第十七話

 仮想都市闘技場メガロポリス・パレス――近未来のエンターテイメントの象徴。

 魔闘士バトルやスポーツ観戦、企業展示まで多機能な施設としての期待を一身に背負って、華々しく落成した。

 その堂々たる姿は、まるで、絶対に壊れないぜ! と言わんばかりに輝いていた。

 が、

 今、その威厳に満ちた闘技場がまさに崩壊寸前の姿をさらけ出していた。

 理由はただ一つ、少女の一撃。


 アニーが放った、言葉の光――ルクス・ヴェルビ。が、最新の魔法障壁を貫通し、コロッセウムを支えている支柱の一部を切断したことにより、意図的に分散させていた荷重が他の支柱たちへの大きな負荷になり掛かっていた。

 全体がガタ、ガタと震え始め、ビルの外壁がバリ、バリと音を立ててひび割れ、まるで家の壁紙が剥がれ始めるかのごとく崩壊の前兆を見せていた。

 魔法障壁が消滅したからといって、すぐに崩落することはない。

 あくまでも、魔法障壁は異能者が使う異能力を打ち消すことを前提に、創られている。

 建造物として維持しているのは、コロッセウム専用の建築基準法で建てられている。自然災害のなかでも地震大国、日本では。コロッセウムを建築する際には、超高層ビルよりも厳しい建築基準法クリアしないと建てることができない。

 そう易易と倒壊するほどの設計は、されていない。エンタメ重視の未来型建築ではあるが、基本は闘技場として頑丈な構造になっている。さらに、災害時の避難場所としての役割も兼ねている。

 それが、

 悲鳴を上げるように軋んでいる。


 天井部分は特にやばかった。


 巨大なLEDスクリーンが、あれ? なんか映像おかしい!? といった様子で、意味不明な途切れ、途切れな映像が。

 ピカ、ピカと変なノイズが走り、今にも――!


 天に向けている両手の毛穴から細かな熱線が無数に放たれ、その数はまさに数万に及ぶ。熱線は周囲の物質を瞬時に切り裂き、蒸発させる力を持つ。太陽の表面温度に匹敵するエネルギーだった。

 天井に迫るコンクリートの巨塊に、主水もんどの放つ熱線が触れた瞬間、それはただの岩石であることを忘れたかのように、細切れにされていった。

 熱線は鋭い刃のように、天井の巨大な塊を一瞬で分解し、細かく切り裂いていく。

 コロッセウムに居る者たちに、数万の光線が複雑に絡み合い、織り上げる――破壊芸術を披露した。


 破壊は、ただの破壊で、終わらせなかった。


 細やかに分断された瓦礫は、主水の異能によってすぐに蒸発し、埃すら残さなかった。崩落の危機にさらされていた空間は、瞬く間に安全な場所へと変わっていった。


 天井を消滅させた、主水は、静かにその場に立ち尽くした。

 だが、

 その顔には疲労の色はなく、むしろ新たな力に満ちていた。

 先ほどの戦闘で負ったはずの肩の傷は、まるで幻だったかのように消え去っていた。

 破壊と再生を同時に行なっていた。

 その姿は、勇者そのものであった。

 背筋はピンと伸び、鋭い目つきで見据えるながらも。飄々とした存在で、人々に恐怖を与えた。

 奇才、吉祥天きっしょうてん主水もんど

 海上闘技場ヴァルホルを太平洋に沈めた一人。

 現在では、昼行灯と揶揄されているが。

 異能者組織と各国政府から、災いをもたらす勇ましき者――黒闇天こくあんてんの勇者と名付けられた。

 十歳で世界最強の魔闘士になった実力者。

 で、あったことを。

 コロッセウムに居た教職員と生徒たちは、すっかり忘れていたのであった。まぁ、主水の日頃の行いから、世界最強の魔闘士という肩書を感じることができなかった影響がおっきい。


 ……自業自得のなのだが…………。


 主水が自分たちを救った事実に気づき、その場で自然と拍手が湧き起こった。感謝と尊敬の眼差しが、向けられていた。

 悪玉から善玉へ。

 その視線を一身に浴びながらも、主水は決して驕らず、ただ一方向に視線を向けていた。




 アニーは地面に倒れ込み、動かなくなっていた。

 言葉の光 ルクス・ヴェルビを撃ち放つために、魔力ではなく、生命力を代償にしたからであった。

 身体にどれほどの負担をかけたかは、一目瞭然だった。

 肌は青白く、呼吸は浅くかすかなものになっており。まるで息をするたびに、命そのものが消えゆくかのようだった。

 冷たい汗が額から流れ落ち、瞳はもう焦点が合っていない。

 自分の意識が薄れていくのを感じつつも、どうすることもできずにいた。

 すべての魔力を使い果たし、生命力を削った犠牲は。

 彼女、アニーを虚無の中へと引きずり込んでいく――死へ。



 男装の麗人は冷静に、しかしどこか余裕のある態度で、倒れているアニーを介抱していた。

 生命力を使い、今にも消えそうな息をしているが、表情には焦りはなかった。彼女の状態がどれほど危険であるかを理解していながらも、その目は冷静に現状を見極めていた。

 伏黒はアニーの頬に軽く触れると、その冷たさに一瞬だけ眉をひそめたが、それ以上の動揺は見せなかった。

 内心では彼女の命がかかっている状況を心配していたものの、主水がいるという事実が平静に保たせていた。

 主水ならアニーを救うことができると確信していた。

 十六歳で世界最強になったときに――百花の王と呼ばれることになった。それから十年間、敗北することはなかった。

 敗北の二文字を思い出させられたとき。には、主水と一緒にヴァルホルを沈めたことで、異能者組織と各国政府からお叱りを受けることになってしまった。

「だいたい。お前らの計算が、甘かっただけじゃーねぇーか!」と、キレ散らかしていたら。知り合いから「もう、いい年なんだから。牡丹ぼたんちゃん」と、諭された。


「まったく。あなたの教え子たちは、無茶し過ぎる。瑠璃るりさん」


 牡丹はため息をつきながら、少しだけ口元を歪めた。

 アニーの勇敢さは評価するものの、それが命を賭けたものであったことに対しては、呆れ半分、感心半分といった複雑な感情が交錯していた。


「でも、まあーぁー。主水のヤツに問題を押し付けておけば。勝手に、どうにか、する、か」


 軽い調子で言い放つと、アニーの額から流れる汗をそっと拭った。

 動きは慎重で優雅だったが、どこか淡々としており、深刻さを感じさせない。牡丹にとっては、主水がすべてを解決してくれるという、揺るがない信頼の表れだった。

 目線が、アニーから主水の方へと移った。


 すべてを託すかのように信頼しきった、表情を浮かべていた。が、背中に嫌な汗が一筋、流れた、牡丹だった。


 主水はメガロポリス・パレスの崩壊しつつある天井を跡形もなく消滅させた。

 様子を見上げながら、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。その巨大な建造物が壊れつつあるという事実だけでも、十分ショックだったが。だが彼にとって最も痛手だったのは――仮想都市闘技場、メガロポリス・パレスに関わっている会社の株を購入していたことだった。


「これ俺の資産おこずかい。目減り確実、だ、な」


 心の中でそう呟いていたが、口からダダ漏れだった。

 手を額にやりながらため息をつく。ほんの少し前に、このメガロポリス・パレスの潜在的な利益を見越して、関連企業の株を大量に買い込んでいた。

 未来の都市を模したその斬新なコンセプトと、巨大エンターテイメント施設としての可能性から株価は右肩上がりになると予想していた。

 しかし、

 今、目の前で崩れ壊れた仮想都市闘技場メガロポリス・パレスは、疑いなく株価の値崩れの姿。


「やれやれ……ふぇーん! ど、どんだけ下がるの、かな? ……か、かぶか…………」


 内心を少しでも軽くするために、冗談めいた独り言を吐いたが、その声には失望と焦りが隠し切れないでいた。

 脳裏には、株価チャートが目に浮かぶ。

 保有している株が急落する様子を想像するたびに、心臓は重く、胃が締め付けられるような感覚に襲われた。


 すっぽり、なくなった天井に向かい。


「いい方向に考えよう。天井がない、これは株価が天井知らずになるとことを暗示しているんだ。ぅん、きっと……」


 笑いを浮かべつつも、その笑顔には明らかに焦りの色が滲んでいた。

 自分で自分の投資対象を間接的にではあるが、暴落させてしまったことに気づいてしまったことに。

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