第18話 乱闘

 街道を近づいてくる車が見えたとき俺は思わず声を出した。


「えっ?」


 意外だった。ここで使われているのは馬車の類だと思っていたのが、自動車だったのだ。馬が引いているわけでもないのに動いている。12mくらいの長い車台の上にぴんと張った幌が付いている。幌の天辺までが4m、車の幅は3mくらいだろうか。あの道幅じゃすれ違うときに苦労するだろう。車輪は四輪で、ゴムみたいな物で輪っかの部分が覆われている。一番前に操縦者だろう、男がスティックを握って乗っている。車は3台連なっていて、かなりのスピード――時速20kmくらい――が出ている。舗装もされてない道でサスペンションも悪そうだ、あのくらいが限度だろう。


「アヤト、あれ、魔力で動いている」


「やはりそうなのか」


「うん、後方の車軸に回転の魔方陣が描かれている。それが運転者の魔力で制御されてスピードを調節してるみたい。あのスティックが操縦装置だね、流し込む魔力の量と方向を決めている」


 へえ~、山賊達の武器や服、それに日用品などを見てかなり文明としては遅れているのかと思っていたが、そうでもないようだ。魔力制御の車なんてモネタにもなかった。この世界は魔力の大小はあっても誰でも魔法の使える世界らしい。魔力制御の車が使われているのもそれが理由だろう。


 埃を巻き上げながら車が近づいてくる。山賊の1人が岩の上によじ登って立ち上がった。フードを被っている奴だ。杖を持った右手を頭上に差し上げた。そのまま杖を立てる。杖の上に直径1mほどの火の玉が浮いた。男が杖を振り下ろすと火の玉が先頭を走っている車めがけて奔った。


「へえ~、面白いことをするじゃないか」


 俺の感想だった。しかし火の玉の密度が薄いし、スピードも遅い。特殊兵のレベルよりかなり落ちる。先頭の車は火の玉を避けようとして右に逸れ、道からはみ出て止まった。魔法使いは続けて2台目の車にも火の玉を投げた。2台目の車が脱輪した車を避けきれず、さらに火の玉を投げられて慌ててブレーキ(?)をかけた。3台目も前をふさがれて止まってしまった。止まった車の幌の中からバラバラと男達が飛び降りてくる。魔法使いが3発目、4発目を撃つ。商隊キャラバンにいた魔法使いがそれに同じような火の玉をぶつけて散らした。岩陰や窪地に隠れていた山賊達が出てきてチャンバラが始まった。


 俺は丘をもう少し降りて道から50mほど離れた大きな岩の上に座って見物することにした。山賊が19人、3台の車から出てきた護衛が9人、いや少し遅れて2台目の車から男が出てきたから10人か。遅れて出てきた男はひげに白いものが混じっている。すこし年が行っているようだ。山賊のうち最初に魔法でファイアーボールを撃った魔法使いは魔力を使い果たしたようで、地面にへばって座り込んでいるから戦力になってない。18人対10人で山賊の方が倍近いのに拮抗しているのは護衛が強いのか、山賊が弱いのか、俺にはどちらも違うような気がした。だって、剣も槍も振り回しているスピードはたいしたことはないし、身体の捌きもぶきっちょだ、両方とも。ああ、2人だけ護衛側にまともなのが居た。後から出てきた男ともう1人だ。そいつらのおかげで人数が違うのに拮抗しているのかな。山賊側でまあまあの身体の動きを見せているのは、俺がボスだろうと見当を付けた少しはましな装備をした男だけだった。だけどどちらの側もチャンバラに夢中で、全身をさらして見物している俺に気づきもしない。周囲への注意力が散漫だ。


「アヤト、介入しないの?これ善悪がわかりやすくて介入に迷う必要がないって言う、滅多にないおいしい状況だよ。その上弱っちーし、3人ほどちょっとましなのがいるけど」


 悪魔アリスが耳元でささやく。確かにそうだが、両方とも見ていられないほどぶきっちょなのだ、護衛側の2人と山賊側の1人を除いて。そこへ俺が出て行くのは反則ではないだろうかと、躊躇っていた。

 それでも技倆がたいしたことのないもの同士で戦う場合、時間が経つと数の多い方が有利になる。護衛側のまともな2人のうちの1人――ひげに白いものが混じり始めている方だ――が山賊の首領と打ち合い、もう一人が4人ほどの山賊を引き受けているが、それでも人数差を埋めることは難しい。がきんがきんと刃物を打ち合ううちに、どちらも3~4人くらいが負傷で戦力外になった。そうなると数の多い方はますます有利になる。護衛側が押され始めた。山賊の首領と戦っている白髪ひげが大声で叱咤する。どうもこいつが商隊のボスのようだ。


「ほらほら、ここで助太刀すると商隊から感謝されるよ。お礼ももらえるかもしれないし、なんと言ってもこの世界の人間とコネができるよ」


 アリスが俺の耳元で唆す。


「仕方が無いか」


 俺はため息をつきながら、50mを一気に飛んでチャンバラしているまっただ中に飛び降りた。飛び降りついでに手近にいた山賊を3人ほど蹴り飛ばした。





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