第23話 魔導車に乗って 4
朝食を済まして出発するときに俺は2番目の魔導車に乗るように言われた。朝食は塩漬けの肉と硬いビスケット、それにこれだけは有りがたい暖かい茶だった。商隊が用意したものだ。くそまずかったが輸送機から持ってきた保存食を食べるのも目立つだろう。だが良くこんな不味い物を食いながら長期の移動ができるものだ、俺は少し感心した。
2番目の魔導車はこの商隊の主力車だ。乗り込むと商隊のオーナーであるカラズミドのプライベートスペースに来るように言われた。あきれたことに、空間が貴重であるはずの商隊の魔導車の中にプライベートスペースを持っているのだ、カラズミドは。もっともそのスペースにはベッド兼用のソファと、書類が山積みになっている小さな机しかなかった。狭い空間に無理矢理置いたような折りたたみ椅子があり、俺はそこに腰掛けた。机に向かって書類を整理していたカラズミドが身体をアヤトの方に向けた。
「よく眠れましたかな?」
世間話をするようにカラズミドが切り出した。
「ええ、まあ。一晩中気を張っていなければならないわけではありませんでしたから」
カラズミドがちょっと吃驚したような顔になった。
「ほう、昨日は言葉が少し不自由なのかと思いましたが……」
ああ、一晩でアリスからかなりの語彙を刷り込まれたからな。たった3日でほぼここの言語を解析し終わったアリスに入っている言語(暗号)解析ソフトも大したものだ。とても初級のソフトとは思えない。これが初級の言語解析ソフトの性能+αであることにその時俺は気づかなかった。
「まあ、……なんとなく」
曖昧にごまかしたかったから、それ以上は追求してこなくて助かった。
「今朝はうるさかったでしょう、申し訳ありませんでしたな」
「あっ、いや」
「なにせオオカマキリの死骸が見つかったもので、それも色変わりで黒に近い焦げ茶でしたから。素材をはぐのに大わらわになってしまって、騒がしくしてしまって申し訳ありませんでしたな」
「いや、気づかずにぐっすりでしたから」
「色変わりのオオカマキリの鎌や羽はなにしろ、風の魔法の良い触媒になりますからな。商人としては見逃すわけにはいかないのですよ」
「はあ」
「で、素材は取れたのですが、実は魔結晶がなかったのですな。3匹とも」
「はあ」
俺は芸の無い返事を繰り返した。
「如何でしょう。1個、金貨5枚で売って頂けませんか?」
「えっ?」
「いや、アヤト様があのオオカマキリ共を始末したとしか考えられないのですよ。私はこれでも昔は傭兵をやっておりましてな。傭っている連中の腕くらい分かります。あの連中では夜中に、気づかれずに、3匹もの色変わりのオオカマキリを始末するなんて出来ませんからな」
「あそこで寿命でも尽きたんじゃないかな」
「3匹が同時にですか?まあ富くじの1等に3回続けて当たるくらい有り得ませんな。それにそれでは魔結晶がなかったことが説明できませんからな」
『金貨5枚って、ここではどれくらいの価値があるんだ?』
いろいろ情報を集めているらしいアリスに俺は訊いてみた。
『護衛に付いている9人の傭兵、ひとまとめで15日間拘束で、金貨75枚だよ。リーゾナブルじゃないかな』
アリスはその気になると100m先の会話でも聞き取れる。野営地の中でのいろんな話を聞き集めていた。ひょっとしたら雇い主のカラズミドより、傭兵達の内情について詳しいかもしれない。
「お気が進みませんか?素材込みで6枚でいかがです?アヤト様は凄腕の魔物ハンターのようですから、これからもおつきあい願いたいと思っているのですよ。決して損な取引じゃ無いと思いますがね」
「わかりました。1個、素材込みで金貨6枚、それで結構です」
商隊の連中が剥いだ素材も俺の所有だったと認めてくれたわけだ。良心的と言っていい。
俺は背嚢からオオカマキリの魔結晶3個を取り出した。実を言うと、これをカラズミドに譲っても、同程度以上の魔結晶なら、自分で仕留めたものやテディの背嚢に入っていたものがまだ20個くらいはある。
カラズミドは俺から魔結晶を受け取って真剣な目で見つめながら、
「これが黒のオオカマキリのものなら、倍、漆黒のものなら3倍出しても良いと思っております。ぜひアヤト様には頑張って頂きたいものですな」
オオカマキリの変異種は上位になるほど色が濃くなる。その分希少になり、漆黒なんてものになったら俺でさえ、まだ1匹しか遭遇したことがない。そいつの魔結晶はヴォルバーサ社が1万クレジットで買ってくれた。それでもクランの長は買いたたかれたと零していた。
俺にとって、この世界で稼げる目処が付いた。以前と同じように魔物狩りをしていれば飯が食える。これは有り難い発見だった。売り先もこの目の前の男で良さそうだ。抜け目はないがずるはしなさそうだ。
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