第七話

 闘技場内に罵詈雑言ばりぞうごんが飛び交っていた。

 いや。

 ほんとうならば罵詈雑言と一緒に殺傷力あるモノが、ある人物を目掛けて投げつけられていた。が、正解。

 危険物が投げ込まれていないのは、投げ込めないからであった。

 観客席と戦闘フィールドとの間には安全を考慮して視えない壁である。魔法障壁と呼ばれる人が作り上げた科学技術と古来より存在した特殊な力を融合させたシールドが張り巡らされているからだ。

 

 人類は技術的特異点よりも、先に、森羅万象の特異点に達していた証拠でもあった。


 一昔前までは、そんなオカルト的な力が存在していることを大多数の人たちは否定していた。

 ただ、近年においては。そのオカルト的な超常な力を持った者たちが多数存在することが証明され大問題が発生したのだった。

 それは超常現象を具現化できる者たちが居たということではなく。

 ――名称で。

 もとより超常の力は古来より世界各地で様々な名で、呼ばれていた。魔法、黒魔法、白魔法、黒魔術、白魔術、精霊術、神聖術、錬金術、神道、陰陽道、呪術、妖術、召喚術、超能力、聖痕スティグマータetエト ceteraケーテラ

 彼らにとって力の根源であり、誇りである、呼び名を失うことは。己が力の衰退を意味する。そのため是が非でも各自の力の源であり象徴である、呼び名を押し通す必要があった。それは強大な力を持った者たちほど大きな影響を受けるからであった。

 そして――一触即発! になる寸前に。各国からの提案により国際規格として――と呼ばれることで……一応……対面上沈静化したのであった。


 ただし。

 名称は異なっていたが、一つの共通点だけが残った。その異能と呼ばれる力は、科学技術とは別に世界の軍事バランスを大きく狂わせるほどの代物だと、言うことだった。


 そして。

 

 いま、そんな世界の軍事バランスを揺るがすほどの二人の魔闘士が、おもしろいことに巻き込まれている。

 真っ最中。



「みんな、ひどいなぁー」


 吉祥天きっしょうてん主水もんどは、悪役ヒールになっていた。


「…………、…………」


 アニー・ヴルガータは、女傑ヒロインになっていた。

 

 ひっきりなしに規制音がクリティカルヒットしている、主水に対して。アニーには、拍手喝采の声援が贈られていた。

 スライドが引けないと困ったフリをし、アニーの親切心にかこつけて近づかせ至近距離から四五口径を躊躇ちゅちょなくぶっ放しという、あまりにもゲスい行為にだった。

 人の善意を踏みにじる外道――仕方ない。

 世界広しども、ここまでの外道はそうそう居ないだろう。


 両肩をダラリと垂れ落とし、

「メッチャ、嫌われてるのね。あんた」


 空いている左手で髪を掻きながら、

「お恥ずかしい話。で、続けますか?」



 これがお嬢さまの異能の力――音叉剣。…………噂に聞いていたが。これほど――とは。

 アニーの鋭い剣筋を難なく見切り躱す技量を持ち合わせた、の魔闘士が。芝居がかった大袈裟な動作で大きく真横に力いっぱい飛べるだけ飛び、避け、逃げ、砂埃れ。


「私に勝利という“良いエウ知らせアンゲリオン”をくれるの」


 にやりと笑い。刺突用の片手剣レイピア防御用の短剣パリーイングダガーを振って魅せる、アニー。

 立っている位置から直線上に闘技場の地面は波打つように捲り上がり、その線上に配置されていた身を隠すための障害物は見事に全て粉々に砕かれていたのであった。

 アニー・ヴルガータの異能の力、エウアンゲリオン。

 高次元物質で創り出された、レイピアとパリーイングダガーを意図的に打ち当てることにより。音叉のように用いて共鳴現象を発生させ強力な振動波で対象を粉々に粉砕する異能力。


 そのあまりにも並外れた異能の力をの当たりにした観客席に居た生徒たちは、静寂へ。


「しかし、先ほど魅せてくださった美しい剣技が台無しですね。それにお嬢さまには似つかわしくない粗暴過ぎる異能」


 立ち上がりながら全身に被った砂埃を両手で払い落としながら、皮肉交じりに語った主水。十字路は不吉という欧羅巴ヨーロッパの迷信は確信だなと、再度、脳裡のうりをよぎった。のんびりと春休みを満喫するつもりが、怪物と一線交える羽目になってしまったのだから。これなら同じ怪物でも十字路に出現するという、ブラックドッグに頭を噛まれている方が、まだしも救われたかもしれない。

 そんなことを脳みその片隅で思い巡らしながら、チラッと静まった観客席を目の端で捉える――と! 七年前の世界最強の魔闘士は、新しく取り出した巨大な渦巻きキャンディーを包んでいるビニールを自分は無縁とばかりに、ひたむきに剥がしているところであった。


「世界最強の座、奪うんじゃなかった」


 ぼやいている、主水にお構いなしに。再び、レイピアとパリーイングダガーを打ち合わせ甲高い音色が鳴り響く――ごう、と地面をえぐりながら風塵ふんじんと振動の波が襲いかかる。

 先ほど芝居がかった大袈裟な動作で大きく真横に力いっぱい飛べるだけ飛び、避け、逃げ、るのでことなくアニーの音叉の放った時点での最大攻撃範囲を正確に判断し回避。

 ――攻守交代。

 借り物であるM1911A1の照門リアサイト照星フロントサイト、そして最後に瞳の焦点がアニーの姿を一直線に重なった瞬間。

 銃把グリップの上部を右手親指と人指し指の指間部のいちばん深いところを後部にあてがい握り。発砲時のブレを抑えられるため、空いている反対側の左手をグリップしている手の指を包み込む。そして引金トリガーに掛けている右手の人差し指をそっと触れながら、優しく引く。

 銃口じゅうこうから六つの弾丸が重力に逆らいながら飛び出し直進していき、必要とされなくなった六つの空薬莢が排莢口エジェクションポートから虚しく地面に向かって自由落下し。

 M1911A1は、一度、役目を終えるホールドオープン


「最初にあなたが言っていたとおり、弾数が足りなかったみたいね」


 断面図の十二個の鉛玉がアニーの足元に。

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