第11話 油断大敵


 隊列を整え粛々と歩みを進める一行。

 珍しい事にあの騒がしい龍之介も大人しく歩いており、足音と蝙蝠の羽ばたく音だけが響いている。

 十分か、十五分ほど歩いた頃だろうか。二つほどT字路を通り過ぎていた一行の間に、


「あっ……」


 と小さな声が聞こえてきたかと思うと、先頭と後方にいた二匹の蝙蝠の姿が、薄っすらと消えていく姿が眼に移った。

 魔物を倒した時のような、光の粒子状になっていくのとは違い、十秒ほどかけながらゆっくりと透明になって薄れて消えていく。


「これは……」


 蝙蝠の消えていく様子を見つめていた信也が思わずそう呟くと、近くを歩いていた北条が声をかけてきた。


「時間制限って奴かぁ? おおよそだが、召喚してから三十分ってとこかぁ」


 現状では時計を持つものが誰もいない為、正確な時間まではわからないが、確かに信也の感覚でもその位だったなという認識だ。

 二人が話していると後ろを歩いていた芽衣が近寄ってくる。


「あの~~、仰る通り時間制限で消えたっぽいんですけどぉ~。もう一回召喚しますかぁ~?」


 二人の会話が聞こえていた芽衣が信也に尋ねる。

 少し考えた信也は、


「MPの方はどうなんだ? 余り負担になりそうなら召喚無しでもいいと思うが……」


「えっとぉ……。そうですねぇ。このペースで毎回召喚してたら、【雷の矢】を撃つのが厳しくなりそうです~」


「それなら召喚はなしでいこう」


 芽衣にそう告げると、信也は少し大きな声で最後尾にも届くように声を張り上げる。


「蝙蝠召喚はコストがかかるので中止にする!」


 返事は特に返ってはこなかったが、踵を返すと再びすたすたと歩き始める信也。

 そして、更にそれから十数分が経過した時だった。


「何かが近寄ってくる音がする」


 と北条が警戒の声を発した。

 すぐさま戦闘モードに移行した前衛の四人だったが、北条以外の三人の耳には洞窟の環境音しか聞こえてこない。


「明りを飛ばす。【ライティング】」


 信也の光魔法により光の球体が発生した。

 指定した物の一部分を光らせるより燃費は少し悪いが、先を照らすのにはこちらの方が都合がいい。

 信也の意図するままに光球は通路を進んで行く。

 すると数十メートルほど先に何か蠢く影がちらっと見えた。

 蝙蝠の時も同様だったが、その"何か"は真っ先に獲物である彼らの元へと向かっているようだ。


「見えたっ! あれはネズミか!?」


 接近してきて姿が薄っすら見えるようになってきた相手の姿を確認し、龍之介が声を上げる。


「そのようだな。大きさは蝙蝠と同様に普通のネズミよりは大きいようだが、数は少ない。油断は禁物だが何とかなりそうだ」


 そう言うやいなや、信也は【光弾】の魔法を撃ち放つ。

 移動時は少し後ろを歩いていた三人の魔法使いも、戦闘態勢に入ってからは前線に移動しており【雷の矢】【水弾】【闇弾】を一斉に放った。


 【雷の矢】は信也の放った【光球】が命中したネズミへと突き刺さり、二発の魔法が致命的となったのか動きが止まり、やがて光の粒子へと変わっていく。

 【水弾】は狙いが甘く、ネズミには当たらず壁を濡らす結果となった。

 【闇弾】は見事命中し、死んではいないがダメージを与える事には成功。残るネズミが四匹となった所で、魔法組は後ろへと後退。


「さーて、俺様の出番かっ!」


 意気揚々と最寄りのネズミへと近寄っていく龍之介。

 他の面々も一匹ずつ受け持つ形で各々の敵へと向かう。

 ネズミは五十センチ程と一般的なイメージのネズミよりは大きいが、先ほどの飛び回る蝙蝠よりは与し易そうだ。


「てぇいっ!」


「オラオラァッ!」


 実際四人はさして苦戦するでもなく四匹の鼠を倒した。

 また前衛が戦闘中に、こっそりと背後にいた石田が放った【闇弾】が、先ほど一発目を喰らって重傷だったネズミに命中して仕留めていた。


 戦闘が終了し、ネズミのドロップ品を回収した結果、魔石六個と毛皮が一つだった。

 未処理の毛皮ではあるが、通常動物からはぎ取った際に付着するである脂身や血などは全くついておらず、鞣さないで利用するだけならばそのまま使えそうな状態だった。

 もっとも毛皮の大きさは、五十センチもある大ネズミの表面積からすると小さく、少し小さいハンカチほどの大きさだ。

 何かに利用するならもう少し数が必要だろう。


「回収も終わったし、行こうか」


 その信也の声に幾人かは表情をしかめながらも従い、再び探索へと戻る。

 その後も数回モンスターに襲われつつも、一時間以上もの間ほの暗い洞窟内を進む。


 龍之介は十分ほど前の戦闘以降は、上機嫌な様子で浮かれた様子で歩いていた。

 だが他の面子はいつまで続くか分からないこの状態と、さんざん移動した挙句に以前通った所に戻ってきたり、などという事もあって一様に表情は明るくない。


「いやぁ、俺の"剣神の加護"がようやく仕事し始めてきたぜぇ」


 などと言いながら、時折敵もいないのに剣を抜き、素振りをする龍之介。

 そのご機嫌な理由は先ほどの戦闘によるものだった。

 それまでは剣を振るのもヨレヨレだったのだが、戦闘途中から急に動きが変わりはじめ、今までは重そうに扱っていた剣も手足のように扱えている。


 最も、一流の剣豪などとは程遠く、あくまで基本的な剣の扱いがかろうじて出来るようになった程度で、信也のそれと比べてもほぼ同程度だろう。


「む、そこだっ! なーーんてねっ」


 今も龍之介は気取った口調で剣を抜き放って横に払っていた。

 壁に叩きつける形になった剣を鞘に戻そうとした龍之介は、さっきよりも若干剣が重い事に気付いた。


「ん? なんだ?」


 見れば刀身に何やら青いものがへばりついている。

 ぶんぶん振り回してはがそうとするも、そう簡単に取れそうにない。


「っち、なんだこれは。なんか微妙に重いし振り回してもとr…………。ぎぃやああああ!」


 突如悲鳴を上げた龍之介に、近くにいた前衛組が振り返る。

 すると、そこには頭部に青いゼリー状の物体が張り付いている龍之介の姿があった。

 張り付いた頭部からはかすかに白煙が立ち上っており、龍之介は必死に張り付いた青ゼリーをはがそうとしている。

 半透明なので若干透けて先が見えるのだが、青ゼリーの張り付いた部分は焼けただれているようで、唐突な出来事というのも相まってかなりインパクトが強い。


 必死にはがそうとする龍之介の手も、ゆっくりと焼けただれているようで、そちらからも白煙が立ち上り始める。

 しかし頭部を襲われる恐怖によって混乱した状態の龍之介は、手の事は気にもせずに強引に頭部から青ゼリーを引きはがすのに成功した。


「大丈夫ですかっ!?」


 慌ててメアリーが駆け寄り【癒しの光】を龍之介にかける。

 効果はすぐに発揮され、焼けただれていた頭部も両手も、跡すら残さずに治癒された。

 同時に信也が地面に払い落された青ゼリーに対して剣を突き立てるが、青ゼリーは気にする素振りも見せず、逆に剣に張り付こうとしてくる。

 慌てて剣を引き離す事に成功した信也に、


「そいつは恐らくスライムの一種だろぅ。お決まりのパターンでは、体内にある核を潰せば倒せるはずだぁ」


 という北条の声が耳に届いた。

 しかし地面付近は蒼い光を発していない為に若干暗くて見えにくい。即座に【ライティング】で光球を作り出し、足元を照らす信也。

 明りに照らされる青いゼリーは粘着質な体をしており、とてもではないがデザートのゼリーのように食べたいとは思えない見た目だ。


 信也は目を皿のようにして注意深く見ると、確かに一か所うっすらと灰色に見える球体が体内に収まっているのが確認できた。

 すぐさまその核と思わしく箇所に向けて剣を突き刺した信也は、核を割った感触を受けて剣を引き戻す。

 するとゼリー状とはいえ纏まって動いていたソイツは、形を崩して重力に導かれるまま、潰れたカエルのようになった。やがて、光の粒子となって消えた場所には魔石が残されていた。


 一方その頃、龍之介が振っていた剣にはりついていたもう一匹の青ゼリーは、北条が手づかみにしたかと思うと、何時もの赤い光でさくっと止めを刺していた。

 それを見た信也はようやく緊張が解けた様子で、北条へと近寄っていく。


「助言助かる! 咄嗟の事でどう行動していいのかわからなかった所だ。ありがとう」


 そう感謝の言葉を述べながら歩いてくる信也に対し、まだ警戒を緩めていない北条が告げる。


「いや、まだだぁ!」


 その北条の声には、まだ危機は去っていないのだと思わせる、張りつめた空気感が伴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る