声優の彼
笠井菊哉
第1話
最近の悩みは、幼馴染みのカナエの事。
彼氏のノリ君を紹介してから、頻繁にノリ君がアルバイトをしているカフェに通っているようなのだ。
カナエはカフェ好きだし、売り上げに貢献してくれるのは良いのだが、私に隠れてノリ君とデートをし、それをインスタグラムに匂わせ投稿するのは勘弁してほしい。
堪らなく成った私は、同じボランティア部に所属しているミツハとレイカに相談した。
二人とも
「幼馴染みの彼とデートして、匂わせ投稿は無いよ」
ドン引きしている。
そして、中学時代も彼を略奪された経験があると打ち明けると
「辛かったね」
同情してくれた。
「どういうつもりだろう、カナエって。普通、友達の彼を何度も略奪したりする?」
ミツハが言えば、レイカも
「そういう人って繰り返すから」
呆れ果てている。そして、顔を見合わせて
「大人しそうなのに、人は見かけによるよらないね」
頷きあっている。
「これから、こまめにカナエのインスタをチェックしな」
ミツハが言った。
「また、カナエが匂わせ投稿したら、その現場に乗り込むの。そして、『もう私の彼に近づかないで』って言うんだよ。大丈夫、私とレイカも加勢するから」
レイカも協力してくれるという。
それから、少し辛い気持ちを抑えながら、カナエのインスタをチェックする日々が始まった。
カナエのインスタをチェックし始めてから四日後、また、匂わせ写真が投稿されていた。
場所はノリ君のアルバイト先。
ミツハとレイカにそれを言うと、
「行こう」
私達三人は、カフェに向かった。
カフェではカナエとノリ君が楽しそうに何かを話している。
私はカナエの頬を平手打ちして
「何を考えているの?また、私の枯れを奪うつもり?」
怒鳴り付けてやった。
店内はざわついているが、構うものか。
私の恋がかかっている。
ところが、である。
信じられない事に、カナエは
「何の事?奪うって何?」
惚けた発言をしてくれたのだ。
それだけではなく、ノリ君も、カナエの頬におしぼりを当てたりしているのが腹に立つ。
「私は、従弟の付き添いに来ているだけよ」
カナエが言った。
「従弟は、ノリ君が声優しているアニメを全部観るほどのファンなの。このカフェでバイトしてるって教えたら行きたがって!でも従弟は、まだ小学生だから叔父さん夫婦に付き添いを頼まれたの!」
見苦しい言い訳をするカナエに掴みかかった。
何か変だ、と私は思った。
部活の友達であるキョウカに
「カナエに彼を略奪されそう」
と相談されて、同じように相談を受けたミツハとノリ君とやらのアルバイト先に来てみたら、ノリ君は声優で、カナエは従弟さんの付き添いで来ているという。
もしかして、キョウカって・・・。
私の疑問に答えるように
「失礼ですが、貴方は誰ですか?」
ノリ君がキョウカに言った。
「僕が、貴方の彼?」
この言葉にピンときた私とは対照的に、ミツハはまだ、分かっていないようだった。
「酷いわ、ノリ君!好きだ、結婚したいって愛の言葉を囁いてくれたじゃない!」
泣き喚くキョウカを見て、あー。やっぱりね、と私は思った。
「あの、ここは声優カフェですから」
カナエの従弟がキョウカに言う。
「お客さんリクエスト通りのことを言ってくれるのは当然ですよ、それが仕事なんですから」
つまり、ノリ君がキョウカに囁いた愛の言葉とやらは、すべて仕事の一環だったのだ。
この手のカフェに勤めている友人がいるので知っている。
客にお金をもらったら、卑猥な言葉や暴力的な言葉ではない限り、店員はリクエスト通りの事を言ってくれる。
すべてはキョウカの妄想だったのだ。
カナエのインスタ投稿は、
「匂わせ投稿」
ではなく、ただの
「従弟の付き添いで声優カフェに行った」
という報告に過ぎない。
キョウカの妄想に付き合わされて、馬鹿を見てしまった。
カナエも気の毒に。
泣いて喚くキョウカは、店長さんにより追い出されてしまった。
ノリ君は、他のお客さんの相手をしている。
「君の為なら死ねる」
お客さんのリクエストに答えるノリ君を見て、ここにキョウカが居合わせたらどうなっていたかと思うと、ゾッとした。
その後、スターバックスコーヒーでカナエはキョウカの過去の悪行について教えてくれた。
中学時代に彼を略奪されたというのは、ただ推している芸人が被っただけ。
それだけではなく、あの思い込みの激しさから
「○○君、私を好きみたい」
といった発言を繰り返し、何人もの女の子の恋をぶち壊した事。
本当はキョウカと縁を切りたいのに、御両親から
「娘を見捨てないで」
懇願されて、仕方なく付き合いを続けている事。
キョウカのせいで御両親は親戚筋から色々言われて、肩身の狭い思いをしている事。
「もう、いい加減にしてほしい」
最後に、ため息混じりにそう言った。
幼馴染みというものに憧れはあったけど、あんな妄想癖のある幼馴染みは御免だと思った。
間もなくキョウカは転校した。
カナエがキョウカの御両親に、私やミツハ、声優のノリ君にまで迷惑をかけたと報告したので、ブチ切れた御両親が、もう置いておけないと、田舎の親戚に預けると決めたのだ。
声優グッズもアニメDVDもメルカリで売却されて、僅かな着替えと日用品しか持たされなかったという。
「良かった。もう、キョウカに関わらなくていいんだ」
キョウカの幼馴染みというだけで、カナエは苦労多い人生を送ってきたのだろう。
いくら頼まれたからといえ、よく十五年余もあんなのといえ付き合っていたものだ、と私はカナエに尊敬の念を覚えた。
カナエって凄い人かも知れない・・・。
声優の彼 笠井菊哉 @kasai-kikuya715
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