S○Xしたけど出られない部屋

杜侍音

前編


 ──ふむ、困った。実に困った。

 どれくらい困ったのかというと、鞄の中に入れておいた水筒の蓋が開いていたと気付いた時くらいには困った。今にも布を通して水が滴り落ちてしまいそうだ。


 閉じ込められている。


 真っ白な無機質の部屋に。一辺五メートル半ばの床面に、高さは二メートル半。家具などはなく、後方の壁の中央に五十センチメートルほどの正方形の鏡があるだけだ。

 デスゲームがいかにも始まりそうなこの空間。

 てことは俺は彼女とやり合うことになるのか。一対一。目と目が合えば真剣勝負。そう、彼女はようやく目を覚まし、部屋を見渡してから俺と目が合った。

 クリッとした目とクルンッとした茶髪のボブ。

 胸は控えめで──いや、女性の容姿にとやかく言う必要はないな。とにかくめっちゃ可愛い女子高生がいた。しかも俺のタイプドストライクだ。

 女子高生と分かったのは制服を着ていたから。確か近くにある有名な私立女子高校の制服だったな。当然、俺とは違う高校。こっちはなんかその辺の公立高校。

 俺も制服姿だ。学校から帰ってきて家でゴロゴロしていただけだったが、いつの間にこんなとこに連れてこられたんだ。


「えっと……ここは」

「分からない。君が分からないならここにいる誰もここがどこだか分からないよ」

 何も知らない二人しかいないから、これ以上得られる情報は皆無だった。

 スマホは取り上げられているし、きっと彼女の分もないことだろう。

 彼女は部活帰りだったのか。大きな楽器ケースも傍に落ちていた。吹奏楽部かな。


「君、名前は?」

「私、ですか。私は純……垂那純すいな じゅんです」

「垂那さんか。俺は開摺凌かいする りょう。ここで会ったのも何かの縁だな。よろしく」

「はい……けど、ここからは何とかして出ないと。門限が……」


 さすが私立女子校。門限を気にする子とかいそうだもの。今は腕時計で午後六時過ぎ。門限は七時とかかな。

 と、そんなことを考えている場合じゃなかった。

 ここから出たい。それは俺も垂那さんも同じ気持ちだ。

 ただ、出ようと思えばきっと出れるのだろう。

 その証拠に目の前には扉がある。一般家庭の寝室にありそうな普通の扉。この白い部屋に対してはかなり違和感はあるが。


「あそこから出られそうですね」

「ああ。ただ鍵が掛かってるんだ」

「鍵が。ではどこかに鍵があるのですか?」

「いや、鍵という物理的な物はおろか、鍵穴もないんだよ。既に垂那さんと垂那さんの荷物以外は探したけどない。まぁ、ないだろこんな部屋には。ただ、鍵となる文章はそこにある」

 俺が指差すと彼女も追って、その先を見る。

 そこに書かれているのはたった一文。


『S○Xしないと出られない部屋』


 何かに気を遣って伏せ字にしているわけではなく、元からこう書かれている。


「暗号……でしょうか。○×ゲーム?」

「──さぁ、なんだろうな。分からないよ」


 めちゃめちゃに分かる。

 これ、あれだ。同人誌だ。同人誌でよく見るやつだ。

 別に自分がオタクとか変態とかそういうのではなく、ただ一般的な男性として、誰もが通る道に落ちてあるただただごく一般的な教材の科目にこれがあることを俺は知っているだけ。

 まさか、自分がこんな目に遭うなんて……えぇ? いいんだろうか。彼女とやっちゃっていいんだろうか……!

 きっと、垂那さんは分かってて照れ小ボケを繰り出したのではなく、本当に分かっていない表情でボケている。

 純粋なのだ。彼女はとてもそんなゴミが落ちまくっているような道を歩かないように、親から決められた舗装された小道を通ってきた箱入りお嬢様だ。

 おい、誰の歩んできた道がゴミ道だ。


 とにかく垂那さんとここから出なくては。

 手段は選んでられない。とにかく俺は彼女が嫌がらないよう、色んな方法を試してやった。

 まずは扉を蹴破ろうとしたし、他に道がないか部屋中細かく探してみたし、本当に何かの暗号なのかもしれないと考えた。そしてとにかく色々な方面からやってみた。


「──うーん。ダメなのか。これでも……」

 俺たちは色々やってみたが、扉はビクともしない。

 汗だくになりながら、制服を整え直しその場に寝転んだ。

 彼女も汗をかいている。それと共に焦燥に駆られる。

 部屋は密閉空間のまま。空気穴はないのか。このまま窒息死してしまうかもしれない。

 このままその時が来るのを待たないといけないのか。いや、諦めてたまるものか。何かヒントがあるはずだ……!


「……そういえば、それって楽器ケースだよね。てことは吹奏楽部。何の楽器を演奏しているの?」

「サックスです。金管楽器の」

「へー、サックス。サックスね……SAX……。え、そういうこと?」

「どういうことですか?」

 あぁ、ここまで来て分かっていないのか。

 少しおバカなのかもしれないこの子。


「○の中に当てはまるのはAだ。つまりSAX。サックスをしないと出られないんだよこの部屋は」

「……ああ。なるほど」

 今まで見た中で一番リアクション薄いな。もうちょっと良い反応できるでしょ。

「では、吹いてみますね」

 と、彼女はサックスを取り出し、少し調整をしてから吹いた。

 のちに聞いたが、公演でソロを披露するためのオーディション曲らしい。練習中だというが、少し音が外れただけで見事な演奏だった。

 だが、扉が開かない。

「外れてるのでしょうか……」

「いや、もしかしてこれは俺もしないといけないのか?」

「あぁ。では、どうぞ」

 と、躊躇もなく俺にサックスを渡す。

 サックスを吹くなんて初めてだ。それに、これはもしや間接キスという扱いになるのか。それは初めてだ。

 だが、今さら躊躇することはない。これ以上気にせず、吹いてみると空気が抜けて、楽器としては汚い音がした。素人がすればこんなもんか。

 だが、ガチャっと鍵が開く音がした。


「あ、開いた」

「これが正解だったんだ」

 結構、所要時間かかったぞ。もっとサックスの存在にすぐに気付けたはずなのに。


「じゃあ、これで一旦お別れになるのかな」

「うん。でも、会えてよかった。また会おうね」

 これで俺たちを狙った謎の誘拐事件、いやデスゲームは終わりとなるわけだ。

 犯人はどこの誰で、一体なにが目的だったのかは分からない。が、彼女がいてくれてよかった。むしろ彼女がいないとクリアはできなかった。

 なんだかんだで楽しかったし、まぁ真相はどうでもいいか。

「後で家に帰ったら電話くれよ。電話番号は──あれ?」


 部屋を出れば、また部屋だった。

「──ちょ、ちょっと誰よあんたたち‼︎」

 そこにはまた見知らぬ女性が。

 そして、俺たちが出た、いや入ってきた扉の他にもう一つ扉が。

 その上には部屋名を記すように『3Pをしろ』と書いてあった。

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