第35話 最終日、そして決戦


 第三次実戦演習、当日……そして、皇選最終日。


 今思えば、あっという間の怒濤の日々だった……これまでの記憶を思い返しながら、ここ数日間お世話になったお礼をしに、ハタとヨシコの元へと赴く。するとそこには、予め、死神がハタとの相談の元に作らせたという、一着のドレスが用意されていた。


 藍色のラインドレスで、肩部分は透けレースになっており、裾は爪先が見えるくらいのミドル丈。自分には勿体ない位の、どこか妖艶な雰囲気を感じさせる、とても美しいドレスだ。一方、軽い材質で作られているのか、普段着用する私服と比べても格段に軽く、とても動きやすい。まるで、羽根を身に纏っているかのような感覚だった。


「どれだけ外見を取り繕っても、中身が伴ってなきゃ、それはただのハリボテだ。無様な負け方をすんじゃねぇぞ?」


 ハタらしい辛辣的な激励を受けて屋敷の外へ出ると、そこで待っていた護士のエルトン=ラトクリフが、顔を合わせるや否や、目を丸くして驚愕の声を上げた。


「お、おぉーっ……!あんた、本当にリューリさんッスか……?まるで別人みたいに気合い入ってるッスね!それなら、自分も気合い入れて現地までの護衛を努めさせて貰うッス!」


 落ち着いてくださいね、と彼をあやしてから、小さな狐姿のヨシコを肩に乗せて大庭園へと歩き出した。


 その道中、道行く人の誰もが目を見張ってこちらへと視線を送ってくる。ただ、護士であるエルトンを傍に置いている為か、気軽に話し掛けてくる人は誰も居なかった。これまで見向きもされなかった私が、自然と注目を浴びている……何だか、妙な感覚だ。


 そんな中、人々の視線を掻き分けてきた一人の少年、澤真澄が私の前に躍り出て、とても緊張した様子で激励の言葉を送ってくれる。


「リュ、リュリュリューリさん……!す、すすすごく、綺麗です……!あ、あのあの、僕も精一杯応援させてもらうのでっ、ど、どうか!頑張って下さいっ!」


 ありがとうございます、と笑顔を送って握手を交わすと、彼は顔を真っ赤にしてその場にへたり込んでしまった。


 彼のことを周りの野次馬に任せて、私たちは引き続き、人々の視線を受け止めながら大庭園へと向かう。


 正門に辿り着くと、私の肩でのんびりとくつろいでいたヨシコがそこから飛び降りて、激励の言葉を投げ掛けながら人混みの中へ消えていく。


「それじゃ、わたくしもこの辺りで。リューリ様、ご武運を。あなたの背中には、かの御方がついておりますわ」


 ヨシコ、エルトンとも別れを告げ……いざ、決戦の地である『大闘技場』へ。


 第三次実戦演習は、候補者同士が持ち得る力を駆使して戦い、投票者である学生たちに自らの力を示す、皇選最後の実演項目だ。この実戦演習の評価により、正式に『次期子皇』が決定される。


 ただ、この実戦演習における規約の一つに────対戦者の生死は問わない、というものがある。


 要は、『殺し合い』を許可する、ということだ。


 全てを懸けて望む皇選に、悔恨は必要なし……そういうことなのだろう。これまでも、その制約に怯えて皇選を辞退する者が後を絶たなかったという。


 だが、グウェナエルはそんなこと気にも止めないだろう。そして私も、そんな制約なんぞでは後に引けない理由がある。


 気付けば、私は大闘技場のど真ん中に立っていた。


 別名コロシアムと呼ばれる、試合場を取り囲む形で四方に客席が並んでおり、此度は学生だけでなく、ファゼレスト中の住民たちがこぞって観戦にやって来ている。大地に轟く人々の歓声が会場に響く中、私の正面に立つ人物、グウェナエル=ジードが少しうんざりした様子でこう切り出した。


「……既に消え去った後だと思っていたが、まだ未練たらしく存在していたとはな。その執念深さには恐れ入るぞ、リューリ」

「……その節は、お世話になりました。グウェナエルさん」

「ふん、気に食わんな。例の死神に何を吹き込まれたのかは知らんが、戦いならば、この私に勝てるとでも?その浅ましい考えに、まずは思い知らせてやりたいところだが……一つ、教えておいてやろう────戦い云々の前に、貴様は既に負けていることを」

「え……?」


 そこで、彼は空へと腕を伸ばすと、会場の歓声がピタァッと静まり返った。こんなに広大な会場の中で、たった一人の声が拡声器も無しに、大きく響き渡るくらいに。 


「────皆、聞くがいい!この女は、皇選の候補者でありながら……巷で噂となっている異端ギルドの筆頭、『死神』と協力関係にあったことが判明している!」

「……!」


 ここにきて、遂に、大々的に暴露されてしまったか……。


 私や死神とその関係者のごく僅かしか知らない事実に、客席の人々は驚いた様子でざわつき始める。 


「そんな人物をこのままのさばらせておいて良いのか……否!即座に断罪すべきである!皆の者!我ら正義の名の元に、悪しき者へ非難の声をあげよ!異端ギルド、悪性持ち……それらは全て!この世から排除すべき存在であると!!」


 ざわつきは、次第に疑惑へ……疑惑は、次第に罵倒へ……。


 客席のあちこちから、私に対する批判の声が聞こえてきたと思ったら……それが、まるで伝染するように大きくなっていく。


 彼のやり方は、もう分かっている……敢えて人々の不安を煽り、そこへ正論を投げ掛けることで、無理矢理にでもそれを納得させてしまう。そうやって掌握した人々の声を追い風とし、自らの存在感を絶大なモノへと変化させる……本当に、優れた人心掌握術だ。私には、到底真似できそうもない。


 だが、それでも……そんな彼に立ち向かう為に、私はここまでやって来たのだ。



「────認めます。確かに、私は『死神』と協力関係にありました」



「……!認める、だと……?」


 グウェナエルが少し動揺の声を漏らすと、それにつられるように客席の人々も声を落とし始め……気付けば、会場内には私の声だけが反響していた。


「ですが……彼を始めとする、異端ギルドや悪性持ちは……本当に、悪の権化たる者たちなのでしょうか?生まれ育った環境、そうせざるを得なかった者、役職を無くしてしまった者……それに、最初から何も持たずに生まれた者も……それらは、果たして非難されるべき存在なのでしょうか?」


 私は、まだ異端ギルドや悪性持ちの全てを知った訳ではない……だが、それでも私は知っている。


 その中にも、懸命に這い上がろうとする強い意志があること、幼い子を思いやる母の気持ちがあること……そして、消える運命しかなかった自分に、一生ものの幸福を与えてくれたギルドがあることも。


「……私は、そうは思いません。確かに、そこには悪が存在するかも知れない……だけど、それらを全てを一括りにして、全てを排除し、全てを無かったことにしようとするなんて……そんなの、絶対に間違っている」

「貴様……一体、何が言いたい……?」

「だから、私はここに宣言します。私は、いずれこの世界から────『役職』という制約を無くしてみせます」


 我ながら、正気の沙汰とは思えない宣言だとは思う。


 だが、それを耳にしたグウェナエルが、驚嘆した様子で反論を口にした瞬間……私たちはようやく、皇選の候補者として、まったく同等の立ち位置で対面することになったのだ。


「……!?貴様ッ……今、自分が何を言っているのか、本当に理解しているのか……!?それは、皇室への……この世界に対する反逆も同然の思想だぞ……!?」

「その認識こそが、間違っているんです。人には、確定された未来なんて無い……誰もが、無限の可能性を掴む力がある、ということを……」

「……ッ!!」


 前哨戦なんぞで、倒れてやるつもりは無い。


 私は魔術で収納しておいた刀を抜き身で抜き放ち、その刃先を、確固たる意志を持ってして、グウェナエルへと突き向ける。


「グウェナエル=ジード。今こそ、この手であなたを打ち倒し、それを証明してみせます……ッ!!」


 そして、今。


 頃合いと感じたであろう、旧慧院の合図が会場内に響き渡り……最後の戦いが幕を開けた。


『第三実戦演習────始めぇッ!!』

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