第6話 箱の中身
「つまり、俺の場合は"剣術"と"光魔法"を選んだので、剣と杖が入っていたという訳か?」
北条の言葉に「やはりそうか」といった納得の表情を見せつつそう尋ねる信也に対し、鷹揚に頷きながら北条が返す。
「ああ、その通りだぁ。ご丁寧にもこの箱は他の人には開けられないようになっていたしなぁ。つまり、先ほど箱に入っていた剣を嬉しそうにブンブン振り回していた彼のスキルの一つは、"剣術"かもしくはそれに類するものなんだろうなぁ」
そう言いつつ龍之介へと視線を向ける北条。
その視線に対し、途端に慌てた態度を見せた龍之介が、
「い、いや? お、お、俺は別に"剣術"とか持ってないし? そーゆー決めつけはよくねーと思うぜ、オッサン!」
余りに分かりやすいその態度に、誰しもが突っ込みを入れることなく話は続く。
「……まぁ、それは別にどうでもいい。要するに選んだスキルを活かすためのアイテムが入っていたって事だぁ。もしかしたらその短杖もただの杖ではなくて、魔法を使う際に補助となるか威力が増すなどといった効果があるのかもなぁ」
そう言われて短杖持ちは改めてその杖を観察する。
見た目はシンプルな造形の短杖で、先の膨らんだ部分にだけ簡単な意匠が施されている。特に宝石がはめられているとか、魔法陣のようなものが描かれているといったことはない。
「なるほど。俺はファンタジーとかそういったものに詳しい訳ではないが、説得力はありそうだ」
そう頷きながら信也も手に持つ杖に軽く視線を移した。
と同時に、先ほどの北条の発言について考えていた。
(龍之介はいいとして、石田は魔法系のスキルを最低でも一つ所持。百地については……苦無という事は忍者? いや忍者って名前のスキルはないか。となると忍術って辺りが妥当か……?)
などと考えていた信也に由里香の元気な声が飛び込んできた。
どうやら意識を少しそらしていた間に何やら会話が進んでいたようだった。
「ね、ね! それでね! 皆が持ってるこの小さい袋も実はただの袋じゃないんだよ!」
そう言いながら信也の方を見つめてくる由里香に対して、信也は改めてその場にいた者達に、袋についての先ほどの由里香達とのやりとりを説明しはじめた。
▽△▽△
「おぉ! 最初からマジッグバッグ付きとか結構ちょろいんじゃね?」
「ええぇぇー、せっかく"アイテムボックス"選んだのにぃ」
「…………」
「こ、これはすごいです!!」
悲喜こもごもな反応を見せる者達の中、特にこれといった反応を見せていなかった北条が不意に信也へと語り掛ける。
「さっきの和泉の話からするとぉ、この袋は自分以外の人には中身を取り出せないって事になるなぁ? ちょっと試してもらってもいいかぁ?」
そう言いつつ手に持っていた自分の袋を信也に渡す北条。
袋を受け取った信也は早速その内部に指を突っ込んでみるも、感じるのは袋の内側の感触だけで、中に何が入っているかのイメージは伝わってこない。
「……確かにそのようだな。セキュリティーもついてるとは便利な袋だ」
「そうですねぇ。ただ、この袋ってそこまで大量に物は入らないっぽいですね」
その事には信也も気付いていた。
袋に指を入れた際に、中身に入っているモノのイメージと共に、その亜空間とでも呼ぶべき空間の広さも朧気に認識できたのだ。
具体的な数値としては説明できないが、それは小さな蔵程度の大きさで体積的には自動車が一台入るか入らないかといった所だろう。
「だが素寒貧だった今の俺たちにとって、この"箱の中身"は不幸中の幸いなのは確かだな」
そういって信也は目線を手元に軽く向ける。
箱に直接入っていた武器や短剣などは当然だが、この袋の中身は以外と多様な物品が収められていた。
・羊皮紙が三十枚
(見た目からして宝の地図とか古文書に使われてそうな紙、という認識だったが北条は動物の皮を加工した羊皮紙だろうと言っていた)
・ペンとインク
(インク壺と赤みの強い金属でできたペン)
・簡素な衣服一式
(各々のサイズにぴったり調整されていた。昔の一般庶民が身に着けていそうな、欧風の衣服。女性用は一律で、動きやすいパンツスタイルのようだ)
・外套
(現状特に寒さは感じないが、就寝時には毛布代わりにはなりそうだ)
・革製のブーツ
(何らかの動物の革で作られたブーツ。色は茶色)
・ロープ
(大体二十メートルくらい)
・木製の小箱
(中には黒い石っころと金属の小さな板。それから小さな布につつまれておがくずのようなものが入っている)
・ランタンと油
(どれくらい持つかは不明。油は見た感じ食用には向いていなさそうだ)
・食料
(ビスケットのようなクッキーのような物や、干し肉、木の実など数種類。一日二食で節制すれば十日分あたりか)
・水と水筒
(水筒自体は当初は空で、水は直接魔法の袋の内部に保持されていた。水筒の口を開け、そこに直接水を灌ぐイメージで水を出して補充はできた。具体的には判別できないが、こちらも食料に合わせるなら節制して十日か)
・植物の葉 五十枚
(成人男性の手のひらより少し大きい程度の葉。しっとりとしている)
・布切れ 十枚
(大小様々な布切れ。吸水性は余りよくなさそうだ)
旅人セットとでも呼ぶべきそれらの中身を確認した彼らは、一先ず水と食料が入っていたことに安堵した。
そして、動きやすくて汚しても余り問題がなさそうな、袋に入っていた衣服へと着替える事にした。
無論男性陣と女性陣に分かれての事だ。
この部屋の外は通路となっており、一時的にそちらに避難して着替える形になり、信也達男性陣は一旦通路へと退いた。通路もそこここが薄青く発光しており、視界にはさほど困らない。
「もう面倒だしここで着替えちまおうぜ」
そう言うなりさっさと着替え始めた龍之介を見て、部屋内で順番に着替えるつもりだった信也はそのせっかちさに若干辟易する。
が、周囲を見回すと慶介や北条なども着替えを始めており、信也も仕方ないかと右に倣う事にした。
堅苦しいスーツ姿から解放された信也は若干の解放感を覚える。
ちなみに今まで着てていたものは皆魔法の袋に収納している。
早速魔法の袋の利便さを実感しつつ、通路で女性陣の着替えを待っていた男衆はやがて「もーいーよー!」という調子っぱずれな由里香の声を聞き、再び部屋へと入っていく。
「あれ? もう着替えちゃったんですか?」
「ああ。交代で着替えるつもりだったんだが……。まあ手間が省けたしいいだろう。それよりもこれからの行動をどうするかだ」
メアリーの質問にそう言って考え込み始める信也。
「んー、まずはやっぱりこの洞窟からの脱出かしらね」
その腰にまでかかる黒い長髪を軽くなでながら答える陽子。
ここに来る前まではポニーテールにしてまとめていた髪が少し邪魔なのか、しきりに気にしている。
「まあ、そうだな。こんなじめじめした所にいたら気分も滅入ってきそうだ。皆もそれでいいか?」
一同を見回す信也。お互いの服装についてわいのわいの騒いでる女子中学生コンビをスルーして、特に反対意見がないのか確認する。そこに、
「あ、あの……」
と、か細い声が聞こえてきた。
声を上げたのは長い前髪によって、相変わらず表情が読みにくい百地楓だ。
「ええと、百地さんだったかな。何か他に意見があるのかな?」
「いえ……あの意見っていうかですね、あの……その……」
「んだよ、はっきりしねーなあ。てゆーか、もうちょい大きい声出ないの? ちょっと聞き取りにくいんだけど?」
「龍之介君、ちょっと静かに。百地さん、気になる事があったら言ってほしい」
龍之介の詰るような言葉にビクッとした楓だったが、信也が龍之介をたしなめるように抑えると、ぽつぽつと話し始めた。
「あの……移動するのは良いと思いますけど、で、出口も分からない状態ですので、地図を描きながら移動した方が……」
徐々に小さくなっていく楓の声は、だがしかし静まり返った洞窟内部では皆の耳にしっかりと届いたのだった。
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