第702話 種族


「これは……転移?」


『光フィールド展開!』


 ヴェネトールと一緒に、ジャガーマウンテンに仕掛けてあった転移結界でバトルフィールドへと飛んだ二人。

 転移した後すぐにヴェネトールから距離を取った北条は、仕掛けてあった二種類のフィールド系魔法装置の内、転移妨害ではなく光属性のフィールドを展開する方を起動させる。


「……一体どういう事かな?」


 転移直前に、魔法陣が発動していた事にヴェネトールは気づいていた。

 そして転移先にこれまた悪魔対策と思われる、光の領域を展開する魔法装置。

 明らかに狙い撃ったとしか思えない対応に、ヴェネトールは眉間にシワを寄せる。


 目の前にいる人間の男は、恐らくゴドウィンを倒している。

 しかし、ゴドウィンの死体はあの山に放置されていたので、戦闘はあの山で行われたものだ。

 激しい戦闘の後も残っていた。


「ゴドウィンだって、君たち人間からしたらよっぽど脅威な悪魔のハズ。なのに、そこでこの罠を使用せず、ボクのために取っておいた。……あの場にボクが現れるのを知っていたのかな? それにさっきボクが使ったのは即死魔法なんだけど、どうして君はピンピンしてられるの?」


「ハッ、随分と饒舌になったじゃあねえかぁ。お前達悪魔は世界各地で暗躍してるみてぇだがぁ、脆弱な人間の罠に嵌められるのはどういう気分だぁ?」


「……もしかして君は神人族の生き残り……いや、流石にそれはないか。となると、上位人族だったりする?」


 質問の答えにはなっていないが、ヴェネトールとしては段々と目の前の男の歪さに気付き始めていた。

 それ故の疑問に対しての疑問での返しだったが、それに対し北条はやれやれといった様子で答える。


「お前もかよ。上位人族というのは初耳だがぁ、ミリアルドの奴も神人族がどーの言ってやがったなぁ」


「ミリアルド? ……そうか、あのすっとこどっこいの手先か」


 北条がミリアルドの名を出すと、これまで感情を見せなかったヴェネトールに、微かに感情の色が浮かんでくる。

 その反応から、やはり天使と悪魔は敵対関係にあるのか? と北条が思っていると、その場に新たな人物が姿を現す。


「ニャー。確かにホージョーはちょっとおかしいけど、種族はただの人族ニャ」


「君は……」


 喋りが特徴的すぎる為、姿を見なくとも北条にはその人物が誰なのか分かった。

 というより、人が寄り付かない《ステプティカル高地》に設置したバトルフィールドにノーチラスを連れてきたのは北条自身なので、知っていて当然である。

 それなりに場所が広いので、駆けつけてくるのに少し時間がかかってはいたようだが。


「君こそはまごうことなき始祖獣人族のノーチラスだね。会うのは初めてだけど、は耳にしてるよ」


「ニャ"ア"ア"ア"ア"……。悪魔に名を知られるのは御免だニャァ」


 ヴェネトールは新たな乱入者に早速"鑑定"を使用していた。

 今度は北条の時と違い、あっさり"鑑定"によって情報を引き出す事に成功する。


 一方ノーチラスの方も、挨拶を交わすかのように"鑑定"を仕掛けている。

 そして、自分の事が悪魔の間で噂されてると知って、猫がフレーメン反応の時に見せる顔をしているノーチラス。


「それで……、君もそこの男と一緒にボクに歯向かうつもり?」


「そうニャ」


「確かにボクは余り戦闘が得意ではない中位悪魔だけどさ。〈魔導外装〉もなしに、"悪魔結界"をどうするつもり?」


「そこニャ! さあ、ホージョー! オレの分も一緒に〈魔導外装〉を出すニャ!」


「えっ?」


「えっ?」


「ニャッ?」



「……………………」



 いつ戦が始まってもおかしくない場面なのに、なんとも言えない間の抜けた沈黙の時間が流れる。


「ちょっ!! ホージョーは暗黒大陸で活動してたんだよな? なら〈魔導外装〉の一つや二つ、発見しててもおかしくないだろ!? オレを誘った時にあんなに自信あり気だったから、てっきり確保してあるのかと……」


「いや、そう言われてもなぁ……。大体〈魔導外装〉ってなんだよ? ここに来ていきなりそんな新ワード出されても困るぞぉ」


 北条は「おぼえる まどうがいそう」をした後、ノーチラスに「たずねる まどうがいそう」を返す。

 するとキーワードが合致したのか、ノーチラスはすらすら答えを返していく。


「〈魔導外装〉は、当初は対悪魔用に開発されたものだ。とにかく物量で"悪魔結界"をぶち破ろうってコンセプトで、疑似悪魔結界や魔導誘導弾などの各種兵装をガン積みして、悪魔へと対抗していたのだ!」


「へぇ、ふーん……、そうなんだぁ。ところでノーチラス。語尾はどうしたぁ?」


「今はそんな状況じゃないッッ……ニャ」


「君たち、ボクを前にして随分と悠長なものだね」


 そうは言ってるヴェネトールだが、この間に戦闘を仕掛けるでもなく少し呆れた様子で二人のやり取りを見ている。

 どこか締まらない雰囲気になってしまったが、ノーチラスの方はそれどころではないと言った様子で北条に詰め寄る。


「ホージョーが暗黒大陸で試してるとか言うから、てっきり〈魔導外装〉の事かと思ってたニャ。"悪魔結界"はどーするニャ!?」


「それはボクも気になる所だねえ。なんせ、ここまで用意周到に場を用意したんだ。何か考えがあるんだろう?」


「ああ、勿論だ」


 そう言って北条はつかつかとヴェネトールに近寄っていく。

 相変わらず"悪魔結界"が破られるなどとは思っていないようで、近づいてくる北条にまったく警戒していない。


「それで? そこからどうするんだい?」


「こうする」


 このの抜けた雰囲気に乗っかる事に決めた北条は、しっかりと態勢を整えて空手の正拳突きのような構えを取る。

 そして……、



「エイシャコラアアァァァァッッ!」



 と、そのまま正拳突きを放つ。

 それは闘技スキルでもなんでもない、ただの正拳突きであったが、北条はユニークスキル"種族模倣"によって、天使の種族特性をその身に宿している。


 本来であれば、悪魔なら天使を前にすれば相手が天使である事に気付く。

 しかし北条は、豊富なスキルで気配を消したり誤魔化したりしている。

 そのせいで、ヴェネトールは北条の持つ天使の特性に気づいていない。

 その事は、直前の種族の会話で分かっていたので、北条としては流れにのって最高の一撃を見舞う事が出来た。


「な、なななッ!?」


 ここに来て初めてヴェネトールが大きな動揺を見せる。

 天使の種族特性を得ている北条の拳には、神属性が乗っていた。

 一撃で"悪魔結界"を「パッリーーンッ!」する事は出来なかったが、それなりに結界の耐久を削った感覚を北条は得ていた。

 ゴドウィン戦でも明らかになっていたが、無敵に思える"悪魔結界"にも耐久度というものが設定されているらしい。

 であれば、当然ながら限界以上のダメージを与えると砕く事も出来るのだ。


「エエエイイシャ……」


「わ、わああぁ!!」


 続けて二撃目をぶち込もうとする北条だったが、慌ててヴェネトールは空を飛んで躱す。


「ちっ、逃げられたかぁ!」


「うわ、何ニャ今の!? 凄そうだったニャ!」


「うむ! "悪魔結界"や悪魔にはかなり有効とされる神属性による一撃だぁ」


「ニャニャニャ! 生身で『七聖神装具』みたいニャ事出来るニャんて、凄いニャ!」


「それなりに消耗が激しいので連発は出来んがなぁ」


「凄いニャ、凄いニャ! これなら行けるニャ!」


「おいおい、油断はするなよぉ」

 

 最大の問題である"悪魔結界"がどうにかなりそうだと知って、浮かれるノーチラス。

 そこへ空へと逃げたヴェネトールが、今度は北条にではなくノーチラスに対して即死魔法を使用してくる。


「――ここに顕現せよ。【デス】」


「ニャ"ぁ"ぁ"!!」


 北条と話していたノーチラスに即死魔法を振りかけるヴェネトール。

 しかしノーチラスも"即死耐性"を持っていたため、効果は発動しないまま終わった。


「うーー、背筋がゾクゾクしたニャ……」


 実は数だけで言えば、ノーチラスはヴェネトールより断然スキル数が多い。

 そのため、ヴェネトールも"鑑定"は使用したものの、細部までノーチラスのスキルを精査する事が出来ていなかった。


「気を付けろよぉ? アイツは即死魔法も使ってくるし、状態異常系やバフデバフを得意としている」


「ちょっと浮かれてたニャ。それより、早くアイツの"悪魔結界"を割るニャ」


「おう」


 ノーチラスへと心強く返事をした北条は、再び魔法の発動を始めているヴェネトールへと向けて、神の一撃を叩きこむために攻撃を開始した。

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