第7話 オッサンの豆知識
「なるほど、地図か……」
確かに現在地も不明な現状では的を射た意見だろう。
都合よく魔法の袋の中には紙と筆記用具まであったのだ。
信也は早速袋からそれらのアイテムを取り出そうとしたが、その様子を見た楓が慌てたように話しだした。
「あ、あのっ……。わ、私が言った事なので、地図を描くのは私がやりますっ」
「ん、そうか? ならそちらはお願いしようか」
信也の返事を確認した楓は自らの魔法の袋から筆記用具と羊皮紙を取り出す。
そしておもむろに現在地点を描きはじめたのか、筆がかすかに動く。
だがどうにもその顔には戸惑いのようなものが浮かんでいるように見え、気になったメアリーが楓に尋ねた。
「百地さん? どうかしましたか」
「え、えっと、あの……その……」
女性であるメアリーに対してもおどおどとした態度が変わらない所か、余計ビクッとしたような楓だったが、やがて困惑したように問題点を告げる。
「ちょっと手元が暗くて……。よく見えないんです」
洞窟内を照らすほの明るい青い光は、移動する程度ではさほど問題のない光量であるが、それでも蛍光灯のようなはっきりとした明るさではない。
通路のそこここには暗く見通せない部分が存在している。
確かにこの明るさの中で物を書くというのは、なかなかに不便であろう。
「確かにこの微妙な明るさでは描きにくそうね」
「あ、でもなんとか描いてみますので……」
「ねぇ、確かこの袋の中にランタンがあったわよね? それ使えばいいんじゃない?」
二人の会話に割り込んできた陽子は、自身の袋の中から実際にランタンとランタン用と思われる油を取り出す。
だがランタンといっても電力で作動するようなものしか知らなかった陽子は、手探りで構造を把握しながら燃料の油をランタンにセットしていく。
そしていざ明りをつけようとした陽子は「あっ!」と小さく呟くと、困った様子で周囲を見回す。
「あ、あの。誰かライターとか持って……ないわよね?」
この場には未成年の者もいるが、それでも大人の方が割合は多い。喫煙者には厳しい世の中になってきたとはいえ、これだけいれば誰かがライター位持っていても不思議ではない。
しかし、最初に確認した時点ではヘアゴムですらいつの間にかなくなっていたのだ。
その事を思い出した陽子は、尻すぼみになりつつもそう尋ねたのだった。
「む、そう言われると確かに火を熾す手段は必要だな。少なくとも今は薄い明りの中で描いてもらうとしても、後々必要な場面はでてきそうだ」
そうは言いつつも、具体的にどんな場面かは想像は出来なかった信也。
少なくとも袋の中の食料はそのまま食べられそうな物ばかりなので、食事には問題なさそうだ。
「ん、それなら火口箱を使えばいいんじゃないかぁ?」
「ほくちばこ? ってなんですか」
北条の言葉に疑問符を浮かべて質問する咲良。
「ほら、この袋の中にはいってる……この木箱だぁ」
そう言って袋から木箱を取り出す。
箱を開け、中に入っていた黒い石と小さな金属板、それから布に包まれたおがくずのようなものを一部指でちぎり、金属片と指の間に挟む。
そして逆の手に持った黒い石を、金属片にカチッカチッと何度か打ち付けていると、飛んだ火花がおがくずに移ったのか、ほんのわずかな火種が出来上がる。
北条はその小さな火種部分を覆い隠すようにおがくずを丸めると、その球形の中心に届かせるように、フーっと息をそっと吹きかけ始めた。
「わー、それなんか漫画とかで見た事あります!」
「そうね、確かになんとなく見た事はあったけど……こんなんで火を熾せるのね」
そんな事を言い合う咲良と陽子。
火種からもくもくと煙が立ち上がり始めたのをみた北条は、油をセットしたランタンを近くに持ってくるようにと陽子へ指示が飛ばす。
慌てて陽子がランタンを持ってきたのを確認した北条は、仕上げとばかりに手にした煙の立ち上がる
「うわっちぃ!」
そうして燃焼効果を促進された火種は完全に火へと変じたが、思いのほか火が勢いよくついたせいか、熱さのあまり思わず北条はおがくずを手放してしまう。
慌てて燃えている落としたおがくずを拾い、ランタンへと点火。
そして失敗などなかったかのように、
「……とまあ、こんな風に使う訳だぁ」
若干オチはあったが、無事に灯ったランタンは楓の手元を温かく照らしておりどうやら問題は解決したようだ。
「よし、じゃあ行こうか」
それら一連の様子を見届けた信也はそう告げると自ら先頭を切って歩き出す。
ぞろぞろとその後をついていく他の面々は、見慣れぬ洞窟の風景をしずしずと眺めながら先へと進んでいく。
五分ほど歩いた所だろうか。
特に分岐もなくまっすぐ進んでいた一行に、何やら羽音のような音が聞こえてきた。
羽音といっても、昆虫が発するようなブゥーンといったものではなく、ばっさばっさと鳥が羽ばたくような音だ。
それも発生源は一つではなく複数……それも二つや三つどころではない。
「あの、これって……?」
心配そうな顔で近くにいた陽子に話しかける慶介。
そのおびえたような表情に思わずキュンとするものを感じてしまった陽子だったが、無理やり意識をそらして音が聞こえてくる方向へと集中する。
「……なんか、音がこちらに近づいてきてるわね」
「よっしゃ、これは初モンスターか!?」
陽子の真剣な物言いとは裏腹に、眼を輝かせるようにした龍之介は腰の剣帯から剣を引き抜いて構え始める。
「モンスター!? そんなものがいるのか?」
と慌てた様子の信也も腰の剣を抜き構える。
魔物がいるのはスキル選択画面から予見できたが、まさかこんな所に出てくるとは思っていなかった。
「ダンジョンっつったらモンスターは定番っしょ! この羽ばたくような音からして恐らくは蝙蝠系かな? 洞窟系ダンジョンでの定番だな!」
何がそんなに楽しいのか弾むような口調の龍之介。
「みんな、戦えそうな者は前に! 無理そうなら後ろに下がっていてくれ!」
信也のその言葉に答えて前に出たのは、初めから前にでていた信也と龍之介。
他には一度は短剣を手にしたものの、考えがあるのか空手の状態へと戻した北条と、ナックルを打ち合わせる由里香。
その四人の後ろ、全体の配置からみると中衛と呼ぶべき位置には短杖を手にした芽衣とメアリーが控えていた。
残りの者は戦闘に参加するつもりがない、或いは気が動転してまともに動けないようだ。
即席の陣形が完成するや否や肉眼でも音の正体が確認できるようになり、その正体は果たして龍之介の言った通り蝙蝠だった。
だがその大きさは一般的なイメージの蝙蝠のソレではない。
まだ若干の距離が離れており、光源も微妙な事から正確には判別できないのだが、体長だけでも七十センチはありそうだ。
そしてその大きさの空を飛ぶ生き物が翼を広げたとなると、ゆうに全長一メートルは超えるだろう。
そんな大きさのものが十羽近く。
通常の蝙蝠ですら普段見ることのない都会に住んでいた者からすれば、それは十分恐怖を煽るものだろう。
実際先ほどまで威勢の良かった龍之介も一旦動きが止まっていた。
「おぉ、蝙蝠といえど中々迫力あるねぇ」
「芽衣ちゃんには傷一つ付けさせないよっ!」
「ふぅ……。落ち着いて対処すればいけるはず」
しかし他の前衛三人は比較的落ち着いているようで、北条などは暢気なセリフを発していた。
やがて巨大蝙蝠が近づいてきて、後少しで近接戦闘の距離へと入ろうかとしたときだった。
緊迫した場にそぐわないのほほんとした声が響き渡った。
「"雷魔法"いきま~~~す。えぇ~い! 【雷の矢】」
のんびりした口調とは真逆の勢いで、紫色をした紫電の矢は前衛をかき分けて飛んでいく。
それが彼らが初めて経験する戦闘の幕開けの合図となった。
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