第33話 最期の夜は



 これまでとは比にならない位、眠い……。


 活動の限界が目の前にまで迫った日の夜、俺は寝床につき、その瞬間を今か今かと待ち構えていた。


 当初から力を使わず、ただ日常生活を過ごしていれば、まだまだ起き続けていられたのかも知れないが……後悔はしていない。ただ、一つだけの心残りがあるといえば……この戦いの終着点である、皇選の結末を見届けられないことだろう。


「……ん?」


 普通からば誰もが眠りにつく真夜中に、忽然と扉をノックする音が響く。


 俺は首を動かして扉の方へと視線を向けると、扉は音も立てずに開かれ……まるで中の様子を窺うように、寝巻き姿のリューリが静かに入室してきた。


「長光くん、夜遅くにごめん……今、大丈夫?」

「どうした?」

「……期限が、近付いているから。せめて、今夜くらいは……その、えっと……」


 何だか言動が覚束ない様子でベッドの傍まで歩いてきたリューリは、自身の胸元を強く握りながら、大きく呼吸をしてから小さな声でこう尋ねてきた。


「……一緒に寝ても、いいかな……?」

「…………あー……構わない、けど……」

(マジっ!?リューリと寝っ、マジで!?)


 ここ数日間、住み込みで鍛練をしていたリューリも、そろそろ屋敷の暮らしに馴染んできたとは思っていたが……まさか、ここまで大胆な行動に出てくるとは予想だにしていなかった。


 それこそ、あまりの気恥ずかしさに卒倒してしまいそうだったが……最後の夜を共に過ごしたい、と言ってくれたことが何よりも嬉しくて、俺も、彼女の願いを緊張感丸出しにも受け入れる。


「それじゃあ……ん、失礼、します……」


 そう断ってから、リューリが布団の中にゆっくりと入ってくると……一気に、俺の心臓の鼓動が早くなってきた。


 そこからしばらくの間、沈黙が続く。


 ただ、それは嫌な時間ではなくて……長い間待ち焦がれていたような、かけがえの無い時間。


 同じ布団の中、リューリの温もりも、息遣いも、優しく甘い香りも……彼女の全てが、全身に伝わってくる。緊張で固まっている場合ではない。彼女と最も近いこの瞬間を、今は堪能していたい……そんな思いで、天井の一点を眺めながら言葉を失っていた。


 すると、耳元で囁くように、リューリが静かに語り始める。


「……あったかい、ね」

「……そう、だな」

「……あなたと出会った時……最初は、怖さと、憎しみしかなかった……どうして、こんな人にシオが酷い目に遭わされないといけなかったのって……そう思ってた。だけど、それは私の勘違いだってことが分かってから……ずっと、謝りたかったの。疑ったりして、酷いことを言ったりして……本当にごめんなさい……」


 視線をリューリへ向けると倒すと、彼女は横向きになって真っ直ぐに俺の顔を見つめていた。彼女が酷く申し訳なさそうに口をつぐむのを見てから、俺は小さく首を横に振ってそれを否定する。


「いいや、謝ることはない。俺の肩書きを知ってれば、誰だってそうなる」

「でも……あなたはずっと私のことを、死神として助けてくれていた……長光くんとして支えてくれていた……今回のことだってそう……あなたが居なければ、今頃、私はここには居られなかった……」

「それは……」

「だから……今なら、ハッキリと言える。私……あなたに出会えて、本当に良かった……ありがとう、ありがとうね、長光くん」


 そう何度もお礼を言いながら……リューリは、とても穏やかな笑みを見せてくれる。


 今まで見たこともない、無垢で可愛らしい笑顔が何よりもいとおしく感じてしまい、思わず俺は、リューリの顔に伸ばしてその柔らかい頬を優しく撫でていた。


「長光、くん……?」

「……そうやって笑っているの、初めて見た……すごく、魅力的で……」

「~~~っ……ぅぅ、恥ずかしいよ…………でも、なんだろ……こうやって、長光くんに頬を撫でられるの……なんだか、すっごく安心する……ふふっ」


 最初は少し戸惑った様子だったが、次第に落ち着きを取り戻すと、顔を朱に染めながら俺の手に頬を擦り寄せてくる。


 そんな、いとおしく甘いやり取りを経て、しばらくの間は談笑をして過ごしてから……そろそろ、この夢のような時間も区切りをつける時がやって来た。


「……じゃあ、もうそろそろ寝ようか?」

「あっ……ま、待って、もう少しだけ……そ、の……」


 何やら、忙しく瞳を動かしながら頬を赤く染め、何度か大きく呼吸を繰り返す。それから、よしっ、と何かを決心したような声を口にしたかと思ったら……突然、俺の胸に顔を埋めるように密着してきたのだ。


「リュ、リューリ……!?」

「……せめて、この時間だけでいいから……あなたの、一番近くに居たくて……ダメ、かな……?」


 身体を密着させながら、上目遣いで恥ずかしそうな表情を浮かべる彼女を前に、俺の緊張感も最高潮に達していた。


「いや…………むしろ、俺でいいのか?」

「……私の、弱さだとか、甘えだとか────そういうの、あなただけにしか見せたくないから……」

「……そう、か」

「……ん」


 最後に、お互いの意志を確かめ合うように短く言葉を交わしてから、俺はこの幸福な瞬間を噛み締めるように……リューリの華奢な身体を抱き寄せる。


 そして、俺とリューリは……二人だけの世界で、熱くて濃厚な時間に、ただただ没頭していくのだった……。

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