第12話 癇癪


 北条のその声の意味を理解する前に、信也は突如走り寄ってきた北条に吹き飛ばされる。

 床に尻もちをついた信也は何事かと北条を見やる。

 

「こんなんでも被っていて良かったなぁ」


 そう言いながら、頭に被っていた昔ながらの麦わら帽子にへばりついていた青ゼリーに触れて、赤い光で蹴散らす北条。


「和泉ぃ、こいつらは壁や天井に張り付いて襲って来るようだぁ。その光球で周囲をよーく照らしてはくれないかぁ?」


 はっとした表情の信也は、言われるままに光球を操作する。

 すると天井部に三匹、龍之介が剣を振っていた壁付近に二匹の青ゼリーを発見した。

 様子を見る為近くに集まっていた後衛は、敵の位置を確認すると、さっそく魔法を放ち始める。

 北条も比較的近くにいた、壁にはりついた青ゼリーを再び"ライフドレイン"で仕留めていく。

 蝙蝠やネズミと違い、魔法一発で沈むので全滅させるのにそう時間はかからなかった。


「今ので終わりね!」


 直に青ゼリーに触れた龍之介の様子を見てしまった為に、前衛でも殴り専門の由里香は手を出せずに芽衣の傍で推移を見守っていた。

 最後に【雷の矢】で止めを刺したのを見た由里香は、そう言いながら芽衣とハイタッチをしていた。


「っくぅ…………」


 一方まともに青ゼリーに張り付かれていた龍之介は、軽く呻きながら頭を掻きむしっている。

 既にメアリーの"回復魔法"によってやけど跡すら残らず回復してはいたが、精神的に立ち直るには今少し時間が必要そうだ。




「すまんがぁ、この手の治療を頼めるか?」


 一方北条は咲良に"神聖魔法"による治癒を頼んでいた。

 "ライフドレイン"は自身のダメージを回復させる効果もあるが、使用時に進行形で攻撃された傷に関しては、もう一度使用しないと治せない。

 結果として自爆覚悟での"ライフドレイン"発動では、最後にケガを負った状態で戦闘が終わってしまう。


「あ、はい! 分かりました」


 咲良の【キュア】による光が辺りを照らす。

 【癒しの光】でも名前の通り光が発せられるが、"神聖魔法"の【キュア】の方が妙に光量が強い。

 逆の手で軽く光を遮っていた北条は、治癒を確認すると礼を述べる。


「ありがとぅ、助かるぞぉ」


「いえ、北条さんが適切に指示をしてくれて、こちらも助かりましたので……」


「そうだな。あの指示には助かったよ。吹き飛ばされた時は一体何なんだって思ったけどな」


 二人の元に近寄ってきた信也が会話に加わる。


「別に……たまたまだぁ。最近では、スライムといったらあの有名RPGの敵キャラとして知られているが、それとは違うああいったゲル状の奴がいる。ってのが元々知識にあったからなぁ」


 そう答えた北条は、倒した相手のドロップアイテムを拾い始める。

 明確に決められた訳ではないが、何となくの流れで魔物を倒した後に出現したものは、その魔物を倒した人が獲得するようになっていた。

 全て広い集めた北条は、癖なのか腰元辺りで腕を組み、辺りを見回していた。


 これまでの戦闘では大きなケガを負う事もなく進んできた一行だったが、今回の戦闘は少し衝撃的だったようだ。

 ダメージとしてはすぐに回復できた程度ではあるが、酸のようなものに焼かれて苦しんでいる龍之介の姿は、中々に衝撃が強かった。


「ちょっと! いつまでこんな事を続ければいいのよ!」


 ついに堪えきれなくなったのか、長井が今までの鬱憤を晴らすかのように叫ぶ。


「だいたい道は合ってるの!? 出口に向かってるって確信はあるの!?」


 そのヒステリックな長井の様子に、そーっと傍を離れていく陽子。

 その後もキーキーと喚く長井に対し冷たい視線が注がれるが、火のついた様子の長井は一向に止まる気配がない。


「おばさんは黙ってろよ」


 そんな長井に吐き捨てるように告げたのは、ダウン状態から立ち直った龍之介だった。


「おば、おば、おばさんんんんんっっ!」


 先ほどまでの状態がMAXかと思われたが、龍之介の言葉によって限界突破の怒り頂点なり、といった風情に様変わりする長井。

 興奮しすぎて声も出ない様子となった長井に、気にせず龍之介は追い打ちをかけるかの如く続ける。


「そこにいる小学生の子だって泣き言も言わず、さっきも魔法でスライムを倒してた。それなのに何もしてないアンタがぴーぴーみっともなく喚き散らすなよ。この状況が気に入らねーんなら、さっさとこの場から立ち去ればいいだろ。ま、どうせあんたじゃあ周りに頼るしかできねーだろうけどな」


 何時になく、ぐうの音も出ない正論を吐く龍之介に、ねめつけるような視線を送る長井。

 両者はそのままにらみ合いを続けていたが、不本意な様子を隠すつもりもなく仕方ないといった様子で信也が止めに入る。


「二人ともそこまでだ。こんな所で無駄に時間やエネルギーを使うべきではない。龍之介、言ってる事はわかるが少しはオブラートに包んだ方が良い。長井さん。アンタも戦闘向けスキルが云々以前に、アンタがいるだけで場の空気が乱れ、結束がおぼつかなくなる。龍之介の言い分ではないが、今後も態度を改めないようなら、決を採って何らかの対処をしなくてはならないだろう」


 その信也の言葉に、龍之介へと向けられていたねめつくような視線は、今度は信也へと向けられる。

 その妄執じみた視線に一瞬呆けたかのよう様子を見せた信也だったが、すぐに我を取り戻すと真正面からその視線を受け止める。

 しばし沈黙が場を支配したが、ふいっと視線をそらした長井は、


「……分かったわよ。どうせ私は無能なんで後は大人しくするわ」


 と一ミクロンも心に思ってないような事を口にした。

 ただ矛を収める気はあるようで、先ほどこっそり移動していた陽子の元へと歩き始める。

 その様子を見た陽子は、あからさまにまた別の場所に移動するのも後ろめたかったのか、レモンを丸齧りしたかのような表情のまま固まっていた。

 そんな陽子にご愁傷様と思いながら、


「それで皆、移動再開の準備はいいか?」


 そう呼びかけながら皆を見回す信也だったが、ふと思い立ったように、


「あー、そうだ。この世界がどうなってるのかは分からないが、俺たちの感覚的には今は夕方位の時刻だろう。これより後二時間ほど探索したら、今日はそこで休息にしようと思う」


 あと二時間の探索があるとはいえ、一先ず今日の探索の終着点を示すことで、この駄々下がり状態の士気を少しでも上げようと試みる信也。

 一行の様子を見るに、余り効果はなかったようだが特に反対の声が上がることはなかった。


「それと、これからは俺が【ライティング】の魔法で少し明るめに周囲を照らす。前衛は勿論、後衛組も壁や天井には注意を払いながら移動してくれ。もしスライムを発見したら報告するように」


 そう言いながら信也は自身の持つ短杖の先と、北条の被っている麦わら帽子の天辺部分。最後にメアリーの持つ短杖にも【ライティング】を使用すると、周囲が一気に明るくなった。


 それからの探索行は、相も変わらず定期的に襲ってくるモンスターを撃退しては、同じ道をぐるりと回り、地図を片っ端から埋める。

 そんな単調な作業が続く。

 最初あれだけ皆のテンションを下げたスライムも、対処方法さえ分かれば最早脅威ではなかった。


 魔法使い各人のMPの方も、今の所だるさなどを訴える者もいない。

 緊張感はピーク時より薄れてはいるが、信也が時折話題を振ったりして適度な状態を上手く保っていたといえるだろう。


 そんな彼らの前に再び「何者か」が近寄っていく。

 その接近にいち早く気付いたのは、またしても北条だった。


「この少し先の分岐を右に曲がった道の方から、何か物音がするぞぉ」


 既にネズミや蝙蝠を発見したからといって、大げさに騒ぐような事はなくなっていたというのに、その北条の声は軽い緊迫感が感じられた。

 思わず前を歩いていた前衛の三人は北条の方へと振り返る。


「……音は恐らく二足歩行の生物のものだぁ。それが複数……七体か八体」


 その北条の発言で、即座にその言葉の意味に気付いた信也達は、自然と足並み揃えてその場に止まり、通路の先を凝視するのであった。




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