青春嘲笑劇

渡貫とゐち

第1説 悪魔の目

第1話 秘密の地下室の主

 学校の地下一階へ繋がる階段は、扉の中にある。

 隠されているわけではなく、生徒達が日頃から利用する廊下に堂々と設置されてある扉だ。


 しかし生徒は誰一人として、その扉を開けようとはしなかった。

 視界に入ってはいるが、気に留めはしないのだ。


 ルームネームプレートもない、無機質なグレーの重たい扉。

 用事がなければまず開ける事はないだろう。

 大半の生徒が、倉庫か、先生しか入れない部屋であると勝手に思い込んでいるからこそ、堂々とそこにはあっても、正体を知られていないのだ。


 放課後、人通りのなくなった廊下。

 俺は扉を開け、見えてくる階段を下りる。


 辿り着いた地下フロアは暗く、先へ続く廊下は明かりが一切ない。

 しかし、進み慣れている俺は、明かりがなくとも歩く速度を緩めない。

 周囲が暗いからこそ、光量が一際強く目立つ部屋が見えてくる。


 半開きだった扉を開け、部屋に入る。

 教室ほどの広さの部屋にはほとんど物がなく、ソファ、テーブル、ハンガー掛けなど、生活感のある家具が数点置かれているだけだった。


 部屋の端には、椅子に座り、パソコンを起動させ、ヘッドホンを被り、ひたすらに勉強をしている部屋の主の姿があった。


 近づくと、音が漏れている事に気づく。

 呼びかけてみたが、確かに、漏れるほどの音量では聞こえるはずもない。

 肩を軽く叩くと、さすがに向こうも気づいて振り向いた。


 ヘッドホンをはずす。

 漏れている音は、俺の知らない洋楽だった。


「あ、井丸いのまる。……あれ? もうそんな時間なんだ」

「ずっと勉強していたのか?」

「ずっとではないけど。かれこれ五時間くらいかな」


「いや、ずっとじゃんか……勉強好きだよな、お前……」

「趣味よ。それに、井丸と比べて数倍多く出される課題をこなさないと、私もさすがにお父さんから特別扱いをされてはいても、退学になっちゃうからね」


 パソコンのモニターが置かれているデスクには、山積みになった課題のプリント。

 乗り切らなかったのか、床にも問題集などが積まれてある。


 以前、課題が多過ぎないか? と、これ以上に山積みになった紙の束を見て、聞いてみた事があるが、問題集は自分の趣味でやっているだけらしい。


 今は問題集に手をつけており、課題は休憩中、だと言った。

 勉強の息抜きに勉強をしている……、俺には理解できない世界だ。


「勉強は一度スイッチが入ってしまえば集中できるから。嫌な事や苛立ちを誤魔化せる。誰かさんが約束を破ったのが原因なんだけどね。

 しかも、それを詫びもせずに、こうしてのこのこと……」


 目を細くさせ、じっと見つめられる。

「あー」と指で顎を掻いても誤魔化せない。


「昼休み、だよな……ごめん。ちょっと野暮用で校内を駆け回ってて――」

「また女?」


 持っていたシャーペンを、カチカチと音を立てる。

 芯を出してはデスクに押し付け戻し、再び芯を出す作業を繰り返す。


「どうせいつもの癖よね。で? 女?」


 …………恐い。


 既に俺を見ずに、問題集を眺めながら、そう質問してくる。

 いつもの癖も、女関係なのも正解だった。

 恐らくは女の勘とやらで予測したのだろう、いつもながら、鋭い。


「そうだ。それに関して、秋野あきのに、相談がある」


 ぴくりと反応し、シャーペンのカチカチ音を止め、立つ俺を見上げる。

 改まった俺の言い方に、秋野もいつもの癖の中でも珍しいパターンであると分かったのだろう……少しだけ背筋を伸ばす。

 溜息をこぼすが、なぜか秋野の口角は上がっていた。


「まったくもうっ。付き合ってあげるわよ。私と井丸の仲でしょうが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る