覚醒する主人公じゃない
レイが循環の再構築をしていると、男の首元に見えていた魔法陣が消えていきそのうち腕の黒く変色していた魔法陣も薄くなっていった。
「ワン、この変態の手を私の手と重なるように棺に。」
ワンは特に焦るでもなくのんびりとした動作で俺の手を引っ張ってきた。しょうがなく、されるがままに近寄っていくが、あってるけど違う!とレイに怒鳴られてしまった。
「ソーンじゃない方!」
ワンは男の腕を持ち上げて棺に手が触れるようにする。まもなくレイは手を放し、男の周りや棺の中をウロチョロすると、大きなため息をついて墓石にもたれかかる。俺はこの二人から変態だと思われていたのか…。
一段落したようだ。安心した様子でワンがレイに寄って行くと、風魔法でひっくり返される。こいつらはどういう関係なんだろう。
「…あとはお前次第。」
レイが、ひっくり返ってじたばたするワンを横目に墓を撫でる。男は完全に萎れていまい、死んでいるのは確認するまでもなかった。
「…。」
何と声をかけるべきか悩んでいると、棺の蓋が動いた。…なぜ?
レイは疲れた様子で眺めているのみ。タバコでも吸っていたら、絵になりそうだ。ワンは自然と俺の方に振り向くが、特に何も言わずに棺に向き直る。信頼されてないようだ。
レイは、四つん這いで慎重に棺に近づいていくワンを頬杖を突きながら見ていたが、再び風の魔法を使ってワンを押す。ワンは声にならない悲鳴を上げて棺から遠ざかろうとするが、バランスを崩してそのまま棺の上に転ぶ。
特に何も起きなかったため、倒れたワンはゆっくりと体を起こして棺の横に座り込む。そして、慎重に蓋に手を伸ばして、指先が触れた。その瞬間棺の蓋がバカっと開き、ワンに何か引っ付く。
人だ。
男か女かわからない短髪の子どもが、ワンの体中を獣のように這いまわる。
「ぐああ!い…たい…。」
短い悲鳴とともに、のたうち回るワン。抵抗手段を持ち合わせていないようで、短髪を引きはがそうと奮戦するが、だんだんと動きが鈍くなっていき、やがてその場に力なく倒れ込む。まあ死んではないだろう。
そう思った瞬間、ワンが突然短髪の口に手を突っ込みそのまま上空に放り投げる。そのまま追撃を食らわせようと、地面に垂直になるよう足を振り上げる。きれいなI字の蹴り。
しかし、短髪も負けじと空中で身を
レイはすぐさまワンを助けるべく魔法を放つ。二人でワンが襲われているのをしばらく眺めていたため、もう少し早く動けたのは言うまでもない。火の玉ということはレイから見てもこれは敵のようだ。こんな助けるような行為をしているが、完全マッチポンプな気がする。
しかし短髪は幽霊からの魔法も見えていたかのように、火の玉というより爆弾のような魔法が当たる前に身をよじり避ける。そのまま距離をとり、その場にはレイの火の玉に気付かなかった黒焦げワンが残る。
お互いフレンドリーファイアを知らなかったんだろう。このゲームは味方にも攻撃が当たるから、これをきっかけに以後注意してほしいものだ。ワンはそのまま膝から崩れ落ちて動かなくなってしまった。
というか、ワンに続いてまたゾンビか。今回はあの男とレイの死霊術によって作られたが、まだ昼前だ。レイが平然としていることもおかしいが、このゾンビも…いや、肉体があるのだから、レイの方が段違いでおかしいな。こいつなんで消えずに魔法を連発しているんだ…?
「ソーン。」
レイが静かな警告をしてくる。よそ見をしていた一瞬で、既に短髪は俺の目の前まで距離を詰めてきていた。まあわかっていてもどうこうできる能力はないのでそのまま纏わりつかれてしまう。
短髪が首にかぶりついたところで、レイが俺ごと短髪を吹き飛ばした。ここに来る道中で俺を吹っ飛ばしたのを気にしているのか、それともフレンドリーファイアを学習したのか、火の玉ではなく風魔法だ。
二人揃って上空に巻き上げられそうになったところで、短髪が俺を蹴って再び距離をとった。反動で俺も巻き上げられずに地面に転がる。
うわ、なんだこれ。立ち上がろうとしたとき、立ち眩みに襲われて膝をつく。強烈な倦怠感。思わずその場に座り込む。
その様子を見たレイが、短髪の方を向いたまま悔しそうに声を絞り出す。
「…ごめん。」
レイが謝ることなどあるか?…あるか。レイが関わった死霊術が明らかに原因だ。今の発言からこの短髪が俺たちに襲い掛かっているのもレイが何かしら関わっているとみて間違いないし。後で無詠唱か無法式の魔法を教えてもらお。
噛まれた首を触るが、特に嚙みちぎられたり、出血もしていなかった。貧血や負傷による立ち眩みではないのか?外傷がないなら毒を注入されたわけでもないし、原因が思いつかない。
「お…い…。」
腰を低くして臨戦態勢であった短髪が突然棒立ちになり、掠れた声を発した。こいつ話せるのか。意思疎通は可能だろうか?俺はこういう時、レイの様子を窺う。大体レイを見ておけば現状が把握できるからな。
「しい。」
おいしいって言った?どちらかといったらこんがり焼けたワンの方がおいしそうだと思うが。レイは腕を組んでおり難しい顔をしていた。レイもわからんようだ。レイが俺の視線に気づくと、短髪を無視して話し出した。
「魔力に敏感過ぎる。魔法じゃ…いや、私には無理だわ。」
レイが再び火の玉を作り、ボールのように軽く上に投げてはキャッチする。
「つまり?」
「一人でガンバ!」
そういってこの通りと言いたげに火の玉を短髪に向かって投げる。アンダーではなくオーバーなのがレイらしい。
物理的にどうにかしろと?残念ながら俺の運動能力は一般人程か、それ未満だ。超人的な力に目覚めていないかは、既にご主人の家で確認済み。
…いや、待てよ?思い出してみろ。何度も死を繰り返すうちに魔法が使えない体になった。なら、何度も死を繰り返すうちに強靭な肉体になっていても不思議ではないのでは?
魔法と物理は対の存在だ。
俺は自分の手のひらを見てから握りしめる。よし、自分を信じよう。俺なら勝てる。スーパーパワーに目覚めて視力も上がるはずだ。
俺が短髪に向き直り覚悟を決めた瞬間、俺に向かってトボトボと歩いてくる短髪が一言。
「もっと…。」
そう言い残し、俺が覚醒するまでもなく、レイの投げた火の玉が頭に直撃した。
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