ帰る? ・・・でも綴に何も言わずに帰るなんて、ただの薄情な奴だよな。 そもそもどうやってここへ来たんだろう?
“こんな未来は嫌だ、変えたい”って思っていたら、いつの間にかここにいたんだよね。 ・・・元の世界へ帰りたいって思ったら、帰れるのかな」
帰る方法は定かではないが、今は試さないことにした。 別れの言葉もなしに本当に帰ってしまったら困るからだ。 それに今は綴の大切な人が大変なことになっている。
―――彩未さんってどういう人なんだろう。
―――ストーリーを書く時、綴と同じ考え方をするのかな?
―――あ、彩未さんはイラストレーター志望だっけか。
暇潰しにと綴の本棚を漁る。 多くの絵が描いてある漫画を手に取ってパラパラと眺めてみた。
「わぁ、キャラクターの線が太くて迫力があるなぁ。 ・・・あ、こっちは線が細くて繊細だ」
適当に見ていると棚の端に大きなクリアケースが置いてあった。 興味本位で中身を見てみると、シエルは固まった。
―――・・・あれ、このイラストどこかで見たことがあるような・・・?
―――でもどこで?
そこであることに気付く。
―――ッ、もしかして!
シエルはクリアケースを持って家から飛び出し、走って綴のいる病院へと駆けた。 途中でフードが脱げてしまうが気にする余裕はない。
何かの撮影とでも思われたのか、携帯を向けられフラッシュを浴びせられるもそれも気にする余裕はなかった。 赤信号も気にせずとにかく走り続けた。
この世界のルールを知らないため仕方がないが、車に轢かれなかったのは運がよかっただけだろう。
「綴!」
病院へ着くなり声をかけると天那に怒られてしまう。
「シエルさん! しーッ」
確か図書館でも静かにしないといけなかったことを思い出し、声のトーンを落とした。
「ここも喋っては駄目だったりします・・・?」
「そういう決まりはないけど、一応病院では静かにね」
まだ綴は落ち込んでいるし、先程のランプは赤い色が点灯したままだ。
「綴!」
「・・・何だよ、戻ってきたのか。 彩未はまだ目覚めていないぞ」
「綴! これ!」
そう言って持ってきたクリアケースを見せる。 だが綴は顔を上げようともしない。
「うるさい、シエル。 今はお前に構う気力がないんだ」
シエルは無理矢理綴の顔を上げさせた。
「綴! これを見て! ねぇ、このイラストは一体誰が描いたの!? 僕にそっくりなんだけど!」
「ッ・・・」
綴はそれを見て目を見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます