第36話 本気で


 客席の一部分に、会場内の闘技を一番よく見渡せる、魔術で錬成された硝子で覆われた特別観覧席がある。通常そこは、皇室関係者だけが利用できる観覧席であり、今回も、皇王を始め、旧慧院、そして彼女らを護衛する任を受けた護士の人間が、闘技の様子を見守っていたのだが……。


「あら、今日は皇王様の護衛ですの?」

「ヨシコ=ライトセット……あなたがこの場に来ることを、皇室が許可した覚えはないのだけれど?」


 堂々と特別観覧席にやって来た女狐に、護衛役のマシャル=ドゥデンヘッダーが呆れた様子で彼女を睨み付ける。


「皇王様も、此度の実戦演習は興味津々のようですわね」

「無視しないでくれるかしら?」

「あ、手土産にグミ持ってきたのですけれど、食べます?」

「なに堂々とリラックスしてんのはっ倒すわよ」


 綺麗な装飾が成された巾着袋を見せびらかしながら、闘技に目が釘付けの幼き皇王が座る椅子の肘掛けに無遠慮に腰を下ろしていた。マシャルの脅し文句にしかめっ面になると、巾着袋から鮮やかな色合いの小さな弾力性のある菓子を取り出して口に放り込む。


「なんですのよ、怖いですわね。はむっ、もぐもぐっ…………って、マッズッッ!!」


 いや、マズいのかよ……そう言いたげなマシャルが溜め息混じりに首を横に振ると、もう一度会場へ視線を落としながら、それとなく尋ねた。


「……ハァ……それで?あれはどうなのかしら?実際のところ、強いの?」

「ううん、そうですわね……一回、本気で手合わせしたら────瞬殺でしたわ」

「…………はぁ?」




─※─※─※─※─※─※─※─※




 私の繰り出す刀と、グウェナエルの振るう剣が、激しくぶつかり合って鋭い衝突音と無数の火花を散らす。


 最初は勢いで押してはいたものの……一度、彼の剣と衝突すれば、私の刀が簡単に弾き飛ばされてしまう。それは、明確な『Lys』の差だろう。ワスレスの私の力が、遥かに格上な彼の力に敵わないのは道理だ。


 当初こそ、動揺の色を浮かべていたグウェナエルだったが、その事実に気付くと、次第に攻撃の勢いが増してくる。


「なんだ、所詮は勢いだけか?」

「……ッ!」

「言っただろう、浅ましい考えだと。その程度で、この私に挑もうとしたこと……存分に後悔させてくれるッ!!」

「ぐッ、く……ッ…………すぅっ、ふぅー……っ」


 グウェナエルの力に弾き飛ばされて距離を取らされた私は、一度大きく呼吸をして、心と体勢を整える。


 あの時のことを……彼に正体を露見させられて、消えそうになった時のことを思い出せ……あれこそが……あの屈辱と恐怖こそが、彼に反逆する唯一の鍵だ。


「……シッ……!」


 そして……“準備は整った”。


 私は、刀を引いた状態で、グウェナエルへと突進。射程距離にまで間を狭めつつ、渾身の力で刀を振るう。


 彼は先程と同じようにそれを弾き飛ばそうと剣を振り返すが……衝突の瞬間、次は、彼の剣の方が力負けして大きく弾き飛ばされた。


「ぐッ、ぅ……ッ!?なんッ、だ……ッ!?」


 そこで、恐らく彼も気付いただろう。


 私の両手両足が、まるで闇に染まったかのような、“半透明の紫色”に変色していたことを。


 人の力が数値に依存すると考えるならば、数値が上がれば上がるほどに力は強くなる。だが、その力を示す数値が0ならば、その者に力というモノは存在しないのか……その答えは、否だ。


 死神はこう言った────0とは、即ち『無限』とも取れるのではないか、と。


 無限を抱えた者の力は、数値に依存されず、本人にすら意識出来ないほどの膨大な力を発揮することが出来る。



 それが、この───『ボウレイカ』だ。



 ただ、これを維持するにはとてつもない集中力を要する為、長々と保つことは出来ないが……これを維持している間ならば、私は、『無限』という概念を持った力を振るい続けることが出来る。これこそが……死神が見出だしてくれた、『ワスレス』の真意だったのだ。


「私も、こう言いました……この手で打ち倒す、と。この太刀筋は、全てその為に……あなたを倒す為だけに、全身全霊で、一撃一撃を振るっている……!」

「な、に……ッ?」


 今、私はグウェナエルを相手に優位に立っている。これは、己の命が懸かった戦いだ。自身が相手の凶刃に殺られる前に、相手を倒すのが普通なのだろう。


 だが……彼の剣を弾き飛ばす度に、私の頭の中に猛烈な違和感が過る。


 違う、と……これではない、と……私が倒したいのは、今の彼ではない、と……。


「あなたも、そうでしょう……ッ!?決して口先だけじゃない筈です……ッ!私はッ、あなたと戦いに来た……ッ!だったらッ、全てを尽くして戦って下さい……ッ!!あなたはッ……グウェナエル=ジードはッ……この程度なんかじゃないでしょうッ!!」

「……ッ!」


 本当の意味で、驚愕した様子で目を見開いたグウェナエルの剣を、その手から弾き飛ばし……。


 がら空きになった彼の顔面へ────拳を叩き込むのだった。

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