フェイス/黒と白のコンダクター

右端燕司

【1話】悪魔と始まり 逢魔の夕暮れ

【part.A】 その名はフェイス

「さーて、じゃあ払ってもらおうかな」

「払うって……何をですか……?」


 地方都市『樫木市』。

 近年、都会へのアクセスの良さからベッドタウンとしての開発が進み、段々と世間で話題になってきている街。


 しかし樫木市は、最近更にその話題性を上げていた。


 そんな街の路地裏で1人の気弱そうな男子学生が、一枚の紙を持った柄の悪そうな男に詰め寄られていた。


「何ってそんなの決まってるじゃん。お金だよ。お・か・ね」

「な、なんで僕がお金なんか払わなくちゃいけないんですか!?ただサインをしてくれって頼まれたから、書いただけじゃないですか!」


 無精髭を生やした男が持っていた紙をひったくると、気弱そうな男子学生はそこにある自分のサインを指さす。


「だから、サインしたからお金払わないと~。書いてあるでしょ?そこに」

「そ、そんなのどこに?」


 男子学生が慌てて文面を見返すが、そこには「外神道徳の会」という新興宗教の入会について書いてあるだけだった。


「あー違う違う。そっちじゃなくて」

「え?」


 柄の悪そうな男が紙を取り返すとそれをひっくり返す。


「ほら、こーこ」


 男が指差した箇所は入会案内とサインのある表面ではなく、その裏側。

 そこには小さな文字で確かに『入会準備金』という名目で15万円を要求する文章が書かれていた。


「ちょっと待って!こんなの卑怯じゃないですか!」


 咄嗟に自分がサインしてしまった紙を再度取り返そうとするが、柄の悪そうな男は「おーっと」と言いながら伸ばされた手を回避する。


 そのまま何度か攻防を続けていた二人だったが、男子学生がアプローチを変える


「こんなの、詐欺ですよ!詐欺!ぜ、絶対に払わないし、警察にいってやる!」


 言葉だけは強気になった学生だったが、無精髭の男は全く気にも留めない。


「ケーサツかー。俺、この街のケーサツ苦手なんだよねぇ。……仕事しないから!」


 額同士がぶつかるんじゃないか、という距離で学生に言ってのける無精髭の男。


「あー、でもしょうがないか。この街も最近何かと物騒だからケーサツも忙しいんだろうね。の方は頑張ってるらしいけど、おかげで善良な市民様のちーっちゃな事件なんて話も聞いてくれないんだってさ」


 そこまで言うとケラケラと笑う無精髭の男。


「そ、そんな……」

「だから、ケーサツは君の話なんて聞いてくれないんだよ。それに、別にこれは詐欺でも事件でもなんでもないんだって!」


 無精髭の男は男子学生の肩に手を回すと、また笑顔を浮かべる。


「ただ君が、ウチの宗教に入るために必要なものを15万円で買ったってだけ。……ププ、プァハハハハハハハハ!」


 男の笑い声に比例して男子学生が俯いていくと、その路地裏にまた1人、男が増える。


「ハハハハハ――あれ?」


 無精髭の男は気持ちよく笑っていたところで手元から紙が抜き取られ、笑いを止める。

 咄嗟に振り返ると、そこには弱気な学生と同じ制服を着崩して着用した青年。


「はいー?誰ですかあなたは?」

「……」


 明らかに不機嫌そうな顔を浮かべて訊いて来る無精髭の男に対し、その青年は黙ったままその手に奪った入会の契約書をビリビリと破り始める。


「あ、おいてめえ!」


 慌てて止めようとする男の手を躱し、尚も破り続けて完全に紙くずになったそれを地面へと捨てる。


「何してくれてんだよ、ああ!?」


 無精髭の男が至近距離から睨みつけてくるが、その青年は眉1つ動かさずに男の顔を見返す。


「おい!無視してんじゃねえぞ!」


 無精髭の男は青年の胸倉を掴むと自分の方へ引き寄せる。


「おい!聞いて――」

「──いくら警察が忙しくても」


 ここに来てついに青年が口を開く。


「今ここで『襲われてる』とだけ言えばすぐに来ると思うんだけど」


 けれどその言葉は無精髭の男の神経を逆撫するものだった。


「おいガキ、てめえ舐めてんだろ」


 そう言って男が拳を振りかぶる。


「ひぃっ!」


 何故か殴られそうになっている青年ではなく男子学生が悲鳴を上げて目を背けるが、男の拳は青年に当たることはなかった。


「っは!」


 青年は無精髭の男の拳が届くより先にその無防備な腹部に膝蹴りをお見舞いし、男の上体が下がったところでその首を右腕全体で巻き込んで首投げ。


「ぐぁ!」

「……え?」


 次に男子学生が目を開いた時には無精髭の男が仰向けに倒され、その首を青年が離さずに腕でロックしていた。


「ぐううううう!は、離せよ……!」


 なんとか首絞めから逃れようともがく男だが、青年は拘束を緩めない。


「す、すごい……」


 自分と同じ学生にも関わらず瞬く間に男を抑え込んだ青年を見て、男子学生は名も知れない興奮を覚えていた。


「おい……いい加減に離してくれよ……!」

「……」


 そのまま青年と男の攻防が続くが、再び青年は口を開く。


「逃げようと思えば、逃げられるんじゃないのか?」


 青年のその言葉を聞いた男子学生は男の体勢を見て『それは無理だろう』と思ったが、無精髭の男は青年の言葉に「……はははははは!」を笑いを零す。


「じゃあお言葉に甘えて……そうさせてもらおうか!<ヴァプラ>!」


 その言葉と同時に男が胸ポケットに挿していたペンを引き抜き、それに力を込めてへし折るのを見ると青年は男から飛び退く。


「はああああああああああああ!」


 叫びがそのままエネルギーに変わったかのように男を中心にして衝撃波が吹き荒れる。


「うわあああああああああ!」


 気弱な男子学生は吹き飛ばされてごみ袋の山に突っ込む。


「ふー……。んだよ、俺が<契約>してるって分かってたのかよ」


 衝撃が止み、起き上がった無精髭の男。その姿は


 筋骨隆々な体躯は肉食獣を思わせる様相で、その背中には逞しい一対の翼。手足の爪は鋭く、攻撃的なその姿は創作物に出てくる怪人のようだった。


「半信半疑だった。けどお前に掴まれたときに確信した」

「へぇー、なるほどねぇ。そりゃあいい鼻をお持ちだ。けどよ――」


 そこで怪人は言葉を切ると、建物の壁を殴りつける。


 ドゴォ!


 轟音と共に壁には大きなクレーターと亀裂が生まれていた。


「お前みたいなただのガキが俺をどうするってんだ?それこそ『化け物が出ましたー助けてくださいー』ってケーサツ呼ぶか?ひゃははははははは!」


 怪人となった男の言葉の通り、一般人が壁を穿つほどの力を持つ相手に出来ることは無い。それこそ警察を呼んだところで時間を稼ぐことは出来ても倒すまでには至れないだろう。


 怪人はそれほどまでに強いのだ。


「ただのガキ……。まぁそうだよな」


 現状、この街で怪人と戦うことが出来る存在は限られている、ましてや普通の学生では簡単に捻り潰されてしまう。


「この力は『俺がすごい』ってわけじゃないからな」


 けれど彼は、


 制服の上から胸元を右手で握り込むような動作をすると、青年の体が一瞬だけ眩い光に包まれる。


 光が収まると、青年の腹部には彼が『普通ではない証』が巻かれていた。


 巻かれている『それ』の中央にはいくつかの白と黒のキューブで形成された大きなバックルのような装置。そしてその装置の両サイドには巻かれたベルトに通されるようにしてまた別の装置が2つ。


「んだぁ?その妙ちくりんなモンは?」


 怪人は首を傾げる。

 けれどベルトを装着した青年は周りの状況など気にも留めず、静かにその<名前>を呟く。


「マルコシアス」


 その言葉と共に少年の隣に青白い光が浮かぶと、その中から白い服を着た少女が現れる。


「やるのか。灰志」

「ああ」


 灰志と呼ばれた青年がそう答えると、マルコシアスと呼ばれた少女は立方体8個で形成された手の平に収まるほどの白いキューブを取り出し、それを灰志へと渡す。


 受け取った灰志はそのキューブを展開し、縦長の長方形へと組み換えてベルトの上部から中央に付いた装置の窓の中へ装填。


『サイン・アップ』


 キューブの装填と同時にベルトから声が流れ、灰志が右側の装置を握るとそれに続いてシアが灰志へ寄り添うようにして左側の装置を持つ。


「……もしかして」


 そんな二人の様子を今までゴミ袋の山の中から見ていた男子学生は、本能的に次に二人が言うセリフが分かっていた。


「「──変身」」


 その言葉と同時に二人は両端の装置を中央に向けてスライドする。


『フェイス・アップ──』


 3つの装置が1つに連結された瞬間、窓の中のキューブが連動して中央から縦に割れ、隠れていた面が現れる。


『──ソード・フェイス』


 刹那、灰志とシアを中心に空間がいくつかのキューブのように区切られ、それぞれが回転。


「ッチィ!」

「うわああああああああああ!」


 その回転が巻き起こす衝撃波に今度は怪人がたじろぐ。そして同様に男子学生も再び吹き飛ばされる。


 そうして回転が終わるとそこにはさっきまでの二人ではなく、窓の中に映るキューブに描かれている姿と同じ、一人の白い戦士が立っていた。


『地獄の底にて、月に吼えよ魔狼』


 狼を模した頭部に騎士を思わせる純白の鎧。

 そして流れる声と共に、腰に提げていた翼の装飾が入った青白い剣を抜き放つ。


「っち。てめぇも<契約>してたのかよ。いやまぁ相手が<契約>してるって分かってて丸腰で突っかかって来るワケないか」


 頭を掻く様にして自分のたてがみを掻く怪人。


「……さて、じゃあ戦うやるか」

「ああ」


 相手の提案に迷わずに乗る灰志。


「それなら、俺から行かせてもらうぜ!」


 宣言し、駆け出す怪人。


「……来い!」


 走り出した両者の剣と爪がぶつかり合う。


 それが弱気な学生が最初に見た、後に<フェイス>と呼ばれることになる<久我灰志くがはいし>の戦う姿だった。

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