第21話 帰省

「なあ、明里。お前の息子はこんなに育った。どうだ? 明海の教育は。こんなに、人を思いやれる」


 去り際に。母さんの手を引きながら、父さんが空に向かって言った。僕は聞こえない振りをした。

 代わりに、思いを馳せた。僕の本当のお母さんを。

 どんな人だったんだろう。双子ってことは、やっぱり母さんと似ているんだろうか。

 その内、話を聞きたいな。父さん達の、大学時代の話。


——


 それから。僕らは父さんの実家と、母さんの実家にも顔を出した。


「はー? マジか勝重? やば。明海ちゃん久し振り過ぎる。んで、その子もしかして重明くん!? やば! 大きくなり過ぎ!」


 父さんのお母さん、つまり僕の父方の祖父は。お祖父ちゃんは。言葉遣いがめっちゃ現代だった。ちょっと笑いそうになってしまった。


「何してんの今。ええ? もっと顔ださんかい。バーさんに焼香あげてけオイ」

「分かったから。もうすぐ出るんだって。明海ちゃんの実家にも寄るんだから」

「おま、あっちにもご無沙汰じゃねーだろーな。こっちはあれだがあれ、重明くんはおま、なあ?」

「わーかったって。明里のこともシゲに話してるよ」

「お——重明くん! でっかくなってなあ。いやあ、こっちこいこい」

「あ。……えっと」

「覚えてはねえよなあ。生まれて2番目に抱いたんがこのジーちゃんだ。なあ」

「もう行くぞシゲ」

「うっせバカタレ。明海ちゃんもいらっしゃい。なあ」

「……お久し振りです。お義父さん」

「かーっ! 『お義父さん』ときたくらぁ。……で、その子が『悠太』くんかい」

「!」


 にっこにこだったお祖父ちゃんが、母さんに抱かれた悠太を見るときだけ、表情を険しくした。

 緊張感が、僕を包んだ。


「……はい。1歳と5ヶ月です」

「ほうかい。…………明海ちゃんによう似とるな」

「…………はい」

「可愛がったりーや。おめーもだぞ勝重このやろ」

「分かってるよ。うるさいな」

「大体てめーが悪いんだよ。仕事ばーっかりしやがっててめえ。……そうだ明里ちゃんの墓参りはしたんかおお?」

「さっきしてきたっての。ほらもう行くぞ」

「バーさんわい」

「……また今度!」


 父さんは、お祖父ちゃんを鬱陶しがっていた。それがなんだか新鮮で面白い。


「おい! 待ってんだぞこっちゃ!」

「はあ?」


 僕の手も引いて。玄関を出ようとした時に、お祖父ちゃんが叫んだ。

 振り返って。


「正月はゆっくりしてけよ! 休み取れあほんだれ」

「……!」


 その言葉に。父さんは驚いていた。


「誰も、てめえを心底責めちゃ居ねえよ。モチ焼いて待ってっから、事前連絡して帰って来い。したらお年玉もやっから。重明くんには、16年分だ。貯まってんだよ毎年よ」

「…………ああ。ありがとう父さん」

「いやおめーだけ帰ってくんなよ? 重明くんと明海ちゃんに愛想尽かされておめおめ帰ってきたら真冬の久和瀬湾に沈めっかんな」

「そうかよ」


 横から父さんを見ると。嬉しそうだった。


——


——


「本当にあんな感じで良かったの? お義母さんに焼香も」

「良いんだって。あのジジイには。まあ正月には、金でもせびりに行ってやるか」


 父さんの口から、ちょっと汚い言葉が飛ぶ。地元とか、お祖父ちゃんの前ではあんな感じなんだ。ちょっと吃驚だ。

 次は、母さんの実家。秋山家だ。

 さっきのお祖父ちゃんの家は、普通の民家って感じだった。けど、今度は。


「……未だに緊張するんだ俺。なあシゲどう思う?」

「…………分かる」


 豪邸というか。お屋敷というか。お庭もあって、木造の、和風の、田舎のお金持ち、みたいな家だった。なんとなく、『ぽい』と思ってしまった。

 母さんの、上品な感じとか、料理上手な感じとか。ここから来てるんだなと。


「そんなに緊張すること無いでしょう。お父さんはまだしも、重明は自分の『おばあちゃんち』なのよ」

「いや……。なんというか」

「なあ? あのジジイのボロ小屋の後じゃなあ」

「……自分の実家になんてこと言うの貴方」


 萎縮する僕らを尻目に、母さんがすたすたと門を潜って入って行ってしまった。慌てて僕らも付いていく。


——


「…………明海お姉ちゃん」


 門を越えた所の庭先に、女の人が居た。母さんみたいな軽いウェーブがあって、親族だとすぐ分かった。僕らに気付くとこっちへやってきて、目を丸くした。

 まさかこの人が、よりによって来るわけ無い、といった風な顔で。


「花楓(かえで)。久し振り、ね」


 母さんが振り向く。声がちょっと緊張してるのが分かった。父さんと同じで、母さんも長いこと帰ってなかったんだ。


「……うそ。ほんとに」

「……みんな、元気かしら。あっ。忙しいなら、日を改めるわ。連絡もしなくてごめんなさいね」

「お姉ちゃん!」

「!」


 花楓さん、というのか。真愛ちゃんより少し年上くらいの女の人は。母さんに勢いよく抱き付いた。


「……ごめんなさいね」

「ほんとだよ! 今、陸矢さんと帰ってきてて。風子姉さんと修平義兄さんも居る。呼んでくるよ。上がって待ってて」

「ええ。ありがとう」


 一瞬だけ、ぎゅっと目を瞑って。ぱっと離れて、僕らの方を向いた。


「……お久し振りです。勝重義兄さん」

「ああ。花楓ちゃん」

「重明くん、だよね。大きくなったね」

「……こんにちは」


 背は、もう花楓さんと同じくらいだった。僕は16年前に、この人にも会っていたのだろうか。


 父さんの実家と違って、こっちは親戚が沢山居そうだと思った。

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