君が望むストーリー③




シエルと二人で出かけることになったわけだが、デートまでにはまだかなりの時間がある。 あまり大っぴらにうろうろするのは気が引けたが、シエルは外に出た途端明らかにテンションを変えた。


「わぁー! 凄い凄い! 人が多い! 建物も高い! それに空気も美味しいー!」


まるで田舎者のように飛び跳ねるシエルに溜め息をつく。


―――ここは都会だから、空気が美味しいっていうことはないと思うけどな。


寧ろ空気は悪いといっていい。 家の中から開放的な空間に移動し、気分が高まっているのだろう。 シエルが動きフードが落ちそうだったため、再び深く被らせる。


「あまり大声は上げるなよ。 余計に目立つから」

「ねぇ綴! さっきから横を通っている、あの四角いモノは何?」

「ん? あぁ、車だよ。 移動手段の一つだ」

「へぇー! じゃあ、あのガラスがたくさん張ってあって中の様子が見える建物は?」

「あれは普通の飲食店だよ」

「じゃあじゃあ、向こうにあるあの高い建物は!?」

「俺もよく分からないけど、どこかの会社とかじゃないか?」


シエルと話していて綴は思う。


―――俺にとってはつまらないいつもの光景だけど、シエルは物凄く楽しんでいるじゃないか。

―――これで『僕が見た感じ、綴の日常はとても新鮮で刺激があった! だからつまらなくないよ!』とか言ってきたら流石に怒るからな。


シエルの泉のように湧き出る質問に答えながら歩き進んでいく。 いい加減それも面倒になり、綴は場所を移動しようと考えた。 大通りを抜け少し郊外へ向かうと目的地はある。


「あれ、綴どこへ行くの?」

「図書館だよ。 本がたくさんあるところ。 シエルの屋敷にもあるだろ」


行き付けの図書館があり、小説の資料集めによく使っている。 シエルの屋敷にあるのは図書館ではなく書庫であるためかなり違うが、本なら質問攻めに遭うこともないだろう。


「ここでは大きな声を出してはいけないんだ。 だから騒ぐなよ。 俺は向こうにいるから、自由に行動していいぞ。 シエルはこの世界の文字は読めるんだったよな?」

「うん! 綴が書いた僕のストーリーは、ちゃんと読めたからね!」


シエルと離れるのは不安だったが、ずっと保護者のように付きっ切りではいられない。 しばらく読みたい本を探そうと別れ、綴は数冊選んで席に着いた。 

シエルに目を向けると大人しく本棚を眺めていたため、分別はきちんとついているようだ。 持ってきた鞄の中からノートを取り出し本のページを開く。 

図書館に置かれている小説はほとんどが大人向けのものだが、今開いているのは少し趣が違う。


―――これって異世界ファンタジーだよな。

―――図書館にあるって珍しい。

―――異世界ものは専門用語がたくさんある。

―――だから俺が異世界ものを書くとしたら、専門用語を目立たせるために難しい言葉を使わない。

―――だけどこの作者は難しい言葉も入れて、ガッチリとした文章を書いているのかぁ・・・。


“そういう書き方もあるんだな”と学びつつノートにメモを取る。 すると目の前の席に、大量の本を持っているシエルがやってきた。


「ねぇ綴! これを見て!」


一番上にある本のページを見せるように開くと、それが昆虫図鑑だと分かった。


「うわ、キモ」

「気持ち悪くないよ! 可愛いじゃん! ねぇ、これって全て生き物なの?」


目を輝かせページを捲っている。 綴は昆虫に詳しくないし、あまり得意でないため小説で取り扱ったことがない。


「あぁ、そうだよ」

「大きい?」

「小さい。 どれも手の平サイズくらいなんじゃないか?」

「へぇー! 見てみたい! ねぇ、一緒に探しに行こうよ!」

「はぁ? 嫌だよ。 俺は昆虫になんて興味がない」

「じゃあいいよ。 ここで魔法を使って出すから」


一瞬何を言っているのか分からなかった。 だが先程見た自室での超常現象が思い出され、慌てて止めに入る。 既にシエルの手の平には光が集まっており、図書館中の注目を集めようとしていた。


「ッ、馬鹿野郎! 止めろ!」


だが明らかな怒鳴り声に、今度は係員から柔らかな注意の言葉が飛んだ。


「ここではお静かにお願いします」

「あ、すみません・・・」


綴が頭を下げるのを見てシエルも魔法を取り消した。


―――駄目だ、ここにはもういられない。


そうして足早に二人は移動することになる。 といっても行く先は特に決めておらず、シエルの『綴の日常を見たい』という言葉を思い出し、本屋を目指すことにした。 

行き付けの本屋はかなり大きなところで、本だけでなくアニメグッズコーナーがある。 そこで様々な本を読み、設定やストーリーの展開などの参考にしていた。 

シエルからしてみれば自分と似た格好のキャラクターが目に留まるだろうと思ったのだが、あまり興味を示すこともなく『昆虫探しに行きたい!』とうるさいため、仕方なく公園へと移動することにした。



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