君が望むストーリー⑦




「どうぞ」


シエルはキョロキョロとはしているが、意外にも大人しく座っていた。 綴もそれに倣い、天那が飲み物を用意する。


「わーい! いただきます! ・・・んっ! 口の中がパチパチする! 何これ!?」

「サイダーだよ」

「へぇ、面白いですね! 綴の家には苦いものしかないから」

「コーヒーしかなくて悪かったな」

「今度から僕用にも飲み物を買ってね!」


綴は家ではコーヒーとお茶くらいしか飲まない。 小説を書く時には、コーヒーを飲むのが集中力を保つための習慣になっている。


「それで、どういうことを話せばいいのかな?」

「あ! 天那さんは、幸せなストーリーしか書かないって綴から聞きました! でも綴によると、波乱万丈なストーリーの方が面白いみたいで・・・。 

 でも天那さんはあまり波がないストーリーを書くみたいだし、それはどうしてかなって」

「確かに私は幸せなことしか書かない。 ・・・ううん、幸せなことしか書けない、かな」


言いながら軽く目を伏せ、グラスを置いた。


「幸せなことしか書けない? どうしてですか?」

「嫌なことや苦しいこと、怖いことや辛いことは苦手だから」

「でも生きている間は、そういう経験しますよね・・・?」

「もちろん。 でもできれば、そういう経験はしたくないの。 だからせめて物語の中だけでも、幸せなことだけで埋め尽くしたいなと思って」

「ほぇぇ・・・」

「それに、人が苦しんでいたり辛くなっているところを見るのも苦手なの。 どうしても気分が悪くなってしまうから」


綴も人が苦しんだりしているところを見るのが好きなわけではない。 ただ現実と小説は別物だと区別しているだけ。 天那の考え方も理解できるし、ハッピーエンドももちろん好きな話だ。


「苦しいことを自分で体験するのも駄目だし、客観的に見るのも駄目、かぁ・・・。 確かに、それだったら不幸なストーリーは書けないですね」

「うん。 この世界は怖いからね」

「いいなぁ。 僕も天那さんが書いた物語の人だったらよかったのになぁー! 天那さんの物語の人は、幸せそうで羨ましい!」

「・・・」


綴に聞こえるように言ってから、目を輝かせ天那に顔を向けた。


「あ、そうだ! 天那さんの作品に、僕を出してもらうっていうことは可能ですか!?」

「え!? シエルさんを・・・?」


それには綴が口を挟む。 シエルと天那の間だけでその約束が取り付けられるのはよろしくない。


「できないことはないけど、思えば合作ってあまり見ないな」

「じゃあ可能性はあるっていうことだ!」


キラキラと目を輝かせているシエルに天那は尋ねかける。


「シエルさん、他はどんなことを聞きたい?」

「あ、他はねー・・・」


それから天那の小説への向き合い方などをシエルは聞いていた。 綴の作品に対してどう思うかもだ。


「ねぇ綴! 天那さんの話を聞いていたら、不幸しか書かない人の意見も聞いてみたくなった!」

「あー、直接向かう時間はないけど、電話なら聞けるかもな」


電話をかけたのは友人の白夜(ハクヤ)だ。 どうやら映画を見終わったところだったようで、賑やかな声が聞こえていた。 

余韻に浸っているところ悪いとは思ったが、綴は事情を説明しシエルと話せるようにスピーカーモードに変えた。


「どうして白夜さんは、不幸なストーリーしか書かないんですか?」

『不幸? ・・・あぁ、思えば確かに俺の作品は悪いことばかり起きているな。 自分では気が付かなかった。 どうしてだろう? 人生がつまらないからかな』

「人生がつまらない!?」

『あぁ、理由はそれだけだ。 幸せになっている人を見ても、ソイツの気持ちがよく分からない』

「気持ちが分からない・・・」 

『何がいいのか何が面白いのか、考えても答えは出てこない。 だから不幸なことしか書けないんだ』


白夜から話を聞き電話を終えた。 綴もあまり気にしたことはなかったが、確かに白夜はつまらなそうにしていることが多かった。


「何か、綴や天那さんとは違って凄く暗い人だったなぁ・・・」


そう呟くシエルに綴は言う。


「物語は書く人の性格によって、違うと思っているのか?」

「え、そうじゃないの?」

「あぁ、違うよ」


綴はもう一人の友達に電話をかけることにした。



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