こんなんなっちゃった

門前払 勝無

第4話

 突然、雷が落ちて世界に閃光が走ったー。


 ビルの屋上から見下ろした奈落にも閃光が走った。一瞬何かが見えた。

「何だろう…」

マユコは疲れていた。

 いつからかずっと疲れていた。奴隷商人に縛られていたと思ったら自分で縛っていた。自分が出てこようとすると違う自分が自分を押さえ込んでバスケットにしまい込んでいた。青い鷹も北東くんもピエロもいつからかいなくなっていて、冒険にも行かなくなっていた。朝陽だと思っていた光は工事現場の投光器が部屋を照らしていただけだった。家族だと思っていたらマネキンが並んでいただけだった。街の雑踏…ノイズは麦畑が風で揺れているだけだった。

 ビルの建ち並ぶ夜の街の輝きは生温い風の中に輝いている。観覧車が楽しそうに笑っている。

「飛んじゃダメだ!」

声を掛けられた。

 振り返ると何処かで会ったことのあるような、初めて合う新鮮な感じでもあるような、鏡を観ているような…そんな感じの男の人が立っている。足元には猫が欠伸している。

「死なないです」

「つまらん海を泳いでいるとたまに溺れそうになるんだよね…だから、死にたくなる」

「はぁ?」

「死のうと思って来てみたら先客が居たから死ぬ気で止めてみた」

男は笑っている。

「死にに来たんですか?」

男は頷いた。

「死んだらダメですよ」

男は頷いた。

「貴女の顔をみたら死ぬ気無くなった!」

マユコは笑った。


 男の足元の猫がアタシを縛り付けている縄を解き始めた。アタシも猫と遊んだ。

 男は突然ビルから飛び降りたー。

 アタシは手を伸ばしたが間に合わなかった。

 しゃがみ込んで猫を抱き締めた。涙がボロボロ出てきた。泣くなんてもう何年も忘れていた何年も流さなかった本当の涙がたくさん流れてズブ濡れになってしまった。当たり障り無い服はズブ濡れになったが猫がキャリーバッグを引っ張ってきて中から服を取り出した。

「これ着てみろよ」

「喋れるの!?そんなことよりご主人が死んだのに何で笑ってるの?」

「死んでないよ!飛んだだけ!」

「だって飛び降りたじゃない!」

猫は男が飛び降りた方を指差した。

 青い鷹を肩に乗せた男が立っていたー。


 思い出したー。

 あの時に失った何かが蘇ってきた。頭が痛くなって痛みを通り越した感じ、お腹が空いてそれを通り越した感じだ。

 ルールがあってそのルールという枠の中でしか行動が出来なくて、いつからかルールに無い事をしたり思ったりするだけで押さえ込まれてしまい自分でも押さえ込んでしまう。ルールにハマって生きる事が当たり前になれて認められる。

 アタシはいつからかそんなことに拘ってしまっていた。肩に鷹を乗せ光る目で真実だけを見ていたのに… 息苦しくなっていつもここへ着て人工的な宇宙をフラフラしていた。

「貴方は何者?」

「俺はなんだか現実が嘘で本当は違くて、説明が出来ないけど常に違和感を感じていている者…かな」

「違和感…」

「ただ生きたいだけ、だけど生きづらい…産まれる時代を間違えたのか、産まれる世界が違うのか…よくわからないけど、なんかが違う気がする」

「そう…皆違和感を感じていてるけど、口に出さないで我慢していて、そのうち違和感すら感じなくなって行くのかも…でも、アタシも貴方も違和感が消えなくて諦める事も出来なくて藻掻いてる」


 いつか現れると信じていた 運命

 いつか洗われるカクガキのように

 曇っていた空 大きなネズミが歩いてる空 雷と爆音が胸を打つ空

 鬱陶しく声を掛けてくる泥人形

 物騒な藪のなかで険しい修行

 糞の役にもたたないクソな授業

 大人になったら立派になれると思っていた

 大人になったら普通になれると思っていた

 大人になってもなんにも変わらなかった

 まだ大人になれてないのかな アタシ


 何となく歌っていた。

「いいね!」

煙草をくわえてビールを飲んで、シャボン玉飛ばして、うまい棒を両手に持ってジャンピングニー開封をした。

 ポケットに練り消し、こっそりキン消し、ゲームボーイが羨ましくて、勇者になりたくてドラクエⅢがやりたい、ドラゴンボールを探しに旅に出る。

 そう、あの頃と変わる必要なんて無かった。

 自分を捻じ曲げて普通になろうとしなくて良かったんだ。つまらない芸人の漫才で笑わなくて良いんだ。ヒット曲を歌わなくて良いんだ。右にならえじゃなくて良かったんだー。


「貴方の名前は?」

「俺はジャック」

男は鋭いナイフを月明かりに光らせて笑ったー。


つづく

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